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「昔は、必ず龍を見つけてやると、山奥に行ったりしたものですが、結局は見つからず、今はもう体力も衰えてしまいました。見つけられなかったのは残念ですが、かつての冒険の数々は非常に楽しく、実りの多いものでした。みなさんも、若いうちからいろんなことに興味を持ち、挑戦していってください。私からは、これくらいしか言えないのですが」
「老いてこそ、言えることだな」
「ははは。ありがとうございます」
「…失礼いたします」
「ん?与助か。どうした?」
「お昼の準備が整いました。居間に用意しておりますので、お越しください」
「ふむ。もうそんな時間か」
「ちょうどよかったんじゃないか?」
「そうですね」
「しかし、昼まで世話になるとは、すまないな」
「いえいえ。私の話に付き合っていただいていますので。ささやかなお礼です」
「オレたちが話を聞きたいと押し掛けたんだがな」
「発端はどうであれ、今はあなた方が客人です。どうか、もてなしをさせてください」
「まあ、そうだな。ああだこうだと言ってる時間が勿体ないか」
「はい、そういうことです。では、ご案内いたしますので」
六兵衛と与助が立つと、すっかり腹を空かせたチビたちがすぐにあとについて、そのあとにユカラや桜たちが続く。
私と澪も、さらにそのあとに続いて。
また庭に面した廊下を歩いていく。
「…早く、雨、降らないかな」
「お前の術か何かで降らせることは出来ないのか?」
「出来ないことはないが…。そんなの、全然風流じゃないだろ」
「風流…」
「あのシシオドシなるものも、直接竹筒を持ち上げて音を鳴らさせることも出来るが、誰もそれをしないのはどうしてだ。シシオドシ自体は人間の手で作られたものかもしれないが、かと言って人為的に音を鳴らしても、何も面白くない。そこには、風流も何もないからな」
「お前、なんか歌人みたいなやつだな…」
「前の主が、歌人だったんだ。全く売れない歌人で、家も山奥のあばら家だったけど。でも、何もなかったけど、楽しかった。主も、自然に囲まれ、家族に囲まれ、幸せそうだった」
「ふぅん…」
「老いて病に斃れたときも、歌を詠む気持ちはいつまでも持っていた。最期は、人生の集大成だという歌を詠み、筆を持ったまま旅立ったのだ。だから、あちらの世界でも、歌を詠んでいることだろう。歌は、ごくごく平凡なものだったが、だからこそ、確かに主の最期を飾るに相応しいものだった。家の周りに溢れていた自然の美しさを詠んでいるようで、家族への感謝や慈しみを詠んでいるようで。私は、あの主に長らく仕えていて、そういう風流心に影響を受けたのかもしれないな」
「…そうか」
「奥方は、主を看取ったあと、あばら家を出て、都の息子や娘たちの家へ行ってな。それは、主の遺言でもあった。私も行ってお仕えしたいと言ったのだが、まだ若いのだから、いろいろなところへ行って、いろいろなものを見て、いろいろな経験をしなさいと言っておられて。その奥方の言葉を胸に放浪を続けていたところ、銀太郎と知り合ったのだ」
「…前の主が死んだのはいつなんだ?」
「ほんの五、六十年ほど前だ。あれから、本当にいろいろなところへ行った。海を渡ったこともあるし、仲間に会ったこともあった。前の主のためにも、いろんな経験をしてきた」
「ん?どういうことだ?」
「前の主は、今も私と共にあるのだ。これからも、ずっとな」
「ふぅん…」
腹をさすっているのは、昼ごはん前の空腹によるものだけではないんだろうな。
おそらく、それも遺言のうちだったのだろう。
澪の血肉となって、今も澪と共にある。
…そう言い遺した気持ちは、理解出来なくもない。
むしろ、死は生のために、という自然の理念にも適っている。
意図したところは違うかもしれないけど。
でも、燃やされて灰になるくらいなら、私もそういう道を選びたい。
大和か、澪か。
あるいは、他の誰かなのか。
それは分からないけど。
かつての私のように辛い思いをさせるかもしれないが、今の澪を見ていると、きっと乗り越えてくれるだろうと思う。
「どうしたんだ、紅葉?私の顔に、何か付いているか?」
「ん?いや、なんでもない」
「そうか?紅葉は、私の主なのだからな。困ったときは、遠慮なく私に言ってくれ」
「ああ。そうするよ」
「えへへ」
澪はニコニコと笑って。
そして、手を一所懸命に握る。
…そうだな。
まだ、死んだあとのことなんて考えるべきじゃない。
今を生きているんだから。
「さあ、こちらです。お入りください」
「わぁ、いい匂い」
「ホントだね」
「おい、おまえら、おそいぞ」
「そうだそうだー」
「あ、凛。こんなところにいたの?」
「アセナ、こんにちは」
「こんにちはー」
…澪とのしんみりとした雰囲気はどこへやら。
居間に入ると、凛とアセナがすでに座っていて。
二人の食べる準備は万端のようで、早くしろ早くしろと五月蝿い。
奥の方からテュルクとレオナも来て、いよいよ勢揃いといったところだった。
「あ、なんなん、その子?昨日は寺子屋におらんかったよね」
「澪だ。今日、うちに来た」
「また急やね…。でも、澪ってええ名前やね」
「うむ。お師匠さまから戴いた名だ」
「へぇ、そうなんや。…お師匠さま?」
「レオナ先生ー。こっちに座ってくださいよー」
「えっ、せ、先生?うち、そんな先生言われるほど偉ないよ?」
「算数の先生でしょ。ほら、望も一緒に食べたいって言ってるし」
「え、えぇ…」
「行ってこいよ、先生」
「ね、姉ちゃんまで…。もう、しゃーないなぁ…」
そう言いながら、レオナは移動して。
ユカラの隣で、望が頬を赤くしてモジモジとしている。
提案をしたのは望なんだろう。
その望の横に、レオナが座って。
…そのさらに隣の凛とアセナとりるの三人は、もう食べ始めているけど。
まあ、そんなことはどうでもいい。
「さあ、みなさん。どうか遠慮なさらずに召し上がってください」
「いただきまーす」
「いただきます」
みんなが席に着くとすぐに、大昼食会が始まった。
これでもかとたくさん並べられた料理の数々は、少し古い風習の香りがした。
しかし、一見、食べ切れないほどの量にも思えるが、澪以下チビたちの食べっぷりを見ると、残る心配はないようだった。
その様子を見て、六兵衛は嬉しそうに目を細めて。
「美味いぞ、紅葉。なくならないうちに食べろよ」
「ああ、そうだな。翡翠にも持って帰ってやるべきだろうか」
「翡翠?誰だ?」
「城の裏に流れてる川を管理してる龍の妖怪だ」
「ふぅん。また帰ったら挨拶をしておかないといけないな」
「まあ、城にいたらな」
「ふむ、それにしても美味いな。箸が進む」
「そうだな」
ここにきてやっと澪から解放された右手は、だけど、なんとなく寂しい気がして。
埋め合わせに、ご飯茶碗を持っていた。