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「ふぅん。風華て薬師なんや」
「卵だよ、まだまだ全然」
「でも、すごいやん。うちも、最初は薬師になりたかったんやけど、頭悪いやろ?せやから、うちにはちょい無理かなって」
「えぇ、そんなことないよ。私にだって出来るんだもん、レオナにも出来るって。今からでも勉強すればいいじゃない」
「そうゆうてくれるんは嬉しいけどな。でも、頭悪いなりに勉強して、寺子屋ん先生やってみてな、うちのやりたい仕事はこれやて分かったんや。薬師もええねんけどな、今はもう寺子屋の先生やねん」
「そっか。いいよね、そういうのって。やりたいことがあるって、すごく大切なことだよ」
「うん」
レオナは頷いてニッコリと笑う。
風華は事情を知っていると教えておいたから、狼になるのも構わずに。
桐華垂涎の表情なんだろうが、生憎、なぜかロセに引っ張っていかれていて、今はいない。
…いないからこそ、レオナのこんな表情を見ることが出来るんだろうけど。
「可愛いね、狼のときも」
「え、や、そんなことないよ…。うちは素材が悪いしね…」
「えぇ。レオナが悪いんだったら、私なんて全然だね」
「そんなことあらへんよ。うちとちごて、風華はべっぴんさんやし」
「何言ってるのよ。自信持ちなって。レオナは充分美人だよ。男の人と十人すれ違ったら、十人とも振り返るくらい」
「そ、そんなん…。な、なんや顔熱いわぁ…」
「ふふふ」
半分狼になっていなければ、顔を真っ赤にさせてるレオナが見られたことだろう。
困ったように、顔を手で覆い隠してるレオナも可愛いけどな。
「ややわぁ、うち…。めっちゃ恥ずかしいし…」
「桐華さんが、レオナのことを可愛がるの、よく分かる気がするよ。レオナ、いちいちすごく可愛いんだもん」
「か、可愛いことないやん。関西弁喋ったりして、憎たらしいやろ?」
「えぇ、なんで?関西弁っていいじゃない。私は好きだよ」
「な、何がええんよ。関西弁て結構キツうに聞こえるやろ?」
「全然。だって、レオナが喋ってるんだもん。全然キツくなんてないよ。むしろ、柔らかいかんじでいいと思う」
「め、目付きも悪いし…」
「全然そんなことないよ。優しい目をしてるよ。目付きが悪いっていうのはね、姉ちゃんみたいなのを言うんだよ」
「………」
「姉ちゃんと似たようなもんやん…。狼の目ぇてゆうん?ほら、こんな鋭い目付きして」
「えぇ、なんでよ。狼の目って優しい目じゃない。姉ちゃんもそうだけど」
「うぅ…。風華は、なんでうちを困らすん…?」
「困ってるの?」
「だって、うち、可愛いなんて言われたことないし…」
「えぇ~、嘘だよ~。レオナが可愛くないわけないもん」
「か、可愛いことなんかあらへんし…」
「だから、もっと自分に自信持ちなって。レオナは可愛いよ」
「うぅ…」
レオナの狼化はさらに進んで、もうほとんど狼だった。
恥ずかしがらせると狼になるのか。
新発見だな。
…しかし、桐華に可愛い可愛いと言われているのは数に含めないんだな。
まあ、あいつは大安売りのように可愛い可愛いと言うから、全くあてにならないといえばそうかもしれないが。
「あ、そういえば、桜はどうしたの?ユカラ、連れ出せたんでしょ?」
「洗濯物が終わってから、ユカラと街に出ていったよ。裁縫の材料を仕入れにいくんだと。まあ、ユカラに半ば強引に連行されたというかんじだったが」
「やっぱりそうなんだ。ユカラ、何か張り切って準備してたからさ」
「ふぅん」
「うちな、桜に裁縫教えてもらうことになってん」
「あ、立ち直った」
「うぅ…。それはあんまり言わんといて…」
「あはは、分かった分かった。それで、なんで教えてもらうことになったの?」
「うん。うちは、まあ家事はだいたいそれなりに出来る思てねんけどな、裁縫だけはどうしても出来んねん」
「なんで?」
「なんでやろな。うち、手先があんま器用ちゃうから、そのせいかもしれんな」
「不器用なんだ」
「うん…。折り紙とかやったら、それなりに出来んねんけどな。今、針仕事はだいたいテュルクか父さんの役目やねん」
「へぇ…。そうなんだ…」
「なんや知らんけど、うちの家系は男の方が器用みたいやねん」
「そういうのってあるよね。なんでなんだろ」
「知らんけど。ばあちゃんは、うちの家系は女が直情豪快で、男は大人しくて慎ましやかやねんとかゆうてたけどな」
「あはは。面白いね、それ。でも、レオナは直情豪快ってかんじじゃないなぁ」
「そうかな。うち、すっごい大雑把なとこあるし、頑固やし…」
「えぇ、なんで?全然そんなことないじゃん。レオナ、自分に自信持たなさすぎだよ」
「実際そうやもん…。自信なんか持てんよ…」
「羨ましいよ、私。レオナのこと。優しいし、謙虚だし、気配りも出来るし、可愛いし。憧れちゃうよ。大和撫子ってかんじでさ」
「なんでぇな…。うちなんか全然やん…。しかも、近くに姉ちゃんおんのに…。あんな、うちの憧れは、姉ちゃんやねん…」
「私もそうだよ。姉ちゃんは、格好いいし、頼りになるし、強いし、すごく美人だし。まあ、口は悪いし、目付きも悪いし、無愛想だし、無口だし。みんなそうなんだよ。長所もあれば、短所もある。自分が持ってないものを、誰かが持ってる。誰かが持ってないものを、自分が持ってる。完璧な人間なんていない。レオナは姉ちゃんに憧れてるのかもしれないけど、レオナは姉ちゃんの持ってないものを持ってるんだもん。自分の嫌なところなんて、いくらでもあると思うけど、いいところもたくさんあるってこと、忘れちゃダメだよ」
「風華…」
風華は、レオナの頭を優しく撫でる。
レオナは恥ずかしそうに顔を背けて。
…まあ、そうだな。
誰かが持っていないものを、誰かが持っている。
途中、割と酷いことを言われた気もしないでもないけど。
そんなことは、些細なことだな。
「…おおきに、風華。うち、自分に嫌なとこばっかりやったけど、ちょっと自信持ってええんかな思えてきた」
「うん。最初はそれくらいでいいんだよ。ゆっくり自分を好きになっていけばいいんだから」
「えへへ…。なんや、今日初めて会ったばっかりやのに、えらい世話んなってもうたな」
「関係ないよ、そんなの。友達だもん。それとも、レオナと友達になれたって思ってたのは、私だけだったのかな?」
「…ううん。ちゃうよ」
「そう。よかった」
「えへへ…」
「ふふふ」
二人で笑い合う。
それこそ、昔からの親友同士だというように。
…自分の嫌いなところなんて、長い人生の中で増えていく一方かもしれないけど。
でも、自信もきちんと持って。
レオナが、自分のことを好きになれるように。
願っていよう。