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市場から帰ると、早速、派遣班が無事に到着したとの連絡が入った。
他国から攻め入られるような雰囲気は今のところない、ということだった。
「連中も、向こうが気に入ったらしい」
「え?なんで分かるの?」
「この字。楽しさが滲み出てる」
「……?分かんないや」
まあ、そうだろうな。
「それよりさ、どう思う?」
「どう思うって…」
「可愛いでしょ?」
いつの間にか運び込まれた生活用品。
でも、全部手作り感あふれてて、どこか温かかった。
地下牢と思えないくらいに綺麗に飾り付けられ…。
「しかし、なんで地下牢なんかを自分の部屋にしたんだ。もっといい部屋があるだろうに」
「ない」
「え?」
「ないよ」
「…なんで」
「なんでも!」
布団を頭から被り、そのままジッとして動かなくなった。
…窒息なんてしてないだろうな。
「…だって、大切な場所なんだもん」
「え?」
「いろはねぇ と出会った。いろはねぇ が助けてくれた。身体を張って。だから、大切な場所。ボクの大好きな場所」
「…そうか」
布団から出てきて、私を正面から見る。
「ここに住んでいい?」
「…風華次第だな」
「えぇー!絶対ダメ!それはダメ!」
「桜の保護者は風華だ。オレじゃない」
「だって、絶対に、帰りなさい!って言うもん!」
「聞いてみたのか?」
「聞けるわけないよ!絶対無理だもん!」
「やりもしてないのに、絶対無理だと決め付けるのは早計すぎるだろ」
それより、同い年の風華が保護者ということには異論はないのだろうか。
「うぅ…いろはねぇ の意地悪…」
「ほら、聞いてこい」
「嫌…」
「じゃあ、オレが聞いてきてやろうか?」
「………」
不機嫌そうに尻尾を振るだけで、返事はなかった。
…まあ、勇気を搾り出す時間も必要だろう。
何か呻き声を上げている桜を置いて、地下牢を出た。
「ここはもう地下牢じゃない。女の子の部屋なんだ。あんまり立ち聞きしてやるなよ」
「はっ!あ、いえ…立ち聞きしてたわけじゃ…」
「ふふ。まあ、牢番の任は今日で終わりだ。好きな部署に移るといい」
「では、調理班がいいのですが…」
「お前は料理が上手いからな。適任だろう」
「はっ!ありがとうございます!」
早速厨房へと向かう嬉しそうな後ろ姿。
今日の夕飯が楽しみだな。
「さてと…」
医療室…いや…風華の部屋へと向かう。
「らんらんらん」
戸を開けると、鼻歌なんか歌いながら、楽しそうに薬棚を眺める風華がいた。
私が来たのにも気付いてない様子なので、しばらく放っておくことにした。
「これとこれを使えば、もっと強力な中和剤を作れるかなぁ」
…まだ酒を呑む気なのか。
「あ、酔いを早める薬を作って、姉ちゃんを潰すのが先かなぁ…」
そんな薬があるのか?
「こんなにたくさんあるもんね~。なんでも出来そうだよ」
「そうか。それは良かったな」
「うん。ホント、楽しみ…」
こちらを見て、ニコリとする風華。
「どの辺から聞いてた?」
「中和剤あたりだな」
「………」
「おい、どこに行くんだ」
「もう!来てるなら来てるって言ってよ!」
「来てるぞ」
「遅いよ!」
「酒は禁止だって言っただろ。強力な中和剤なんて、もっての他だ」
「うぅ…私の計画がぁ…」
「バカな計画なんぞ立てるんじゃない」
風華の頭を軽く叩く。
「はぁ…あと四年なんて待てないよ…」
「未成熟なのに酒なんか呑んでると、発育が止まるぞ」
「…姉ちゃんみたいに?」
「な、なんでオレが出てくるんだ!」
「…分かったよ。我慢する」
「自分一人で納得するな!」
「あ、そうだ。なんで私のところに来たの?私の計画を潰すためじゃないでしょ?」
「あぁ、忘れるところだった」
上手くはぐらかされたような気もするが…。
「たぶん、もうすぐ桜が来る」
「分かってる。桜、ここが本当に気に入ってるみたいだから」
「ああ」
「私も止めるつもりはなかったの。それに、桜、私と同い年じゃない。私が桜のことをどうこう出来る立場じゃないことも分かってる」
「ならいい。…で、風華はどうするんだ。帰るのか?」
「私?私は…」
何か考えるように、外を見る。
そして、私の方に向き直ったとき、少し哀しげな表情を浮かべていた。
「私には帰るべき場所がある。だから、ここにはいられない」
「…お前も好きにすればいいんだ。誰かに束縛される歳でもないだろ?」
「でも…」
「残りたければ残ればいい」
「兄ちゃん…」
部屋の入り口には、いつの間にか利家がいた。
やっと片付いたというかんじで、どこかグッタリしたかんじも見受けられるが、なんとか恰好がつくように踏ん張っている。
「紅葉、これ、議会召集の伝令。頼む」
「ああ。分かった」
「風華。どうなんだ?…ここに残りたいんだろ?」
「そんなこと…」
「じゃあ、荷物をまとめて今すぐ帰るんだ」
「え…」
「ほら、早く。村のみんなも待ってるだろう」
手早く風華の荷物をまとめだす利家。
みるみるうちに、帰り支度が済んでしまった。
「じゃあな、風華。たまには遊びに来いよ」
「え…私…」
「どうした。村に帰るんじゃないのか?」
「私…」
「兄ちゃんはここに残らないといけないからな。寂しいけどお別れだ」
荷物を持って部屋を出ようとする。
「私…!ここにいたい!」
今までの遠慮がちなかんじからは想像もつかないほど大きな声で。
自分の心を吐き出す。
「姉ちゃんと、もっとお話がしたい!買い物もしたい!桜と、もっと遊びたい!衛士さんとも、もっと仲良くなりたい!私…私…もっともっと、ここでやりたいことがある!」
「…そうか」
何か殺伐とした態度だった利家は、ここでやっと笑顔になる
「自分の気持ちに嘘をついたらダメだ。分かるな?でも、風華は、特に、自分の気持ちを押さえがちだ。たまには全部吐き出してやるんだ」
「うん…うん…」
…兄妹水入らずの方がいいだろ。
私は立ち去ることにする。
「姉ちゃん…ごめんね…」
「オレは、謝られるようなことはされてない」
「うん…でも、ごめんね…」
「…ああ」
夕日がいつもより眩しく感じられた。
この兄妹、ホントに仲が良い。
書きながら、某水の都の兄妹を思い出してしまいました。