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「………」

「姉ちゃんも手伝ってぇな」

「…お前は、いちいちなんでこんな早くにやってきて、オレを起こすんだ」

「だって、責任者おらんとやろ?」

「そんなことはないから、自分で勝手にやってくれ…。オレは、お前ほど朝は早くない」

「そんなんゆうて。手伝いたくないだけちゃうん?」

「はぁ…。それもあるよ…」

「ええやん、手伝ってくれたかて」

「オレは眠いんだ。お前一人でやってろ」

「ホンマ、かんじ悪いわぁ」


レオナは一人で勝手に怒って、準備を進めていく。

私がうつらうつらしていると、わざと大きな音を立てたりして。

でも、関係なく目を閉じると、明からさまなため息をついていた。


「なんだ、騒々しい」

「大和か。…寺子屋を開く準備だと。今日からここでやることになった」

「ふむ、寺子屋か。勉学に励むのはよいことだ」

「それはそうだけど…」

「わっ、なんや、このおっきい生物」

「お前か。騒々しいのは」

「えっ?はぁ、すんません」

「………」

「せやゆうたかて、もう朝一番から来る子もおるから、早ように準備しとかなあかんやろ。あんたが何かは知らんけど、邪魔すんねやったらどいてくれんか」

「うむ…」

「猫の手ぇも借りたいくらいやのに、姉ちゃんは寝こけてるし、ホンマなんやねん」

「お前がこんな時間に起こすからだろ…」

「ふむ。手が必要か。ならば、貸してやろう」

「えっ?」


少し目を開けて見てみる。

妖術なのか、大和は少しずつ小さくなっていって、人間くらいの大きさで止まったかと思うと、ちょうどリュカやレオナが半獣になったときのような姿になった。

そして、少しよろめきながら後ろ足で立ち上がると、何かを確かめるように、手をゆっくり開いたり閉じたりして。


「変化するのは苦手なのだがな。それに、この姿を取るのも久しぶりだ。あまり長い間維持出来ないかもしれないから、さっさとやるぞ」

「…あんたは何なん?単なる不思議生物やないみたいやけど」

「不思議生物ってな…。私は、ただの妖怪だ」

「妖怪?」

「そら、早くしろ」

「あ、うん…。まあ、そんなこともあるわな…」


レオナは、多少無理矢理に自分を納得させたようだ。

半獣化した大和と一瞬に、作業に取り掛かる。

…しかし、縮んだとはいえ、七尺はあろうかという大男は小三郎以外には見たことがないから、どこか新鮮だった。

そして、大男がノシノシと歩いている横で、レオナがせかせかと走り回っている様子は、何か冬支度をする栗鼠を彷彿させた。


「これは、ここでいいのか?」

「適当に置いといて」

「そう言われてもだな…」


まあ、栗鼠が大男を顎で使うのは見所かもしれないが。

…私はもう限界だ。

お休み…。



目が覚める。

まだ陽が昇り始めたばかりだったが、半刻は寝られただろうか。

いつの間にか背凭れが壁から大和になっていて、その大和はぐったりとして眠っていた。

そして、隣にはレオナが寝ていて。

…大急ぎで準備をしたんだろうか。

少々雑に並べられた机は、それでも、寺子屋と言われれば寺子屋らしかった。


「………」

「………」


そして、早速、誰かが座っている。

朝一番に来るやつもいると言っていたが、こいつのことだろうか。

朝一番も朝一番だな。

居眠りをしているのか、精神統一でもしているのか、真っ直ぐに背筋を伸ばして、目を瞑ったまま座っていた。

その様子はどこか秋華を思い出させたが、でも、秋華にはない静寂が備わっている。


「おはよ、紅葉」

「…神出鬼没だな、相変わらず」

「どうも」

「昨日は朝だけだったな」

「あんまりベタベタしたら、目が見えなくなるんでしょ?」

「それはそうかもしれないけど…」

「なんか、お仲間さんが増えたみたいだね」

「まあな…」

「賑やかになるのはいいことだよ。…ところで、あそこの子」

「はぁ…。また幽霊か何かか?」

「そうだね。でも、たぶん幽霊じゃないと思うよ。人間でもないけど」

「またそんなものが…。どうなってるんだ、この城は」

「いいじゃない。笑う門には福来るってね」

「意味が分からないし、これ以上幽霊やら妖怪やら子供が増えるのは、どうかと思うけど…」

「満更でもないくせに」

「はぁ…」


満更でもないというのは、確かにそうだけど…。

でも、いくら開放されてるとはいえ、なんでもかんでも入ってこられては困る。


「まあ、害はなさそうだけどさ。嫌なら追っ払ってこようか?」

「いや、いいよ。別にいたっていいだろ」

「そうだね。でも、なんであんなところにいるんだろ。起きてるの?寝てるの?」

「知らないよ…」

「何にせよ、ちゃんと面倒見てあげなさいよ」

「分かってるよ」

「そっか。…それじゃ、お母さん、帰るね」

「ああ。またな」

「うん」

「帰るついでに、灯を起こしていってくれ」

