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「おい、おねーちゃん」

「…なんだ」

「ろくべーのところに行くぞ」

「…まあ、とりあえず、ここに来い」


私の寝てる横のところを叩くと、そこに座り込んで、ジッと見つめてくる。

期待に輝く目は、どうも真実を言い難くするようで。

でも、言っておくべきことは言っておくべきだろう。


「凛」

「なんだ、おねーちゃん」

「今はまだ夜も明けてない。まだ六兵衛も起きてないし、りるも誰も起きてないだろ」

「そういえばそうだな」

「今はとりあえず、朝までもう一眠りしておけ。向こうに行っても、話も聞かずに、ずっと寝てることになるぞ」

「うむ」


凛は素直に頷くと、そのまま横になって目を瞑る。

そして、ほとんど間髪入れず、眠りに落ちていったようだった。

…こいつ自身も、かなり無理をして起きてたんじゃないか?

寝巻きのままだし、着る服も出てないし。


「………」


とりあえず、私も布団に入り直す。

…どうして、私の周りには、私を夜も明けないうちに叩き起こすやつが多いんだろうか。

類は友を呼ぶ?

余計な友を呼ばないでほしいものだ…。



もうそろそろ秋華の起きる時間かと思ったが、そういえば、ここに泊まりにきているときの秋華は、よく寝坊することを思い出した。

空の様子からすると、凛に起こされた時間から一刻くらいは経ってるようで。

…すっかり、早起きをする癖がついてしまったな。

悪いことではないけど…。


「朝が早いのだな」

「ん?銀太郎か」

「む。なんだ、この気配は」

「気配?…まあ、妖怪どもの気配だろうな」

「ふむ、妖怪?何がいるんだ?」

「昔から、九十九神みたいなのは多かったけど、最近、大噛み、妖狐、座敷わらしが増えた」

「ほぅ。強力な大妖怪ばかりなのだな」

「妖狐はまだまだ未熟だけどな…。でも、座敷わらしは分からないが、大噛みと妖狐はここに住み着くらしいし…」

「よいではないか。御守り代わりになるぞ。それだけ強力な妖怪を三人も従えていれば、他国に攻め入れられたとしても、あっと言う間に撃退出来るだろうよ」

「はぁ…。この御時世に、まったく有難いことで…」

「嬉しそうだな」

「まあ、五分五分だな…」

「そうか」


銀太郎は屋根縁の柵から飛び降りると、こちらへ跳ねてくる。

そして、膝の上に飛び乗ると、雀らしく首を傾げて。


「凛に妖術を使おうとした者はいたか?」

「まあ、いたけど。座敷わらしが、言霊を使おうとしてたな」

「ふむ。そうか」

「でも、効いてなかった。お前の仕業か?」

「そうと言えばそうだし、違うと言えば違う。私自身は何もしていないが、私の力が言霊を阻んでいたのも事実だ」

「ふぅん…」

「打消の術式は上手く働いているようだな」

「打消?」

「凛に外的な力が加わると、それを打ち消す方向に術式が働きかける。まあ、有効なのは、術式、妖術、呪術といった、術による力だけだが」

「ふぅん…」

「まあ、原理としては、相手の術式等の波に合わせて、こちらからも波を当てて相殺するというものなのだが」

「術式って波なのか?」

「説明の便宜上のことだけだ。実際のところは、我々の力を別のものに変換しているんだが。漠然としていて、想像しにくいかと思ったんだ。打消は、掛けられた術と同等の力をぶつけて相殺している」

