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準備もほとんど滞りなく進み、あとは主役の登場を待つのみとなった。

アセナが連れてくる算段になっているんだけど、やはりというか、なかなか来なくて。

寄り道ばかりしているんだろう。

…まあ、それを見越して呼びにやったから、たぶん、ちょうどいい時間に来るはずだ。


「もう…。アセナ、ホンマに大丈夫なんかな…」

「あまりイライラせずに待っていてやれよ。アセナも、来るときになったら来るんだから」

「せやけど…」

「テュルク!遅いよ!」

「ま、待ってよぉ…」

「あ、来た」


廊下が少し騒がしくなり、広間の前を何かがバタバタと走り抜けていく。

そして、しばらくして、また戻ってきて。

子狼が一匹、広間に飛び込んできて、並べられた料理やお膳を飛び越えながら、私の方へ真っ直ぐに走ってくる。

大きく飛んで宙返りをしたかと思うと、人間の姿になって私に抱きついてきた。


「連れてきた!」

「そうか。よくやったな」

「えへへ~」

「アセナ。人前で変身するなと言っただろ?」

「うっ…。おにーちゃん…」

「まあまあ。ここにいるみんなには、もう紅葉姉ちゃんとかがゆうてくれたあるし」

「それはそうだが…」

「おねーちゃん!アセナ、偉い?」

「偉い偉い。寄り道とかせんと、真っ直ぐ来てくれたら、もうちょい偉かったけど」

「えへへ」

「それで、肝心のテュルクは?」

「来たみたいだぞ」

「お姉ちゃん…。速いよ…」


広間の入口に、ちゃんと人間の姿に戻っているテュルクが現れた。

その瞬間に、司会進行を買って出た灯が立ち上がって。


「さあ、お手を拝借願います。テュルクの十歳の誕生日を祝いまして、一本締めを!」

「締めは最後までとっておけ」

「えっ?じゃあ、何?」

「もういいよ…」


灯の進行を聞き流して、みんな、拍手を始めていた。

テュルクは、いきなりの事態に入口で固まったまま動けなかったみたいだけど、レオナに手を引かれて、おどおどしながら花道を歩いてくる。

そして、一番奥のいわゆる主役席に座らされて。


「お誕生日おめでとう!」

「おめでとう!」

「えっ、あ、あの…」

「さあ、宴会を始めるぞ!」

「お誕生日会だろ、バカ」

「料理持ってこい、料理!」

「酒が先だろ!」

「今日は禁酒令が出てる。文句があるなら隊長に言え」

「えぇ…」

「当たり前だろ。今日はテュルクくんのお祝いなんだから、俺らが酔っ払ってどうするんだ」

「うっ…。それもそうだな…」

「料理だ、料理!調理班、急げよ!」

「五月蝿いやつは最後だ、バカ野郎」

「くそっ!」


最初に誰かが言ってたように、早速宴会と化してしまっているな。

まあ、リュカもそれは予想してたはずだけど。

とにかく、お祝いはそっちのけで、みんな思い思いに行動してしまっている。


「ねぇ、レオナお姉ちゃん…」

「みんな、テュルクの誕生日を祝ってくれてんねんで」

「そうなの…?」

「そうは見えんかもしれんけどな」

「今日、僕の誕生日…?」

「せやで。忘れてた?」

「うん…」

「今日は、テュルクの十歳の誕生日や」

「………」


レオナに頭を撫でてもらって、少し恥ずかしそうに俯く。

指をモジモジさせたりもして。

…レオナは、テュルクのそういうところが可愛くて堪らないんだろうな。


「ごはん!ごはん!」

「アセナ、ちょい落ち着き」

「紅葉おねーちゃんとごはん!」

「嬉しいか?」

「嬉しい!」

「そうか」

「ァオォーン!」

「遠吠えをするな」

「えへへ」

「アセナもな、十一になったんやし、もうちょっとくらい落ち着いたらどうなん?」

「なんで?」

「女の子は、やっぱりお淑やかでないと」

「だって、つまんないんだもん。私だって、虫取りとか、かけっことかしたい」

「せやゆうたかて、もうちょい落ち着いてな、おねーちゃんと料理とか裁縫とか、そういうのしたいとか思わん?」

「それは…思うけど…」

「レオナ。今は、そんな話はやめろ」

「ちょうど話出たのに…」

「レオナ」

「うぅ…。分かったよ…。でもな、アセナ。ちょっと考えといてや」

「うん」

「お待たせしました。みなさんの分、取り分けてきましたよ。テュルクくんの鯛も」

「ありがとう。鯛以外はその辺に置いといてくれ。みんなで食べるから」

