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「なんやうち、ここに説教されにきた気分やわ」
「そうか」
「ここのみんなと触れおうて。なんや、今までのうちがアホみたいに思えて」
「銀次はここのやつじゃないけどな」
「うん」
レオナは、銀次に貰ったぬいぐるみを抱き締めて、広場で遊ぶ子供たちを見ていた。
少し不格好な狼のぬいぐるみは、そのせいか、なんとなく笑っているように見える。
「うちの早とちりか…」
「よかったじゃないか。早とちりで」
「うん。ふふ、可愛いぬいぐるみ」
「人は見掛けによらないものだな」
「…銀次が、なんかうちにくれるゆうんは、これが初めてやけどな。しかも、こんな凝ったことするんも初めてやし。誕生日はまちごうてたけどな。普段は、見た目通りの、無愛想でぶっきらぼうなやつやで」
「ふぅん」
「ちょっと、姉ちゃんに似てるかもな。その辺は」
「そうかもな」
「否定せんのやね」
「面倒なことはしない主義だ」
「またまた」
ぬいぐるみの手を動かして、私の腕をペシペシと叩く。
何やってるんだ、こいつは…。
「ふふふ。可愛いなぁ」
「やっぱり、彼氏からの贈り物は嬉しいものなのか?」
「嬉しいよ。…って、彼氏ちゃうし!全然彼氏ちゃうし!」
「抱き締めてもらってたじゃないか」
「あ、あれは、あいつが泣き虫とか言うから…」
「泣き虫だと言われたら、お前は誰にでも抱き締めてもらうのか?」
「う、うっさい!とにかく、銀次は彼氏ちゃうんやからな!チ、チューもしてへんし!」
「お前、それに拘るな。恋愛小説の読みすぎじゃないか?」
「恋愛小説なんか嫌いやし!全然読んでへんし!」
「そうか?それならそれで、別にいいけど」
ふと、レオナは貸本屋に行って何をしてるんだろうかと思った。
寺子屋で教えるための勉強もしているんだろうけど。
なんせ、あんな図鑑がある貸本屋だからな。
恋愛小説なら、千冊二千冊あるかもしれない。
「レオナ、紅葉」
「ん?」
「あっ、リュカ。仕事は?」
「もう終わった」
「早いな。なんで?」
「今日、テュルクの誕生日だろ」
「あぁ、せやね。…お祝いするために、はよ上がってきたん?」
「魚屋さんに鯛を頼んである。花屋さんも、飛びきりの生け花を用意してくれるそうだ。他にも、いろいろ。ちょうど十歳だから」
「へぇ、豪勢やね。…あっ。うちも家に帰った方がええよね。ごはんも作らなあかんし」
「いや。今日はここで食べるから。厨房にも話を通してある」
「えっ、手回しええね」
「まあな」
「お前、無駄に顔が広いんだな」
「いろんなところで仕事を掛け持ちしてるからな。それに、何も無駄じゃないだろ。こういう風に、役立つときが必ず来る」
「まあ、そうだな」
「それで、レオナ」
「何?」
「お前、何か用意してるか?」
「えっ?」
「お祝いの贈り物だよ」
「あっ、やばっ、忘れてた…」
「やっぱりな」
「なんやの…。分かってたんやったら、教えてくれたってええのに…」
「俺も忘れてたんだ。根回しばかりに気を取られて。だから、これ」
そう言いながら、リュカは鞄の中から色紙を取り出す。
そこにはもう何かが書いてあるけど。
「寄せ書き?お誕生日おめでとう、お父さんとお母さんより…って、短すぎんか、これ…」
「いいんだよ、そんなこと。ほら、空いてるところに好きなだけ書けよ。これを、最後にテュルクに渡そうと思うんだ」
「ふぅん…。テュルクは、ずっと、私の弟なんだからね。私も、ずっと、テュルクのお姉ちゃんだから。だから、ずっと、一緒だよ、アセナ。ふふ、可愛いこと書いて」
「読んでる場合じゃないだろ」
「あれ?でも、リュカの分、書いてへんやん」
「俺は最後でいい。お前もたくさん書きたいだろうし」
