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美希によれば、りるはまた押し入れに入ってるみたいだった。
暗くて狭い場所、というのが落ち着くんだろうか。
あるいは、他の人に会いたくないのか。
とりあえず、広間に向かう。
「どうなんだ、状況は」
「どういう意味だよ」
「仲直りは出来そうか?」
「そうだな…。二人とも自分の方が悪いと思ってて、相手に嫌われたと思ってる」
「それで、怖くて相手に歩み寄れない、ということか」
「そうだな」
「難しいところだな、それは。お互いが相手が悪いと言っていれば、言い聞かせて謝らせることも出来るし。お互いに一方が悪いと思ってるなら、なんとか上手く仲を取り持ってやることも出来るし」
「解説をどうも」
「お互いに会いたくないと言っても、相手が悪いと思ってる場合とは違うからな。自分が会いたくないから会わないのと、相手が会いたくないと思っているだろうから会いたくないのでは、雲泥の差だ」
「…なんか、お前、他人事じゃないか?」
「そんなことないさ。二人のことが心配で心配で堪らない。でも、今、りるが必要としているのは、私ではない」
「はぁ…」
「大変だな」
「大変じゃないさ。二人のためだ」
「…まったく、紅葉は母親然としているな」
「どういう意味だよ」
「無償の愛とは言うが、母親だって人間だ。たまには、子供が持ってくる問題を煩わしいと思ったり、イライラしたりもするだろう」
「そうか?」
「だから、紅葉は、そういうのがないと言っているんだ。何にでも一所懸命になって、しっかりと向き合う。一片の煩わしさや苛立ちも見せず」
「見せるものがなければ、何も見せられない」
「紅葉は本当に人間なのか?実は、人間のそういったあらゆるものを超越した、新しい種なんじゃないのか?」
「いや、意味が分からないから…。あ、でも、血は狼の匂いがするらしいな、サンによれば。人間の匂いはしないらしい」
「狼か。…なるほどな。煩わしいと思ったりするのは、人間の咎、というわけか」
「難しい話はよく分からんな」
「ふん。よく言うよ」
美希は鼻を鳴らすと、壁の方を向いてしまった。
それから、しばらく黙ったきりで。
「…お前は、煩わしいと思ったりするのか?」
「私は…」
「………」
「…私は分からない。まだ、分からない。りるが私のところに来たとき、何をしたらいいのか、なんて声を掛けたらいいのか、全然分からなかったよ。何もしてやれなかった」
「まあ、お前はずっと一人旅をしてきたんだ。まだまだこれからだよ」
「ふん。…旅は言い訳にはならないさ。一人旅でも、人と関わらないわけはないからな」
「…そうか」
「前に、紅葉に、偉そうなことを言ってたな。愛情の大きさを知れって。本当にそうだよ。今回の一件で、私自身の愛情の薄さを痛感した…」
「そんなことないさ。自信を持て」
「ふん…」
そして、そんな、なんとも複雑な空気のまま、広間に着いてしまった。
美希は、早く行けと手を振るけど。
…まあ、ここで手をこまぬいていても仕方がない。
広間に入って、りるの入っている押し入れを探す。
押し入れはいくつもあるけど、りるの匂いがする押し入れなんてのはひとつしかない。
その押し入れを開けて。
重ねられた布団の上で、りるは目を腫らしていた。
「………」
「泣いてたのか?」
「ううん…」
「強がらなくていい」
「………」
りるをそっと抱き締めると、身体を預けてきて。
そのまま抱き上げて、押し入れから出す。
「………」
「………」
りるは、服を握ってジッと動かなかった。
ただ、どこか遠くを見ているだけで。
「…サンの匂いがする」
「そうだな」
「………」
「何か話したいことがあるんじゃないのか?」
「うん…」
「なんだ」
「………」
決心がつかないのか、言葉が出てこないのか、りるは黙り込んでしまって。
しばらく、また遠くを眺めていた。
「サンと、仲直り出来ないのかな…」
「どうして、そう思う?」
「………」
「………」
「サン、きっと、りるのことが嫌いになったから…」
「そうなのか?」
「だって、サンの宝物、壊しちゃったんだもん…。嫌いになったよ…」
「サンに聞いてみないと分からないんじゃないのか?」
「………」
フルフルと首を横に振って。
それから、また涙を我慢しているようだった。
「会いにいってみようじゃないか。サンが、りるのことをどう思ってるのか」
「イヤ…」
「会ってみないと分からないじゃないか。会いにいってみよう」
「ヤだ…」
「…じゃあ、こうしよう。お前は、サンに会わなくていい。その代わり、部屋の外から話を聞いてるんだ。サンが、お前のことを嫌いだって言うんだったら、それは哀しいけど、もう二人が会わなくてもいいようにしてやる。サンがお前のことがまだ好きだって言うんだったら…お前の好きなようにすればいい。それでどうだ?」
「………」
しばらく考え込んで。
それから、ようやく小さく頷いた。
「じゃあ、行こうか」
「………」
何も言わずに立ち上がる。
そして、手を強く握ってきて。
小さな手に、たくさん汗を掻いている。
不安でいっぱいなんだろう。
…でも、勝算なくして、あんな提案はしない。
サンもりるのことがまだ好きだから、嫌いになるわけがないから。
それが分かっているから。
「…紅葉。上手くやれよ」
「分かってる」
広間の出入口のところで、美希に声を掛けられる。
それに頷いて。
…二人が、本当に勇気を持って自分たちから歩み寄ってくれるのが、一番良かったんだけど。
今回は、二人の優しさが仇となってしまっているから、少し背中を押してやることにした。
サンの方は、桐華が上手くやってくれているだろう。
擦れ違っていた二人の想いを、またもと通りにするために。