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「…何してるの?」
「ん?訓練」
「訓練?」
まあ、鳴らない笛をくわえて洗濯をする様子は、どう見ても変だろう。
「この笛の音を聞けるように訓練してるんだ」
「それ、鳴ってるの?」
「今はまだ吹いてない」
「なぁんだ」
と、ここで吹いてみる。
周りを見回してみると、特殊伝令班員全員と伝令班の半数、他の班員の一部、そして明日香が反応した。
「その笛ってどこで使ってるの?」
「特殊な伝令を出すときとか、あとは動物を使ったりするときに使う」
「ふぅん」
…それにしても、やっぱり望にはまだ早かったかな。
「お母さん、今、笛鳴らした?」
「ん?おぉ、望か」
「鳴ってたの?」
「どこにいたんだ?」
「広場だよ」
「望!遊んでないで、ちゃんと手伝いなさいよ!」
「えぇ~…」
「まあそれは置いといて、広場から聞こえたのなら、だいぶすごいぞ。あと何回か鳴らすから、この調子で頑張れ」
「うん!」
「あぁっ!こら!待ちなさい!」
そして、風華共々どこかへ駆けていった。
でも、風華はどんどん離されていってる。
「良いね。望」
「ああ。走るのも速いし、良い班員になるぞ」
「ホント、紅葉ってそんなのばっかりだよね」
「香具夜も似たようなものだろ」
「えぇ~、そんなことないよ」
「どうだか」
「あ、そうそう。光だけど、遠伝令はどうかな?すごく速いよね」
「光に聞いてみろよ。伝令班に入りたいって言うんだったら、訓練してみればいいじゃないか」
「紅葉じゃないからね。若い芽を摘み取るようなことはしないよ」
「摘み取ってないだろ!才能を発掘してるんだ!」
「ふぅん」
「人聞きの悪いことを言うなよ…まったく…」
「ふふ、いいじゃない。たまには」
…本当にたまになら良いんだけど、香具夜の場合はそうはいかないからな。
もうちょっと抑えてくれないかな…。
「はぁ…。逃げ足だけは速いんだから…」
「では、隊長。持ち場に戻りますね」
「ああ。出来れば、もう来てくれるな」
「ふふふ。それは無理ですね」
「そうだろうな」
そして、香具夜は元の場所に戻っていった。
一方、風華は疲れた様子で座り込み、ため息をつきながら洗濯の続きをする。
「また笛吹いてくれない?今度こそ捕まえておくからさ」
「自分で吹いてみたらどうだ」
「でも、鳴ってるかどうか分かんないもん」
「じゃあ、風華も訓練してみるか?」
「うーん…どうしようかな…」
「やってみたらどうですか?出来ることはいくらあっても困りませんから」
「お前…今帰ったばっかりだろ…」
「でも、これは何の役に立つの?」
「そうですね。個人連絡や緊張連絡に使えます。あとは、あらかじめ信号を決めておけば、秘密の連絡にも使えますよ」
「へぇ~。それならいいかも」
「余り、あったかな?」
「見てきましょうか?」
「そうだな。頼む」
「了解しました」
香具夜はすぐさま駆け出す。
このついでに、二回目を吹く。
「私でも聞こえるようになるかな?」
「ああ。耳の良い狼や兎が有利とも言われるけど、人で聞こえるのもいる。実際、特殊伝令班員にもいるしな」
「へぇ」
「まあ、平均して五日も訓練すれば、静かな場所なら聞き取れるようになる」
「鳴らした?」
「ああ。どこにいた?」
「桜お姉ちゃんの部屋だよ」
「よく聞こえたな…」
「もう!なんでそんなところにいるのよ!」
桜の部屋…つまり、元々の地下牢といえば、中の音はよく響くが、外の音はなかなか届かないという構造になっている。
その状況で聞こえるとなれば、いよいよ本物かもしれない。
「よし。試験終了だ。…正式にこの笛を使う許可を出す。上手く使えよ」
「うん!」
「望。それも良いけど、ちゃんと洗濯も手伝いなさいよ」
「うん。分かった」
「じゃあ、今から…」
「でも、明日からね!」
「こらっ!望!待ちなさーい!」
また賑やかに望との追いかけっこになる。
「あれ?また行っちゃったの?」
「ああ。それで、残ってたか?」
「壊れて音がおかしいのが一個しか残ってなかったよ。またいくつか発注しておく?」
「そうだな…。風華の分はまた新しく買うとして…。別にいいんじゃないか?増員もないだろうし」
「そうだね。じゃあ、風ちゃんのはどうする?」
「また洗濯物が終わったら買いにいくよ」
「ふふふっ」
「どうした?」
「いや、ホント、短い間に変わったなって」
「…誰が」
「やだなぁ。紅葉だよ」
「変わってない」
「変わったよ。…すっかり丸くなって。良い顔をするようになったよ。昔みたいにね」
「………」
「もう忘れちゃダメだよ」
「…うん」
香具夜の言う通り、変わったのかもしれない。
あの蜂起以来、心に余裕が出来たのは確かだ。
「ふふ、それだけじゃないでしょ」
「な、何が!」
「くっふふふ」
そのあとは、笑うばっかりで。
他に、どんな理由があるんだよ!