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「切っ掛けさえ作ってやればな。あとはすぐだ」
「ふぅん」
「もともとは、自分が悪いと思ってたんだから」
「まあ、そりゃな」
「本当は、自分たち自身で思い込みを乗り越えてほしかったんだけどな」
「まだ難しいんじゃないかな、二人にはさ」
「そうかな」
「不安を乗り越えるってのは、簡単なことじゃないからね。怖いよ、やっぱり。本当に、相手が自分を嫌いになってたらどうしようって思うもん。真実を知って、傷付くことだってある」
「まあ、そうかもしれないけど」
今回の介入は正しかったんだろうか。
ツカサは、正しいとは言ってくれているが…。
やっぱり、自分たちで乗り越えさせるべきだったんじゃないか?
「あんまり考えすぎない方がいいと思うよ。ちゃんと、二人とも仲直り出来たんだから。今は、それでいいんじゃないかな」
「ふむ…」
「せっかく二人が仲直りしたのに、姉さんが悩んでたら意味ないじゃないか。終わったことは気にしない。これが一番だよ」
「はぁ…。それはそうなんだけど…。あれで、あいつらのためになったのかが不安なんだよ」
「ためになってるよ。姉さんは、ちゃんと一所懸命じゃないか。二人とも、しっかり見てくれてるよ、きっと」
「はぁ…」
「何?ぼくのこと、褒め称えてた?」
「いや。一切」
「えぇ…」
こんな間抜けなことを聞くのは桐華しかいない。
いつの間にか来ていた桐華は、屋根縁までやってきて、私の隣に座る。
「お茶はいかが?」
「あ、貰います」
「オレはいい」
「なんだ、つれないなぁ。…はい、どうぞ、ツカサ」
「ありがとうございます」
「美味しい?」
「まだ飲んでないですけど…」
「そう。それで、どう?」
「冷えてますね」
「冷茶だし」
「なかなかスッキリしてますね。あとを引かないというか。冷たいのに美味しいお茶って結構不思議かもしれない」
「いいね、ツカサ。そうだよ。これは、冷やして飲むために作られたお茶なんだよ」
「へぇ…」
「お前、いつもそれだな」
「そんなことないよ。確かに、冷茶は好きだけど」
「冷やして飲むためにって、具体的にどうなってるんですか?」
「後味があんまり残らないようにだとか、なんかそんなかんじ。さっぱりしてるのかな」
「えぇ…。適当ですね…」
「こいつはいつもそうだ」
「失礼だなぁ」
「事実だろ」
「はぁ…。やれやれ。紅葉はお茶を飲まないから、そんな意地悪になるんだよ」
「お茶は普段から飲んでるが」
「じゃあ、性根が腐ってるんだね」
「根なし草のお前よりはマシだ」
「桐華さん、もう一杯貰えますか?」
「はいはい。いいねぇ、ツカサは。お茶の良さが分かるって」
「どうも。ありがとうございます」
「それに比べて紅葉は…」
「ふん」
「…二人とも、仲良いですよね」
「えっ?うん、まあ、幼馴染みってやつ?」
「腐れ縁だろ」
「性根が腐ってるからね」
「お前は頭が腐ってるんじゃないのか?」
「楽しそうだね」
「ふん。別に楽しくはないな。こいつには苦労ばかりさせられる」
「あはは。どうも、いつもお世話になってます」
「やっぱり、何の躊躇いもなく冗談の言い合える仲って、いいと思うんだ。…りるとサンも、いつかこうなれるのかな」
「あんまりよくないよー。ぼくは、言われてばっかりだしねぇ。紅葉が意地悪なのも問題なんだろうけどさ」
「大丈夫だろ。お前の存在自体が冗談みたいなものだし」
「そんなことないよ。ねぇ?」
「えっ…。あの…」
「城に来るときは、必ず城壁を登ってくるか、堀の地下水路を通ってくるかの二つにひとつ。旅団長だというのに仕事ひとつも出来ず、毎日お茶のことばかり。のほほんとしている割に、いつだって闘争本能丸出しで。これが冗談じゃなければ何なんだ」
「酷いね、紅葉は。普通、あそこまで言う?」
「いや、まあ…」
「紅葉だってね、こんな意地悪ばっかり言って、ぼくをいじめるんだ。他の人には優しいフリしてるけど、こっちが本性なんだからね」
「でも、桐華さんだから、ということもありますよね?」
「まあ、ここまで迷惑掛けられるのは桐華しかいないからな」
「よく言うよ」
「じゃあ、他に誰がいるんだ」
「遙とか」
「そこでいつも遙しか出ないあたり、お前の底の浅さが窺えるな」
「うぅ…」
「まったく…」
「ふふふ。姉さん、楽しそうだね」
「冗談じゃないよ…」
とは言っても、楽しくないことはない。
でも、面倒くさいのが遥かに上回っている。
「…あ、そうだ、姉さん」
「なんだ」
「リュカさんなんだけど」
「リュカ?懐かしい名前だねぇ。今何してんの?」
「俺と一緒に、市場の何でも屋みたいなことをしてますよ。桐華さんも、リュカさんのこと、知ってるんですね」
「知ってる知ってる。どう、調子は?」
「いろいろ教えてくれますよ。楽な荷物の運び方とか、速く走る方法とか」
「速く走る方法?」
「何でも屋だから、仕事によってはいろんなところへ走り回らないといけないこともあるんですよ。そういったときに」
「ふぅん…。まあ、リュカって昔からそうだもんねぇ。変なことを、よく知ってる」
「それで、リュカがどうしたって?」
「あぁ。ちょっと伝言。明日、レオナを行かせるからよろしく、だって」
「なんでレオナが来るんだよ」
「昨日のことを話したら、レオナも姉さんに会いたいって五月蝿かったからとかなんとか」
「ふぅん…」
「分かったって言っといたけど、よかったよね?」
「ああ。問題はない」
「そっか。よかった」
「レオナが来るのかぁ。ぼくも会いたいなぁ」
「会えばいいだろ。ちょうど、風華にも紹介する約束をしてたし…。しかし、謀ったような都合のよさだな…」
「そうかな。リュカさんとレオナが姉さんの幼馴染みで、リュカさんと姉さんが昨日久しぶりに会ったとなれば、リュカさんはもちろんレオナにも話すだろうし、姉さんも誰かとの話題に挙げるだろ?都合がいいんじゃなくて、そうなるのは必然だったんだと思うけどな」
「まあ、そうかもな」
「あぁ、楽しみだなぁ。レオナ、久しぶりに会うし!可愛いままだといいなぁ」
「あいつも、もう十七だぞ。容姿は知らないが、昔の可愛さがまだ残ってるとは期待しない方がいいと思うぞ」
「えぇー。三つ子の魂百までって言うじゃない」
「いつまでも三つ子のままというわけじゃないからな…」
「何しても可愛かったもんなぁ」
「聞いてないな、お前…」
「あはは…」
まあいいけど…。
とりあえず、明日はレオナか。
うん。
楽しみだ。