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昼ごはんのおにぎりを投げてやると、器用に口で捕らえて。

大和にとってはごく僅かなはずなのに、美味しそうに食べている。

…ふと、セトにごはんを分けてやったときのことを思い出した。

あのときも、こんなかんじだった気がする。


「それで、どうすればいいのですか?」

「秋華…。妖術師なんてやめときなよ…」

「誰かのお役に立てるのであれば、多少怪しくても平気ですっ」

「別に怪しくはないと思うが…」

「大和さんが、私の相棒となってくださるのですか?」

「そうだな。可愛いものは好きだよ、私は」

「か、可愛い…?」


大きな舌で、秋華の顔を舐める。

ついでに、頬に付いていた米粒も舐め取ったようだ。

風華は何かハラハラしているようだけど。

…だから、食べないと言ってただろうに。


「しかし、私はすでに紅葉に忠誠を誓ってしまった。そう易々と主人を変えるわけにもいかない。手助け程度は出来るが、すまないが、相棒は他を当たってくれないか」

「そうですね。大和さんのような大妖怪は、ちんちくりんの私より、師匠のような方をご主人さまとされる方が似合っています」

「そんなことはないぞ。秋華、お前は紅葉をも遥かに超える妖力を持っている。表に出ている分は、ごく僅かだがな。お前ならば、どんな妖怪であろうと、屈服させられるだろうよ」

「く、屈服ですか…。私は、あまり、そういうのは…」

「ははは。優しいのだな。まあ、九十九神に驚いて怯えるくらいであるからな」

「うぅ…。その話はしないでください…」

「ふふふ。…しかし、そうなれば、どうしたものかな。私が手頃なやつを引っ張ってこようか?どんなやつがいい?」

「大和の言う手頃な妖怪って何なのよ…」

「む?そうだな。人間がまだ踏み入ったことのない山奥で主をしている大蛇とかだな…」

「お、大蛇…?」

「ああ。胴回りは樹齢二千を超える大木ほど。長さは山を一巻きにするほどの大蛇だ。多少荒っぽいところもあるが、誠実なやつだよ」

「そ、そんな本格的な妖怪、怖すぎるよ!」

「大蛇か。面白そうだな」

「姉ちゃん!」

「まあ、あいつを従えるとなれば、天下だって取れるだろうよ。気に入らないやつがいれば、喰らってもらえば済む話だからな。ペロリだ」


そう言いながら、前足で私の膝を突ついておにぎりを催促する。

ひとつ投げてやると、またすぐに食べてしまった。


「そういえば、大和たちってさ、普段は何を食べてるの?人間?」

「人間はあまり美味ではない。妖力の強いやつは別だが。まあ、木の実や山の動物とかだな」

「ふぅん…。熊?」

「熊を喰らうこともあるが、まあ、鹿や猪が主だな」

「一呑みにしちゃうの?」

「興味津々なのだな」

「えっ?だって…気になるじゃない」

「興味を持つのは悪いことではないのだがな。私も、あまり語りたくないことはあるのだよ」

「食習慣のこと、聞かれたくないの?」

「食というのは不浄だ。何を喰らうにしても殺生を働かねばならない。先程から、私も冗談めかして喰らう喰らうなどと言っているが、普段の不浄までは、さすがに踏み入られたくないのだよ。すまないがな」

