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「なんか騒がしいと思ったら、こんなことやってたの?」
「お前も何か授業を受けたらどうなんだ。ユカラも民族学の講義を受けてるし。民族学でなくとも、習字や算盤なら後々役に立つぞ」
「面倒くさいからいい。それに、ボクは勉強するほど頭よくないし」
「頭が悪いからこそ勉強するんだろ。ほら、桐華も算盤してるぞ」
「いいよ…。計算することもないし…」
桜はそんなことを言って、また凛とあや取りを始める。
まあ、勉強するしないは自由だけど。
読み書き算盤くらいは出来た方が便利だとは思う。
…と、撫子が桜に近付いていき、匂いを嗅ぎだす。
「な、何?」
「桜、風呂には入ってるのか?」
「えっ?入ってるけど…。撫子こそ、入ってるの?」
「昨日は入れなかったけど、入れるときは毎日水浴みだけでもしてる」
「ふぅん…」
「…ふむ、確かにそうだな。桜、お前、この前はいつ入ったんだ」
「き、昨日…」
「嘘だろ。三日は入ってないな。そんな匂いがする」
「に、匂いなんて嗅がないでよ、いろはねぇ…」
「出不精なのは別にいいけど、風呂くらいちゃんと入れよ」
「五月蝿いなぁ…。いいじゃん、別に…。みんなの服を作ってる方が楽しいんだもん…」
「裁縫はいいがな、ちゃんとやることもやらないんだったら、しばらくの間、全部預かることになるぞ。お前、ごはんはちゃんと食べてるんだろうな?」
「食べてるよ…。ユカラが五月蝿いし…」
「夕飯の騒がしい広間に来いとは言わないが、朝や昼は厨房で取るようにしろ。それと、前みたいに、たまには外で遊ぶこと。なんで、部屋に閉じ籠ってばかりなんだ」
「だって…。楽しいし…」
「はぁ…。響と光の裁縫も、これからは私の部屋でやれ。二人にも、そう伝えておく」
「えぇ…」
「えぇじゃないだろ。風呂も毎日入れ。分かったか?」
「はぁい…」
「やってなかったら、すぐに分かるぞ」
「分かってるよ…」
そして、渋々といったかんじに頷いて。
前はあんなに活発だったのにな。
今までより自由に裁縫が出来るようになったからか?
それだけ裁縫が好きということかもしれないが、それではダメだな。
「好きなことをするなとは言わない。好きなことは好きなだけやればいいが、やらないといけないことはやれ。そう言ってるんだ」
「…分かってるよ」
「それならいい」
桜自身も、このままではダメだと思ってたのかもしれない。
まあ、これを切っ掛けにしてくれればいいさ。
…凛とは黒猫同士気が合うのか、さっきから延々と二人あや取りで遊んでるけど。
「やっぱり、紅葉姉ちゃんは紅葉姉ちゃんだな」
「どういうことだよ」
「分からないけど。そんな気がする」
「そうかよ。…ところで、さっきから気になってるんだけど」
「ん?」
「なんで、オレのことを紅葉姉ちゃんと呼ぶんだ。お前の方がよっぽど歳上だろ」
「歳なんて関係ない。私が姉ちゃんと認めたら姉ちゃんだ」
「はぁ…。別にいいけど…」
「それに、私だって、人間の歳に換算すれば、紅葉姉ちゃんより歳下だと思う」
「まあ、尻尾二本程度ではな」
「うっ…。なんで知ってるの…?」
「大和が言ってたからな」
「うぅ…。あいつ…」
「自分を大きく見せるのはいいが、それだけでは何も変わらないからな」
「分かってるよ…」
「強くなりたいんだったら、稽古でもなんでもつけてやるぞ。妖怪の戦い方なんてのは分からないが。昨日の戦術を補強するくらいなら出来る」
「いいよ…。そもそも、闘うことがあんまりないし…」
「そうか。それならいい」
「はぁ…」
「それで、身体の大きさは水増ししてなかったのか?」
「してないよ、それは…」
「ふぅん」
翡翠は、身体の大きさなんて信用ならないと言っていたが、撫子のは信用出来るようだ。
まあ、この人間の姿は信用ならないの範囲に入るかもしれないけど。
「お前、大人の人間に化けたりは出来ないのか?」
「出来ない。どんなものに化けるにしても、年相応の姿しか取れないんだよ。だから、この姿が人間の何歳くらいかは知らないけど、人間に換算すれば、これくらいの歳だってことだ」
「ふぅん…」
ということは、翡翠もあれくらいの年格好の人間と同じ程度の年齢ということか。
見たかんじは、ツカサより少し上といったところだったけど。
「なんか、どんな姿にも化けられるとかいう術もあるらしいと聞くけどな。少なくとも妖術でないことは確かだ」
「ふぅん…。術式のことかな…」
「術式?なんだ、それは」
「オレ自身もよくは知らないが、そういうものがあるらしい。ほら、昨日いただろ、風華ってやつ。あいつがその力を使えるらしい」
「そうなのか?まあ、私は妖術だけで充分だから。この姿も、結構好きなんだ。街の中を歩いてたら、お菓子とか貰えるし」
「お前な…。でも、その姿に慣れすぎたりはしてないのか?」
「ん?そういえば、こっちの方が楽かもしれないな」
「まあ…別にいいけど」
「うん」
妖怪なのに、人間の姿の方が慣れてるというのはどうなのか。
それはそれでいい気がするけど。
「この姿の方が、人里では何かと便利だ」
「そりゃな…。それより、お前は普段、人里に住んでるのか?」
「ん?んー。よく来てる」
「そうかよ…」
「うん」
よく来てるのか…。
まあ、お菓子を貰えるとか言ってたしな…。
しかし、貰ってばかりでお金のことは知らないなんてことはないだろうか。
またちゃんと聞いておこう…。