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「何してきたの、二人とも」
「………」
「………」
「りる?」
「………」
「サン?」
「………」
「黙ってちゃ分からないでしょ?」
「………」「………」
二人とも、いろんなところに傷やらミミズ腫れを拵えて、全身泥だらけになっている。
まあ、何が原因かは知らないけど、取っ組み合いの喧嘩をしたのは明らかだな。
風華の前に正座させられて。
「何か言いなさい」
「………」
「………」
「何か言いなさい」
「………」
「………」
二人は示し合わせたように黙りこくっていて。
でも、お互いそっぽを向いたままだった。
「じゃあ、二人とも、ずっとそうしてなさい」
「………」「………」
風華は立ち上がって、医療室を出ていってしまう。
…それでも、二人は微動だにしないで。
何が原因なのか、どういった経緯でそうなったのか、全く分からないまま。
「りるちゃん、大丈夫かな…」
「サンも、すっげー怒ってたぜ?」
「シッ!お前ら、声が大きいぞ!」
部屋の入口から、何人かの子供がこっちを見てるけど。
みんな、二人が心配なんだな。
…と、一人がこちらに走ってきて。
「なにやってんだ、おまえら」
「………」
「………」
「なんでだまってるんだ?」
「凛、ダメだよ。こっち来なよ!」
「あれか、さっきのやつ。けんかしてるんだな」
「………」
「………」
「きずだらけだぞ、ふたりとも」
「………」
「………」
「おもしろいかおだな」
二人の顔を覗き込んで、ケラケラと笑う凛。
それを見て、りるもサンもかなり苛立っているようだった。
「けんかするのはいいけどな、ぜったいに、なかなおりしないといけないんだぞ」
「………」
「………」
「うむ。わかってるなら、それでいい」
「………」
「………」
凛に頭を撫でられて、イライラが今にも爆発しそうだったけど。
その一歩手前で、凛は引き上げていった。
…偶然なのか、わざとやってるのかは分からないけど。
でも、入口にいる子供たちのところに戻ってなお、何か楽しそうに笑っているのを見てると、相当の大物なんだなという気もしないでもない。
「………」
「………」
でも、今ので少し動きがあったようだ。
二人とも、座り直すフリをして、相手との距離を離している。
…凛がちょっかいを出しに来る前よりも、お互いを意識しているということだろうけど。
さて、それが吉と出るのか、凶と出るのか。
私も動くことにしよう。
「よっと」
「………」
「………」
「二人とも、ちゃんと仲直りしとけよ。オレは部屋に戻ってるから」
「………」
「………」
「じゃあな」
「おい、来るぞ!」
「隠れろ!」
風華のときもやったんだろうか、入口にいた子供たちが散り散りに逃げ出して。
一番あとで逃げ遅れて、転んでしまった子供を起こしてやってから、部屋に帰る。
屋根縁から広場を見る。
今は子供たちはおらず、望とナナヤだけが花畑で土をいじっていた。
…あの二人は、この喧嘩のことは知ってるんだろうか。
セトの姿も見当たらないけど…。
「………」
部屋の方を見ると、また子供たちが入口のところに集まっていた。
さっき、ついてきたんだろう。
そして、私と目が合うと、陰に隠れて。
…遊んでるんだな。
ジッと入口を見つめていると、またチラリと覗いてきて、目が合うと隠れる。
何回も繰り返してると面白くなってきたのか、少しずつ笑い声も増えてきて。
「あっ」
「えっ?」
「みんな!待機だ!」
「はいっ!」
どうやら、あの男の子が中心らしい。
号令ひとつで、みんな入口の向こうに行ってしまった。
裏で整列でもしているんだろう。
そして、しばらくすると、誰かが部屋に入ってきて。
…りるだ。
「お母さん…」
「どうした。ほら、こっちに来い」
「………」
膝を叩くと、そこにちょこんと座って。
入口の向こうの気配は全部消えてしまったな。
気を利かせたんだろう。
ただ、やっぱり気になるのか、少しずつ戻ってくる。
…りるはユラユラと尻尾を揺らして、何かを考えているみたいだった。
「どうした?」
「………」
「何か相談があるんじゃないのか?」
「うん…」
「なんだ。言ってみろ」
「………」
それ以上の手助けはせずに。
りるから話し始めるのを待つ。
そうしないと意味がないから。
「…あのね」
「なんだ」
「………」
「………」
一歩を踏み出すと、でも、二の足を踏んでしまう。
私は、次の一言を待つことしか出来ないが。
「あのね…」
「なんだ」
「…サンと喧嘩したの」
「知ってるよ」
「………」
「………」
「りるがね、悪いんだ…」
「どうしてそう思う?」
「だって、りるが、サンな大切なものを壊しちゃったから…」
「大切なもの?」
「サンがね、綺麗な石を持ってたの。それを見せてもらおうと思ったら、わざとじゃないんだけどね、落としちゃって…。ふたつに割れちゃったんだ…」
「ふぅん…」
「サンが怒って、りるも謝ったんだけど、全然赦してくれないから、りるも怒っちゃって…」
「そうか。なるほどな」
それで、二人で取っ組み合いの喧嘩になった…というわけだな。
…これは、どっちが悪くて、どっちが悪くない、なんていう単純な話にすることは出来ない。
強いて何かを言うとすれば、二人とも本気だってこと。
子供はいつだって本気だ。
全力全開でぶつかり合う。
そして、学んでいくんだろう。
子供というのは、そういうものだ。
今回、二人は何を学ぼうとしているのか。
それは分からないけど。
「どうしたらいいのか分かんない…。謝っても赦してくれないんだったら…」
「どうすればいいんだろうな」
「………」
「また考えようか」
「…うん」
朝に見せた、あの表情。
それが、今のりるの横顔にも見えた気がした。
ジッと何かを我慢するような。
そんな表情。