「価値観の違いってやつかな。まあ、確かに、生を戴いて生を得るっていうのは、結局、殺生をして自分が生き延びてるってことだしねぇ」

「そうだな」

「それで、鹿や猪はどうやって食べるの?」

「むぅ…」

「勘弁してやれよ、風華。話したくないと言ってるんだし」

「じゃあ、一日に何頭くらい食べるの?」

「…紅葉。風華は何なのだ?恐ろしい質問攻めに遭ってる気がするが」

「薬師だからな、こいつは。少し学者のようなところもあるのかもしれない」

「ふむぅ…」

「これも答えてくれないの?」

「…鹿なら一頭、猪なら二頭だ」

「へぇ、そうなんだ」

「風華さん、すごいですっ。質問だけで大和さんを屈服させましたっ」

「うっ…」

「え、えぇ。屈服だなんて。そんなこともないよ」

「まさか、ほとんど妖力も持たない娘に屈服する日が来ようとは…」

「大和もそんなに落ち込まないの。ホントにもう…」


そうは言っても、嫌っていることを聞き出すというのは、なかなか出来ないことだ。

屈服させたと言ってもいい気がする。

…慰めにおにぎりをまたやっていると、廊下が騒がしくなってきて。

りるが飛び込んできた。


「おかーさん」

「なんだ、どうした」

「お腹空いた!」

「そうか。手は洗ったのか?」

「ピカピカ~」

「じゃあ、そこのおにぎりでも食べておけ」

「うん!」


りるはお盆の横に座ると、両手におにぎりを持って食べ始める。

…どうでもいいことだが、大和は全く無視なんだな。

名前はいちおう、りるが付けたんだけど。


「そういえば、撫子はどうしたんだ?一緒じゃないのか?」

「んー」


りるが指差す先…屋根縁を見ると、いつの間にか撫子が柵のところに座っていて、空を見上げているらしかった。

…言葉が不自由なのか、喋ったのをまだ聞いていないが、りるに撫子という名を貰ったときは嬉しそうに笑っていたから、優しい子なんだろうというのは分かる。


「何、あの子。姉ちゃんの知り合い?」

「ん?見えるのか?」

「見える?どういうこと?」

「ふむ…。あの妖怪、朝はほとんど力を持っていなかったから見逃していたが、今は比べ物にならないくらいの力を蓄えているな」

「ふぅん」

「えっ、あの子も妖怪なの?」

「しかも、相当強力な、な」

「えぇ…。今日は厄日だねぇ…」

「そうだ、秋華。あの者を相棒に誘ってみてはどうだ。なぜ力を失ったのかは分からないが、今も力が増していってるから、あの者はおそらく私以上の力を持っている」

「そ、そうなのですか?」

「ああ。ここには秋華や紅葉がいるから、溢れた強い妖力を吸収して、力の回復を早めようとしているのだろう。回復しきってしまえば、いなくなる可能性もある。あの者に頼むのなら、急いだ方がいい」

「は、はいっ!分かりましたっ!」

「あっ、ちょっと!よく考えてから…って、行っちゃったじゃない…」

「真っ直ぐなのだな、あの子は」

「そうだな」


撫子のところまで走っていって、少し大袈裟な動きも交えて説明をしている。

しばらくして秋華が説明を終えると、撫子は柵から降り、こちらに歩いてきて。

秋華も追い掛けてくる。

そして、大和と正面から対峙して。


「秋華に妖術師などと吹き込んだのはお前か、トムラ」

「真名で呼ぶのはやめてもらおうか。私には大和という仮名がある」

「大和。秋華を妖術師に仕立て上げて何をしようというのだ」

「何をするわけでもない。ただ、誰かの役に立ちたいという秋華の願いからだな…」

「妖術師が誰かの役に立つものか。下劣な人間に騙され、利用されるだけだろう」

「そのような間抜けのことなど知らぬ。そもそも、そうならぬように護ってやるのも、主人に対する我らの役目であろう」

「ふん。主従関係など、もう古い。何が主人だ。人間にへり下るのか」

「力ある者に従って何が悪い。それに、従属するというのは、へり下るということではない。そういうのは無能がすることだ。だいたいだな、主従関係が嫌なんだったら、友達関係でも親子関係でも、なんでもやりようがあるだろう。少し力を持っているからといって、小娘の分際で私に大口を叩くな」

「ふん。死に行く老いぼれが」

「亀の甲より歳の功だ。若者は年寄りを労れ」

「そういうのは、労りたいと思えるようなことをしてから言え」

「…お前ら、いつまで喧嘩してるつもりだ」

「む…。こいつが悪い」

「お前であろう。不遜な輩め」

「どっちも悪い」


一発ずつ殴っておく。

妖力がどういう力かなんてのは本当はよく分からないんだが、軽く小突いた程度だったのに、二人ともかなり痛がっていた。

何か影響があったんだろう。


「まったく…」

「乱暴だな、紅葉は…」

「そりゃどうも。それで、どうするんだ」

「…私自身は構わない。妖術師などというのは気に食わないが」

「そうか。それなら、妖術師でなくてもいい。秋華の力になってやってくれ」

「よ、よろしくお願いしますっ!」

「…分かったよ」

「ホ、ホントですか?あ、ありがとうございますっ!」

「あ、頭を上げろ…。なんか嫌だ、そういうのは…」

「は、はいっ!」


勢いよく頭を上げる秋華。

撫子は、それに驚いて身構えてるけど…。


「なんか、姉ちゃんみたいな話し方だけど、根は優しそうでよかった」

「どういう意味だよ」

「ふふふ。まあいいじゃない」

「私は気に入らん…」

「お前が薦めたんだろ」

「最初からあんな生意気な小娘だと分かっていれば、絶対に薦めんかったよ…」

「終わったことは、もう気にするな」

「むぅ…」


挨拶も終わり、楽しそうに話し始めた二人を見る。

確かに、私と大和の主従関係みたいなものはなく、どちらかといえば友達のようだった。

…まあ、付き合い方なんてのはいろいろある。

自分たちに合った付き合い方をするのが一番だろう。

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