「そんなん。リュカも書きたいんちゃうん?」
「テュルクのことを、家族の中で一番想ってるのはお前だ。お前がたくさん書いてくれれば、俺もそれでいいから」
「でも…」
「遠慮するな。何も用意しなかったお詫びってことでいいじゃないか」
「うっ…。それ言われると…」
「筆記用具と試し書き用の紙は貰ってある。向こうに書き物机も用意してもらったし、ちょっと書いてこいよ」
「うん。ほんなら、お先に」
リュカから色紙を受け取り、代わりにぬいぐるみを渡して、レオナは広間の端に置かれた書き物机に向かう。
…ここでお祝いするということは、今は厨房はてんてこ舞いだろうな。
いつから依頼してあったんだろうか。
昼も、進太は全然そんな素振りは見せなかったけど。
まあ、私たちも知ってると思ったのかもしれない。
「レオナが世話になったな」
「何言ってるんだよ。むしろ、懐かしくて嬉しかったくらいだ」
「そうか」
「…それで、いつから準備してたんだ?」
「一昨日だよ。紅葉に会って、急に思い付いた。市場のみんなのは、もう結構前から言ってくれてたんだけど。ここでやろうってのは、一昨日」
「ふぅん」
「ここのやつら、相変わらず、その場その場で献立を決めてるんだな。一昨日の夜中に来て頼んでも、ちょうど献立が決まってよかったみたいなことを言われたぞ」
「そうだな。決まってるのは朝ごはんくらいだろ。前の日の夜から仕込むし。夕飯は、唐揚げとご飯さえ出しとけばなんとでもなる」
「唐揚げが好きだな、ここの連中は」
「まあな」
「………」
そういえば、リュカも唐揚げが好きだったな。
ただ、にんにくや胡椒が効きすぎているのは、全く食べなかったけど。
鼻が曲がるとか言って。
「しかし、これは何なんだ?」
「銀次とかいうやつが、レオナの誕生日にって」
「銀次が?こんなのを作るようなやつじゃないんだがな」
「レオナもそう言ってたよ」
「長い付き合いなんだ。家もすぐそこだし。あいつと喧嘩とかしたら、俺んとこに来て。見た目に反して心根は優しいやつだから、いつでも謝る方法を相談しにくるんだ。花でも摘んで持っていってやれって言ったら、その日の夜には、必ず部屋に花が飾ってあるんだけど」
「ふぅん」
「レオナもレオナで気が強いがな。こういうのも好きだし」
言いながら、ぬいぐるみの手を取って、私の腕を叩いてくる。
…兄妹揃って、やることは同じだな。
「結婚すれば、いい夫婦になるだろうと思うよ」
「そうだな」
「………」
「…いつまでやってるんだ」
「楽しくないか?」
「別に」
「そうか…」
「レオナも同じことをしていたよ」
「血は争えないということか」
「争ってないけどな」
「…うちはレオナ。ちょい気ぃ強いけど、銀次とテュルクのことが大好きでしゃーない乙女やねん。純愛小説とか好きやし、チューとか言われたら恥ずかしいて狼になってまうけど、銀次とは結構上手いことやってます。そんなうちやけど、よかったら、仲良うしたってくれん?」
「人形劇の練習か?」
「寺子屋の横でやったら、レオナに怒られるだろうな」
「ふん」
「うち、紅葉姉ちゃんに憧れてんねんけど、せやから、なかなか自分に自信持たれへんねん。姉ちゃんは、なんでもうちより上やしな。まあ、胸だけはおんなじくらいやけど」
「レオナのことはなんでも知ってるといった風だな」
「さあ。どうだろうな」
レオナのぬいぐるみを私に投げて寄越すと、広場の方を見る。
今日もアセナとテュルクは来ているみたいで、広場を走り回る子供たちの中に、狼の影がふたつ混じっていた。
「…衛士になるのもいいかなって思った。ここなら、俺の居場所があるんじゃないかって」
「そうか」
「不思議な場所だ。ここは」
「オレもそう思うよ」
「………」
広場を見ていたリュカは、いつの間にか、どこか遠くを見つめていた。
どこか、遠くを。