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甲高い音が響き渡る。
「なんだ!?」
「あ、おはよ」
「今の、望か!?」
「今って?」
「甲高い音だよ!」
「音?これかな?」
笛をくわえて吹く。
すると、さっきの音が鳴り響く。
「でも、何回吹いても音なんか出なかったよ?」
「出てるんだよ…」
「隊長。どうかしましたか?」
「いや…今のは望だ」
「望が?」
「ねぇ、これ、全然鳴らないよ?」
「あぁ…そういうことですか…」
「そういうことだ。戻ってくれ」
「はっ」
さて…。
「望。それは特殊伝令用の笛なんだ」
「……?」
「普通の人には聞こえない音が出てる」
「お母さんは聞こえてるの?」
「ああ。訓練を積めば、望でも聞こえるようになるぞ」
「ホント?」
「ああ」
それを聞いて、望は期待に目を輝かせて。
「訓練する!」
「そうだな。でも、まずは朝ごはんだ」
「うん!」
まだちょっと早いと思うけどな…。
部屋を出て、厨房へと向かう。
「桜お姉ちゃんも、この笛持ってたんだ~」
「まあ、いちおう桜も伝令班だからな」
「伝令班?」
「大切な手紙を届けたり、いろんなところに行ったりする班だ」
「へぇ~」
どうやら興味を持ってくれたらしい。
笛をジッと見て、ニコリと笑う。
「望にも出来るかな?」
「ああ」
「えへへ」
「でもまあ、まずは笛の音を聞けるようにならないとな」
「うん!」
望なら、きっと良い伝令班員になれるだろう。
今から楽しみだな。
「あれ?誰もいない?」
「やっぱり、ちょっと早かったか」
厨房にはやっぱり誰もいなくて。
とりあえず、雨戸を開けておく。
「どうするの?」
「待ってみるか」
「うん…」
席について、今日の当番を待つ。
望はというと、暇そうに笛をいじっている。
と、思ってたより早く来たようだ。
足音が近付いてくる。
「ふあぁ…眠…」
「おはよう」
「あ、隊長…。おはようございます…。今すぐ作りますんで…」
「望のを先に作ってやれ。腹空かせてるから」
「むぅ~…」
「どうせみんなの分、作りますから」
「まあ、そうだな」
そして、包丁とまな板を取り出して、早速調理を始める。
さすがに慣れた手付きで、あっと言う間に完成した。
「はい、どうぞ」
「早いな」
「出来合いですよ」
「いただきま~す!」
「いただきます」
出来合いとは言うけど、なかなかに美味しかった。
「美味しい~」
「ああ。美味いな」
「どうも。でも、それは灯に言ってあげてください。灯の残りですし」
「まあそうだけど、冷めた料理をまた美味しくするのは至難の技だ。そこは誇って良いと思うぞ」
「えへへ、ありがとうございます」
それから、他愛のない雑談を交わしつつ、朝ごはんを済ませた。
「さあ、物干し場に行こうか」
「洗濯の時間にはまだ早いですよ?」
「訓練だ」
「へぇ。何のです?」
「笛の音が聞こえるように訓練するの!」
「望は伝令班に入ったの?」
「ううん。まだだよ。でも、絶対入るんだ!」
「そう。ふふ、頑張ってね」
「うん!」
そして、厨房をあとにして、物干し場へ向かう。
今は誰もおらず、静かなものだった。
「よし。じゃあ、まず最初に、音を知るところから入ろうか」
「どういうこと?」
「知らない音を聞けと言われても聞けないだろ?」
「うん」
「だから、誰にでも聞こえる音から徐々に上げていって、最終的に笛の音が聞こえるようにするんだ」
「うん」
「笛の先を回してみろ」
「…あ、伸びた」
「吹いて」
望が息を吹き入れると、さっきより低い音がする。
それでも、他の音と比べても充分高いんだけど。
「何か聞こえる」
「意識して聞いてみろ。はっきり聞こえるようになったら、少しずつ戻していくんだ」
「うん」
聴覚に意識を集中させるため、自然と目を閉じる。
短く吹いたり、長く伸ばしてみたり。
いろんな吹き方を試しているようだ。
「だいぶ聞こえるようになったよ」
「じゃあ、試してみよう。オレが吹いてみるから、聞こえてる間、手を挙げて。聞こえなくなったら下ろすんだ」
「うん」
望から笛を受け取り、少し変則的に吹いてみる。
すると、完璧についてきていて。
少し意地悪をして、元の長さに近付けたりしても、ちゃんと聞き取っていた。
それじゃあと元の長さに戻してみても、全く遅れることもなく。
「試験終了だ」
「どうだった?」
「次の段階に行けるだろうな」
「ホント!?」
「ああ。ほら、最後は元の音で吹いてたんだ」
「えぇ!?」
望に笛を返すと、早速吹いてみる。
音に合わせて望の耳がピコピコ跳ねあがるのが面白くて。
「わぁ~」
「上達が早いな」
「そ、そうかな…」
「ああ。普通なら三日から五日は掛かる。それを、ほんのちょっとで終わらせたんだ。望には、才能があるんだな」
「えへへ…」
頭を撫でてやると、恥ずかしそうに頬を掻く。
「じゃあ、次は…」
「姉ちゃ~ん!出すの手伝って~!」
「ちょうどいい。普段、騒がしい中、あるいは、距離が離れてても聞き取れるようにする訓練だ。今の洗濯の時間に吹いてみるから、聞こえたらオレのところに来て、報告してくれ」
「うん」
「望も手伝って!」
「分かった~」
そして、風華の方へ走っていく。
…さて、次はどれくらいで聞き取れるようになるかな。
ふふ、本当に楽しみだ。