「はいはい」


笑いながら返事をすると、母さんは静かに消えていった。

…さて、どうするかな。

撫子のように騒いだりするわけでもなく、何もせずにただ座っているだけというのも、かなり気になるものだな。


「ふむ。座敷わらしか」

「ん?起きたか」

「うむ。話し声が聞こえたのでな。しかし、レオナは人遣いが荒いな…」

「オレは知ってたけどな」

「お前は、眠りこけていただけであろう」

「オレは、朝は早くない」

「まったく、上手く回避しおって…」

「それで、座敷わらしがどうした」

「…座敷わらしというのは、もともとは、お前たちが神だとか呼ぶようなものだ。妖怪には変わりはないが。あの者は水の化身のようだな。おそらく、この一帯を水底に沈めるくらいは造作もないことだろう」

「そうか」

「…お前はあまり驚いたり動じたりすることがないからつまらん」

「あいつからは、そんなことをしようという気は感じられない」

「…確かに、そうなのだがな。自然を司る者は、何であれ、徒に自然をいじるようなことをしない。その自然が、他者にとっても、自分にとっても、大切なものだと分かっているからな。まあ、私たちのような矮小な存在は、自然を操作するような能力も権利も持たないのだが」

「そうだな」

「低級な妖怪なんどとは違って、話せば通じる相手だ。まあ、挑み掛かろうものなら、一瞬で腹の中に収められてしまうだろうがな。お前は分からんが。しかし、気になるのであれば、立ち退きを求めればよい。即座に対応してくれるだろうよ」

「いや、いいよ。さっき、母さんにも言ったけど。害はないんだろ?」

「あの者に害を加えようとしない限りは、ないだろうな」

「それならいい」


何か害を為すものなら追い払うが、そうでないのなら構わない。

精神統一をしてるらしい座敷わらしは、しばらく見ていると、ふと力を抜いて体勢を楽にして、こちらに振り向いた。


「おはよ」

「ああ。おはよう」

「みんな、朝が早いんだね。いつからそこにいたの?」

「お前よりも先にいてたが」

「そうなんだ。ごめんね、気付かなくて。考え事をしてたら、そっちばかりに気を取られて」

「いいさ、そんなことは。ところで、今日は何をしに来たんだ」

「寺子屋がここで開かれるって聞いたからさ、ぼくも少しは勉強してみようかなって。字も読めないから。ちょうどいい機会でしょ」

「座敷わらしも、字を読む必要があるのか?」

「あちゃあ、上手く変化したつもりだったんだけどな。分かった?」

「オレはなんとなくしか分からなかったけどな。でも、こいつを見て少しも驚かないやつは、たぶん人間にはいないよ」

「大噛みね。見慣れてたから。まだまだ人間修行が足りないってことだな」

「なぜ、座敷わらしである御主が、人間の真似事をするのだ?」

「…ぼくは、そこを流れる川の化身なんだ。知ってる?」

「降龍川か?」

「うん。今はこんな格好をしてるけど、本当は龍なんだよ」

「水の化身といえば、龍らしいからな」

「龍とか蛇だね」

「それで?」

「ぼくは、人間が好きなんだ。それで、もっと知りたくなって。…理由になる?」

「ああ、充分だよ。でもな、朝早くから準備してるとはいえ、こんな日の出すぐには始まらないぞ。教師も寝てるし」

「そうなんだ。じゃあ、ぼくもちょっと休むかな」


そう言うと、降龍川の姿はどんどんと変化していって、最後には大和の三倍の体長はあろうかというくらいの龍になった。

…小さい子供が集まった反動で、でかいのが集まり始めたのか?

広間なのに、大和と降龍川のお陰でかなり狭く感じられた。


「変化は力をたくさん使うから疲れるんだよ」

「そうか」

「でも、人間の姿をしてる方が、美味しいものも食べられるし。この姿だと、つい丸呑みにしちゃうから、味が分からないんだよね…。ほら、蛇に似てるでしょ?」

「似てるといえば似ているが。しかし、お前らは食い気ばかりだな」

「えっ?」

「………」

「まあいい。普段、何を食べてるのかは知らんが、人間の姿になっていたら、昼ごはんは美味いものをご馳走してやる」

「ホント?不味かったら、キミを食べてもいいかな」

「ああ。いいとも」

「…なんだ、全然怖がらないんだね」

「自信があるしな」

「それに、こいつにそういうのは全く効かない。神経が綱のように太いからな」

「そうなんだ。つまんない…」

「まあ、本当に不味かったら食えばいいさ。オレは、妖怪にとっては美味いんだろ?」

「冗談だよ。ぼくは、気に入らない人間しか食べない主義だし」

「オレは気に入ったのか?」

「ちょっと恥ずかしいけどね…。ずっと好きだったよ、キミのことは」

「……?」


そして、降龍川は大欠伸をすると、そのまま目を閉じて眠ってしまった。

…なんだ、最後のは?

よく分からないが、好きと言ってくれているんだから、素直に喜んでおこう。

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