「はい、分かりました。じゃあ、テュルクくん、アセナちゃん。足りなくなったら、また取ってくるから、遠慮なく言ってね」

「うん」「うん!」

「では、失礼します」

「ああ。ご苦労さま」


お辞儀をして、また戻っていく。

アセナは、もう料理に手をつけていたけど。


「じゃあ、いただきます」

「いただきます」


アセナ以外で手を合わせて。

それから、食べ始める。

…早速、リュカは唐揚げをアセナの皿に移し始めてるけど。

まあ、今日は匂いはキツくないから、ただ単にアセナにあげているだけだろう。


「それにしても、父さんと母さん、来やんなぁ」

「あそこにいる」

「えっ?あ、ホンマや。でも、なんで…」

「紅葉たちと楽しんでこいって、さっき言ってたから。父さんと母さんは、衛士時代のときの友達と話してるからって」

「ふぅん…。あっ。あの徳利、酒ちゃうんかよ、母さん…」

「お冷やかお茶だろ。絶対に持ってこないよう、釘を刺しておいたから。だいたい、そういうのは父さんが許さないだろ」

「まあ、せやね…」

「おっ、やってるやってる」

「あ、風華」

「お邪魔してもいいかな」

「テュルクくん、誕生日おめでとう」

「進太兄ちゃん…と、誰?」

「私はナナヤだよ」

「あぁ、噂の」

「噂?」

「いや、こっちの話」

「ふぅん…?」

「レオナ」

「あれ?銀次、どないしたん?忘れもん?」

「一刀さんにつれてこられた。あと、テュルクにお祝いを渡しに。…誕生日おめでとう」

「あっ。えへへ、ありがとう、銀次お兄ちゃん」

「………」

「嬉しそうだな」

「…まあな」

「なんや、今日世話んなったみんなが大集合やね」

「桜がいないけどな」

「あぁ。桜は、五月蝿いのは嫌いだから」

「…そうだったな」

「そうなん?勿体ない。またあとで会いに行ってもええかな」

「うん。いいと思うよ。旧地下牢にいるから。姉ちゃんにでも連れていってもらいなよ」

「地下牢?なんでまた…」

「ふふふ。さあね」


そして、風華たちもテュルクを囲むようにしてお膳を並べて食べ始める。

テュルクは、銀次に貰った包みを開けていたけど。

…中身は、レオナと同じ、狼のぬいぐるみだった。

ただ、こっちの方をあとに作ったのか、レオナのより出来はよかった。

たぶん、二日違いの誕生日というのは覚えていて、一緒に作っていたんだろう。

どっちが先かは忘れていたようだけど。


「ええね、そのぬいぐるみ。大切にしいや」

「うん!」

「あっ!銀次おにーちゃん!アセナにも作って!」

「分かった、分かったから…。膳がひっくり返るだろ…」

「絶対だからね!」

「はぁ…」


アセナがひっくり返さないようにお膳を押さえながら、銀次はため息をつく。

でも、テュルクがぬいぐるみを抱き締めて尻尾を振っている様子を見たり、アセナにおねだりされて、悪い気はしないんだろう。

レオナのぬいぐるみのように、少し笑っているように見えた。


「ねぇ、ねぇ!おにーちゃん!」

「なんだ」

「私の書いたやつ、テュルクにいつ渡すの?」

「えっ?僕に?何を?」

「………。まあ、最後に渡そうと思ってたんだけど。仕方ないな」

「……?」


リュカは、後ろに置いてあった包みを取り出して、テュルクに渡す。

テュルクはそれを受け取ると、早く開けろと言わんばかりに尻尾を振るアセナや、横に座るリュカやレオナを見ながら、包みを開けていって。


「わっ、これは…」

「私の読んで!私も書いたから!」

「えっと…。テュルクは、ずっと、私の弟なんだからね。私も、ずっと、テュルクのお姉ちゃんだから。だから、ずっと、一緒だよ、アセナ」

「どう?ねぇ、どう?」

「アセナ。感想をせがむな」

「だってぇ…」

「嬉しいよ、アセナお姉ちゃん。僕も、アセナお姉ちゃんのこと大好き」

「えっ?えへへ、嬉しいな。私も、テュルクのこと、大好きだよ!」

「うん」


アセナはテュルクを抱き締めて、ガシガシと乱暴に頭を撫でる。

でも、それが嬉しいようで、テュルクはユラユラと尻尾を振っていて。

その場にいるみんなが、笑っていた。

…そんな、ささやかな祝いの席を、テュルクとアセナが疲れて眠ってしまうまで、楽しんだ。

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