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満腹になったチビたちは、居間から戻ると早速昼寝。
チビたちと言っても、桜を含んでるけど。
望やユカラたち年長組は、何やらレオナと話し込んでいて。
最近の流行や話題の甘物の話など、実に女の子らしい話に夢中になっている。
祐輔とテュルクの、この大所帯でたった二人の男の子組は、立派な桜の木のところで家守や蜘蛛を捕まえて、こちらも何か熱心に話し込んでいるようだった。
まあ、一人多いような気もするが、気のせいか木の精か。
つまらない冗談はさておき。
私はと言えば、うつらうつらしている澪と縁側に座って、六兵衛や与助と庭の造形や囲碁将棋の話など、実に年寄り臭い話に華を咲かせていた。
「確かに、庭の手入れは手間が掛かりますが、だからこそ、遣り甲斐があるというものです。お城には、庭などはないのですか?」
「ここみたいな立派な庭はないよ。ただ単に、子供たちが遊ぶための原っぱがあるだけだ」
「ははは。それはいいですな。うちも、アセナにあちこちを掘り返されましてねぇ」
「水琴窟を掘り返されては堪ったものではないだろう」
「そのあたりは、ちゃんと対策を練ってあります。少し値は張りましたが、今は金属で作られた水琴窟を模した釜のようなものを埋めているのです。これはこれで、自然に出来た水琴窟とはまた違った趣があるのですよ」
「ふぅん」
「昔はレオナにも掘り返されていましたので。まあ、やんちゃな年頃の子のことですから、仕方のないことですよ」
「そうか」
「ご主人さまの庭に対しての拘りは、並みではありません。あの庭石なども、遠方より取り寄せたものなのですよ」
「ほぅ」
「それでも、理想には遥か遠く及びません。私は、かつて見た美しい庭園に心奪われ、以来、ずっとそれを目指しているのですが、同じものを同じように配置しても、全く違うのです。私なりに工夫もしてみたりもしたのですが、なかなかどうして。何かが足りないのです」
「ふぅん。その庭園を見つけたというのも、旅の結果なのか?」
「そうかもしれませんね。私ももう年を取った頃で、ほんの散歩程度の旅しか出来なかったのですが。ある日、ふと道を見失って迷い込んだお屋敷があって、そこに一晩泊めていただいたのです。雨が降っていて、たいそう濡れてしまったので、お風呂を頂いて。客室に戻る際、このような廊下を歩いていたのですが、そのときに、ふと、水琴窟の音が聞こえてきたのです。美しい音色に心を奪われてしまいました。どれくらい聴いていたのかは分かりませんが、気が付くと、隣にご主人がおられて。それからずっと、水琴窟の音に耳を傾けながら、庭の造形について語り合っていました。…夜が明けて朝になると、雨はやんでいて、水琴窟の代わりに鹿威しの音が響いていました。その音も、実に素晴らしかったのですが。道を教えていただき、いよいよ帰る段になって、また寄せていただきたいと申し出たのですが、それは絶対にならないと強く仰られて。理由は教えてもらえなかったのですが、何か退っ引きならない事情があり、申し訳ないが無理だと改めて謝っていただき、それならば仕方ないと、そのお屋敷をあとにしたのです。そのあとに、一度だけ近くを通ったので、気に掛かって訪ねてみようと思ったのですが、そこには竹藪が広がるばかりで。古い人にも聞いたのですが、ずっと昔からそうだったようです。ただ、私の体験に似たような不思議な伝説はある、と。そういうことでした」
「じゃあ、その伝説を体験したのかもな」
「そうかもしれませんね。一時の素晴らしい夢だったのかもしれません」
「まあ、夢の庭園が理想なら、実現するのは難しいかもしれないな」
「はい。残念ながら」
鹿威しがまた鳴って、その音に驚いたのか、澪がビクッと身体を震わせて。
でも、またうつらうつらとし始める。
私たちは、しばらく鹿威しの音に耳を傾けて。
…それにしても、澪の人間に換算した年齢はだいたいでも分かったけど、今度は、その年齢の割には幼くないかという疑問が出てきた。
今こうして船を漕いでいる様子は、応接室で昼寝をしているチビたちと大差ない。
十五から二十というのは、鯖を読んでるか、自分でもよく分かってないんじゃないだろうか。
「…まあ、幻の庭園は見つけたものの、龍は結局見つかりませんでした。それでも私は満足ですし、幸せですよ」
「そうか」
「ええ」
「…今でも、龍を見つけたいと思うか?」
「もちろん、それはそうですけどね。最近、アセナが、お城へ遊びに行かせてもらったあと、龍と遊んだというような話をよくしてくれますが。あの子なりの気遣いなのでしょうね」
「………」
アセナの言ってることは気遣いや嘘でもなく。
ついに倒れて私の膝枕で眠っているチビっこも、六兵衛の求め続けた龍なんだけどな。
…今、城には、澪を含め四人、翡翠も入れると五人も龍がいるということを言ってしまってもいいんだけど。
まあ、簡単に言ってしまうのはつまらないな。
六兵衛自身も、そんなことは望まないだろう。
いつか城に来たとき…冒険とも言えないかもしれないが、些細な旅の果てに見つけるのが、一番いいんじゃないかと思う。
だから今は、静かに六兵衛の話に耳を傾けて。
「まあ、私の話はこれくらいにしまして。その年頃の子というのは、可愛いものでしょう」
「ん?まあ、そうだな。可愛いよ」
すやすやと眠る澪は、ときどき、小さな身体には不釣り合いなくらいの翼を広げたりして。
空を飛んでる夢でも見ているんだろうか。
…この寝顔を見ていると、もとはあんな巨大な龍だということを忘れてしまいそうになる。
「それにしても、城では孤児の受け入れもなさっているのですか?あの子たちは、衛士さん方や議会の代表の方々のお子さんだけというわけではないのでしょう?」
「まあ、あいつらは全員孤児だが、受け入れをしているというわけでもない。もちろん、秋華は孤児じゃないけど。自分自身でやってきたり、もともと近くの村で保護されていた子が、城にやってきたということもある。まあ、自然と集まってきたんだな」
「なるほど、そうでしたか。類は友を呼ぶということでしょうかね」
「ちょっと違う気もするがな」
「しかし、稀少種族とされる龍が四人もいるというのは、大変珍しいことですね。それに、みなさん、可愛らしい娘さんばかりのようで」
「歳も似たようなかんじだしな」
「そうなのですか。衛士長さん自身も、狼の中では大変稀少な銀狼ですし、あのお城には、何かを引き寄せる力があるのかもしれませんね」
「まあ…そうだな」
子供たちだけでなく、何やら喋る鳥だとか、大妖怪だとか、龍だとか、とにかくいろんな者たちが集まってきている。
たぶん、どこかに貼り紙をしてあるか、渦潮のような力の流れがあるに違いない。
あの日以来、誰かがグルグルと城の周りの流れをかき混ぜ始めたのだろうか。
流れてくるものは、今のところ、温かいものばかりだ。
「嬉しそうですね」
「どちらかと言えばな」
「ふふふ。人と人との繋がり…縁というのは、誠によきものですな」
「…そうだな」
一本一本切れてバラバラになっていた縁の糸が、少しずつ結ばれ繋がれて、私たちを廻り合わせてくれたのかもしれない。
…なんとも趣深いじゃないか。
澪の主はどういう歌を詠むのだろう。
私は、てんでダメだけど。
きっと、平凡でありふれているけど、芯の美しさがある歌を詠んでくれることだろうな。
澪を見ていると、そんな気がする。