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「ろくべーのところにはいかないのか?」

「今日は寺子屋があるだろ。話を聞きにいくのは明日だ」

「べんきょーなんてつまらん!なんで、こんなことするんだ!」

「五月蝿いぞ、凛」

「そとであそぶ!」

「遊ぶったって、誰と遊ぶんだよ。今日はみんなここにいるだろ」

「セトとあそぶ」

「今日はどこかに出掛けて、広場にはいないぞ」

「いおりとれん」

「あいつらは寝てる」

「おこす!」

「凛。今日は諦めて勉強してろ」

「うぅーっ!」


凛はバンバンと机を叩き始める。

ジッと座っているというのが我慢ならないんだろう。

とりあえず、叩く手を掴んで万歳させてみる。

…こういうチビたちの管理をレオナに任されたのはいいが、ここまで騒がしいのは凛だけだった。

他の同い年の子や、さらに小さい夏月でさえ、目新しいベンキョウというものに興味を持って、静かにとは言わないが、各々楽しんでるというのに。

まったく、このイタズラ子猫だけは、どうしても辛抱が足りないようだった。


「仕方ないな…。お前だけ特別授業だ」

「なんだ、とくべつって」

「特別?」

「何?」


特別、という魅力的な言葉に反応して、周りのチビたちが興味を示した。

そして、読みの練習を放棄して、わらわらと集まってくる。


「はぁ…。仕方ないな…。お前たちにも教えてやるから、少し待ってろ」

「はぁい」


七人か。

立ち上がって、広間の隅に設けられた物置場に向かう。

…広間がいっぱいになるほど集まった子供たちは、五つの集団に分かれて勉強をしている。

そのうちのひとつが、チビたちの組なんだけど。

習字の組が二つ、算数の組がひとつ、民族学の組がひとつ。

レオナが担当しているのは、算数の組。

習字の組のうちの一方は、前に会ったあの師範だった。


「あれ、姉ちゃん。どこ行くん?」

「物置」

「ふぅん。何するん?」

「なんでもいいだろ。ほら、手が挙がってるぞ」

「えっ?あぁ、ごめんごめん」


手を挙げていたのは望だった。

話を聞くと、かなり物覚えがいいらしい。

加減剰余の計算や九九も、すぐに出来るようになったようだ。

紙に小さく可愛い字で書かれた計算結果は、全て合っているみたいだな。

望の隣には秋華が座っているが、こちらはかなり難航している模様。

二問目で詰まっていた。

そして、一問目は間違っている。

…算数の組を通り抜けて、民族学の組を少し見てみると、さすがと言うか、子供というより青年といった方がいいような者たちが、教授と慕われているおじいちゃん先生の講義に、静かに耳を傾けていた。

その中に、降龍川の姿も見られる。

やはり、興味があるんだろうか。

今は、北の民族の伝説や伝承の講義のようだった。

どこからか持ってきた黒板に、白墨ではっきりと整った字を書いたりしているが、降龍川は読めているのかどうか。


「ヤンリォというのは日、つまり、太陽だね。太陽の神さまで、ルィムナというのが月の神さま。この兄妹…あぁ、ヤンリォが兄で、ルィムナが妹と言われているのだけれども、この兄妹が、北の民族の信仰するところの中心となっているのだね。僕は、この北の民族の信仰というのが好きで、民族学と併せて長年研究してきたのだけれども。この信仰は、なるほど、ここ日ノ本の神道に通じるところがある。分類上は、どちらも宗教に分類されるんだけどね、僕はそうは思わない。これは我々の心…精神だ、と。そう思うわけだ。僕らは日頃、神さまに感謝しているかい?八百万もいる神々に?していないだろう?でも、食べ物を残さず食べる、水を汚さない、ものを粗末に扱わない。他にもあるけどね、そういうのは、僕らに染み付いた、神さまへの感謝の仕方なんじゃないかな、と僕は思うんだ。だけどね、そこには宗教的な信仰はどこにもない。ないでしょ?日常なんだもの、我々の。神社がどうとか言うけどね、あれは、我々に大切なことを忘れさせないようにって、あと、普段はそうと思ってはしない神さまへの感謝を、形式に則って、ちょこっとだけ表すところだと思うんだよね、僕はさ」


一人で喋ってはいるのだが、まるで膝を詰めて対話しているかのように、内容が頭に入ってくるようだった。

これが、この教授の、慕われる由縁なのかもしれない。

しかし、降龍川はどういう思いで聞いてるんだろうか。

まあ、妖怪は妖怪だからな。

大和は、私たちが神と呼ぶような存在だとは言ったが、それだけの力を持っているというだけで、神とはまた別の存在なのかもしれない。

その辺はよく分からないけども。

…このままここに腰掛けて、じっくりと話を聞きたいところではあるが、そうもいかない。

とりあえず、聞き入ってしまった分、遅くなった。

早く取って戻らないと。

続きは気になったが、もう立ち止まらずに。


「おそいぞ、おねーちゃん!」

「すまなかったな。ほら、これだ」

「なんだ、これ。ひもか?」

「あや取りだよ。凛ちゃん、知らないの?」

「おー、あやとりか。きいたことがある」

「読む練習はやめて、今からあや取りをしようと思うんだけど」

「あやとりならいいな。凛もしってるぞ」

「私もやりたい」

「うん」

「じゃあ、各自、ひとつずつ取れ」


最初は七人だったが、いつの間にか伝播して十三人に増えていた。

多めに持ってきて正解だったな。

あや取りは、よく知っている子もいるようで、早速大技に取り組んだり、二人あや取りで遊んだりしてる子もいる。

少し歳上の子は、小さい子に教えたりもして。

結局、私のところに残ったのは、凛とりるとサンの、よく見知った三人だけとなった。


「おねーちゃん、どうやるんだ?」

「まずは、両手の親指と小指に紐を掛けるところからだ」

「こうか?」

「真ん中が捩れないようにな」

「うーん…。むずかしいな…」

「凛、二回転してるよ」

「うむぅ…」


ああでもない、こうでもないと試行錯誤を繰り返して、やっと掛けられるようになった。

サンなんかは、その間に横の組を見たりして、中指で紐を取るところまで進めていて。

りるは、凛のばかり見ていて出来ていない。


「ほら、りるも」

「うん」


すんなりと指を掛ける。

凛は、それを見て、おかしいなという風に首を傾げて。

まあ、りるの方が要領はいいようだ。

…サンは、すでに吊り橋を作ってるけど。


「次は、中指で向こうの手の紐を取る。分かるか?こうだ」

「おー。かんたんそうだな」

「うん。簡単そう」


りるは、またすんなりと終わらせて。

でも、凛はまた苦戦しているようだった。


「凛、それは人差し指だよ」

「わかってる!わかってるが、うまくいかない…んだ!」

「全部外れちゃったね」

「またさいしょからやりなおしか!」

「イライラしないの。ゆっくりやろうよ」

「うむ…」


歳は同じはずだけど、りるの方がよっぽどお姉ちゃんだな。

凛を宥めて、また親指と小指に紐を掛けるところからやり直させる。

…サンの方を見てみると、形は吊り橋で止まっていた。

でも、何か目を輝かせて、こっちを見ている。

サンが見ていた隣の組を見ると、二人あや取りをしているようだった。


「吊り橋の次は…田んぼだな」

「うん!」


サンの吊り橋を取って、田んぼを作る。

すると、すぐにそれを取って川にして。

…まあ、凛の方はまだ時間が掛かりそうだから、しばらくサンと一緒にやってみようか。

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