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「師匠!行ってきます!」
「ああ。行ってらっしゃい」
秋華は元気よく走っていく。
…今日は竹刀を持ってなかったけど。
どっちに行くつもりなんだろうな。
「まったく…」
秋華は、どこか抜けているというか、なんというか…。
まあ、そこが可愛いところなんだけど。
…とりあえず、城に戻る。
朝ごはんはまだだったし、もう一眠りしてくるか。
今日の当番は誰なんだよ。
本当に、一度注意しておくべきかもしれないな…。
まあ、この城でこんな時間に起きてるのは、秋華と門番と夜勤組くらいのものだろうけど。
「ふぁ…」
まったく、秋華の早起きは年寄りにも負けないな。
私は眠くて仕方ないよ…。
とにかく、部屋に戻る。
強い衝撃に目が覚める。
その衝撃のもとというのを確認するために、目を開けて。
「…りる」
「どしんどしーん!」
「うっ…。お前、重たいからやめろ…」
「ん~」
「なんだ、今日は…。朝から機嫌がいいな…」
「おかーさん!起きて!」
「はいはい…」
腹の上で飛び跳ねるりるを横によけて、起き上がる。
…いつの間にか、すっかり朝になっていた。
太陽も高く昇っていて、広場からは子供たちの声がする。
要するに、寝坊した、というわけだ。
まあ、寝坊して困るような約束も仕事もないんだけど…。
言ってて哀しいな…。
「おかーさん!」
「なんだ、どうした…」
「起こせって言われた!」
「誰にだよ…」
「風華!」
「風華か…。まあ、起きたよ」
「えへへ。りるが起こした!」
「そうだな…。もっと優しく起こしてほしかったけどな…」
「どしんどしーん!」
どうやら、どしんどしんが今日のお気に入りらしい。
床を鳴らしながら、部屋の中を飛び回っている。
「りる。朝ごはんは食べたか?」
「ううん!お腹空いた!」
「じゃあ、朝ごはん、食べに行こうか」
「うん!」
まあ、今はちょうど洗濯の時間なんだろうけど、腹拵えが先だな。
りるも腹が減ったと言ってるし。
とりあえず布団を上げて、部屋を出る。
「うぅ~」
「こら、走るな」
「ぶーん」
「まったく…」
襟首を掴まえて、目の前で吊り下げる。
それがまた楽しいのか、りるはケラケラ笑っていて。
「ちょっとは落ち着け。その元気は、またみんなと遊ぶときに取っておけ」
「おかーさん!」
「なんだ」
「ん~」
「はぁ…」
ニコニコ笑うりるをポイと投げ出すと、四つ足でしっかりと着地する。
それから、そのままの体勢で、廊下を物凄い勢いで駆け抜けていった。
…最早獣だな、ああなると。
そういえば、昨日のアセナもあんなかんじだったな。
あいつは本当の狼になってたけど。
アセナの元気菌が私にくっついてきて、りるに移ったんだろうか。
と、りるがまた廊下を戻ってきて。
「わんわん!」
「違うな、りる。吠え方がなってない。それに、賢い狼は必要以上に吠えないものだ」
「ァオォーン!」
「まったく…」
遠吠えだけは一人前だな…。
また飛び回ってるりるを捕まえて、しっかりと抱え上げる。
しばらくはバタバタと暴れてたけど、次第に落ち着いてきて。
「えへへ。だっこ~」
「今日は元気だな、本当に」
「ん~」
「ご機嫌だな」
「うん!」
「まあ、元気なのはいいことだけど…」
「りる、良い子?」
「まあ…良い子とは言い難いな」
「なんでー?」
「廊下を走るな、と最初に言っただろ?言うことを聞かないのは誰だ?」
「りる!」
「そこは、元気いっぱいに答えるところじゃないな…」
「えへへ」
「とりあえず、一旦落ち着け」
「どしんどしーん!」
「暴れるな」
りるの頭を小突く。
でも、それも楽しいのか、また笑っていて。
敵わないな、元気な子供には…。
「おかーさん!」
「なんだ」
「えへへ~」
「まったく…」
…でもまあ、子供が好きなのは、こういった理由からかもしれない。
機嫌が良ければ笑い、悪ければ怒ったり泣いたり。
全く純粋な子供、というのは大人の妄想なのかもしれないが、少なくとも大人よりはずっと純粋な子供たちは、私の期待以上にたくさんの反応を見せてくれる。
私が、この子たちを好きになればなるほど。
「ん~」
「お前は、何が好きなんだ?」
「ごはん!」
「まあ、そうだろうな…」
「おっべんと、おっべんと、うっれしーいなー」
「何の歌なんだよ」
「いただきますの歌!」
「ふぅん…。誰かに教えてもらったのか?」
「美希!」
「美希か。まあ、あいつならいろんな歌も知ってそうだしな」
「おっててもきれいーになーりましたー」
「そうだな。手も洗わないと。まずは洗面所に行くか…」
「みーんなそーろってごあいさつー。こんにちは!」
「いただきますだろ…」
「おっべんと、おっべんと、うっれしーいなー」
「今日は弁当でもないと思うけど…」
「おかーさん」
「なんだ」
「おかーさん!」
「だから、聞いてるって…」
「えへへ」
ニコニコと笑いながら、額を擦りつけてくる。
今日は本当に、ずいぶんとご機嫌だな。
なんでかは知らないけど。
「どしんどしーん!」
「こらっ、やめろ、暴れるなっ」
「ん~」
暴れて仕方がないので、落とさないうちにりるを降ろす。
すると、またすぐに廊下を走っていって。
…途中で転けた。
「うぅ…」
「だから走るなって言っただろ?」
「痛い…」
「まったく…」
座り込むりるの膝を見ると、床に擦れたんだろう、薄皮が一枚めくれて、赤くなっていた。
これは擦り傷というほどでもないからすぐに治るけど、見た目以上に痛いからな…。
とりあえず、りるを立ち上がらせて、手を引いて歩かせてみる。
「痛い…」
「しばらく我慢しろ。風華のところに行くから」
「うぅ…」
「泣くな。強い、狼の子だろ?」
「………」
眉間に皺を寄せて、唇を噛み締め、痛みと涙を我慢しているみたいだった。
でも、涙はどうしても溜まってきて。
「泣いてないもん!」
「分かってるよ」
「泣いてないもん…」
袖で涙を拭いて、また我慢する。
涙が出てきたら、また同じことを繰り返して。
…まったく。
健気と言うか、素直と言うか。
頑張ってる姿に、頭でも撫でてやろうかとも思ったけど、やっぱりやめておく。
今、それをやると、台無しだからな。
りるの小さな手を握って、医療室に急ぐことにする。