「ふぅん…」

「まあ、詳しい仕組みは分からない。謎多き力だよ」

「そうか。ところで、最近見掛けなかったが」

「そうだな。まあ、ここにはいなかったというだけだ」

「どこにいたんだ?」

「私にも、いろいろとあるのだよ」

「厄介事は持ってきてくれるなよ…」

「ふむ。では、もう遅いやもしれんな」

「はぁ…。まったく…。何だ。怒らないから言ってみろ」

「私は、子供ではないのだがな…」

「たいていのことは赦してやる。ただし、もうこれ以上、でかいのは連れてくるな」

「では、もう遅いな」

「………」


銀太郎が飛んできた方向を見ると、日が昇り始めようとしている山の向こうから、何かが飛んでくるのが見えた。

カイトではない。

もっと巨大な何か。


「凛が、かねてより妖怪に会いたいと言っていたのでな。連れてきた」

「連れてきたってな…。あんな巨大なものを連れてきて、どうするんだよ。降龍川より大きいんじゃないか?」

「降龍川?裏手の川か?」

「そこの管理をしてる妖怪だよ…。さっき、座敷わらしって言ってたやつ…」

「あぁ、なるほど。では、あいつも座敷わらしの一種だ。強力な大妖怪という括りではな」

「あんなものがいたら、座敷どころか家まで潰れるぞ…。翡翠もたいがいだが…」


悠々と空を泳いでくる巨大な妖怪は、どうやらまた龍のようだった。

まあ、昔から、強大な力の象徴として龍が取り上げられていたのを考えると、別段不思議なことはないようだけど。

そのあたりは、また今日聞くことになるだろう。

…龍は、物見遊山でもしているかのように、街を見下ろしたり、大きく旋回したりしながら、確実にこちらへと向かってくる。


「あんなものを養う余裕はないぞ」

「そう言ってくれるな。あの者は、最近、主を亡くして傷心しているんだ。新しい主を探して、あちこちを放浪しているらしい」

「そんな事情、知らないよ…。ただでさえ手一杯なのに…」

「食べ物は、あいつ自身になんとかさせよう」

「住むところや主も、あいつ自身でなんとかしてほしいところだが…」

「見た目によらず、いいやつなのだ。少々、巨大なだけだ」

「あれのどこが少々なんだよ。あいつと比べたら、お前なんてゴマ粒だろ」

「後生だ、頼む」

「…お前、あいつの話を聞いて、同情したんだろ」

「ああ。その通りだ。何がいけない」

「まったく…」


そう言ってる間に、龍はもうすぐそこまで来ていて。

翼を大きく動かすと、一気にこちらに近付いてきて、屋根縁の柵にそっと泊まった。

…不思議なのは、柵が軋み音ひとつ立てなかったことだ。

見上げても見上げ足りないくらいの巨大な龍なのに。


「では、紹介しよう。澪だ。澪標(みおつくし)の澪」

「また可愛い名前だな…」

「………」

「男だぞ」

「別に聞いてないけど…」

「澪にはな、聞くも涙、語るも涙の身の上話があるのだ」

「歳を取ると涙腺が弱くなるらしいな」

「紅葉。お前は聞きたいとは思わないのか」

「いや、別に…」

「そうだろう。聞かせてやろう」

「凛が人の話を聞かないのは、お前に似たんじゃないか?」

「澪が言うにはだな…」


本当に、全く聞いていない。

今は亡き澪の前の主人がいかにいい人だったかとか、澪の忠節ぶりとか、他人の身の上話なんかをよくもまあこれだけ躊躇も滞りもなく話せるなというかんじで、私もさらりと聞き流す。

…銀太郎が雀らしく囀ずっている間、澪はずっと私を見ていた。

三つ目の黒龍で、二つは青、額のひとつは金色。

ときどき、翼をはためかせていたが、風ひとつ起きなかった。

これが、座敷わらしの力なのかもしれない。

いや、これくらい朝飯前なのだろう。


「聞いているのか、紅葉」

「聞いてない」

「どうだ。澪をここに置いてやる気になっただろう」

「お前は、もっと人の話に耳を傾けるようにした方がいい」

「む。それはこっちの台詞というものだ」

「よく言うよ…」


でも、不思議と、こいつならここに置いてやってもいいと思えてきた。

不幸な身の上話に流されたわけではなく。

そもそも聞いていない。

…こいつの目を見ていると、確かに誠実で健気なやつなんだと分かる。

これは、うちに住み着いている三人にも当てはまることだけど、龍は目では嘘をつかない。

特にこいつは、目がひとつ多いだけに、より多くを語っているようだった。


「銀太郎はよく喋る」

「そうだな」


気が付くと、あたりは白い霧に包まれていた。

おそらく、こいつの妖術か何かなんだろう。

この白い世界には、私と澪しかいないようだった。


「私の身の上話を信じるか信じないかはお前次第だ。邪魔だと言うのであれば、すぐに立ち退こう。一時の羽根休めの地を過ぎただけだ」

「身の上話なんて、最初から聞いちゃいない。聞いても無駄だ。ここには、さまざまな過去を持つやつらが、ひとつの家族として暮らしているからな。その上で、語りたいのであれば、耳を傾けよう。…お前がここを羽根休めの地と見るか、帰るべき場所と見るかは、お前自身に任せる。来る者は拒まず、去る者は追わず。これが、ここの鉄則だ」

「…選択権をお前に預けたのに、私に差し戻すと言うのか。私は、この力で以て、あらゆる厄災から必ず主を守ってみせる。お前が私に、ここにいてこの場所を守れと命じれば、お前は私の主となり、私はお前を守るのだぞ」

「ふん、下らないな。お前がここに留まるのであれば、家族として迎え入れる。旅立つのであれば、鼻向けでもしてやろう。オレがやるのは、そのどちらかだけだ。選択なんぞしない」

「………」


霧は、朝日に散らされていった。

夜明けだ。

澪は日の出の方を見ると、眩しそうに目を細めて。

それから、こちらに向き直り、頭を下げて大きな鼻面で私の胸を軽く押す。


「誓おう、主よ。この灯が燃え尽きるまで。私は貴女の傍に」

「仰々しいやつだ」


鼻先の鱗に触れると、甘い獣の匂いがして。

目の前にある金色の目は、朝日に優しく輝いていた。

…翡翠を抜いても、これからさらに大変になるのは必至だろうな。

まったく、六兵衛が城に来たら、卒倒でもするんじゃないだろうか。

でも、楽しみでもあった。

ツカサの性癖だけが気掛かりだけど。

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