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「結局、いい時間くらいになったな」
「そ、そうですねっ」
「…なんだ。どうしたんだ。今更緊張してるのか?」
「い、いえ…。ただ、望の服が可愛いなと思いまして…。私なんて、在り合わせですし…」
「お前の服だって充分可愛いぞ?」
「そ、そんなことないです…。あ、でも、この髪飾りは、姉さまのお下がりですので、可愛いですよね。私が付けるとダメかもしれませんが…」
「そんなことないだろ。秋華は充分可愛い」
「ありがとうございます…」
秋華は、複雑な笑みを浮かべて。
…秋華の悪いところだろうな。
自分に自信を持てないというのは。
自他への意識がはっきりしてくる頃だから、みんなそうなのかもしれないけど。
「私と同じ年頃の子は、みんな、オシャレで可愛くて…。武道ばかりの私は、汗臭いばっかりで…。姉さまの髪飾りも、これでは宝の持ち腐れです…」
「千秋だって、お前に似合うからと、その髪飾りを渡したんだろ?だいたい、千秋に似合うものが、お前に似合わないはずはない」
「姉さまの方がずっと美人ですよ…。私なんて…」
「秋華、どうしたの?」
「あっ…。望…」
「……?」
「望の方が、きっと、この髪飾りも似合うと思います」
「えっ?」
髪飾りを外して、望に渡そうとする。
望は最初驚いたような顔をしていたが、すぐにムッとしたような顔をして。
「それは、千秋お姉ちゃんが、秋華にあげた髪飾りでしょ?なんで、私に渡そうとするの?」
「えっ…あの…。望の方が似合うかと思いまして…」
「千秋お姉ちゃんが、秋華が私にこれを渡したって知ったら、どう感じると思うの?」
「あの…」
「秋華は、千秋お姉ちゃんのこと、嫌いなの?」
「い、いえ…。大好きです…」
「じゃあ、なんでこんなことするの?千秋お姉ちゃんは、秋華につけてほしいから、秋華にあげたんでしょ?」
「でも、似合う人につけてもらう方が、髪飾りも嬉しいと思います…」
「秋華は、自分には似合ってないと思ってるの?」
「私なんて、ダメですよ…。望の方が綺麗ですし、私よりずっと似合うと思いますよ…?」
「ちょっと貸して」
「あ、はい…」
髪飾りを渡して。
望はそれを受け取ると、秋華を前に立たせて、髪を整えていく。
そして、綺麗にまとまったところを、髪飾りでしっかりと止める。
「鏡はないけどね、秋華は充分に可愛いよ?お母さんも言ってたと思うけど」
「………」
「私の方こそ、秋華に比べたら全然ダメだって思う。秋華の方が可愛いもん」
「そ、そんなこと…」
「みんな同じなんだよ。みんな、自分に自信が持てない。秋華だけじゃないから」
「………」
「だから、自分が可愛くないなんて思っちゃダメ。自信がないだけなんだって思うの。秋華は、本当に可愛いんだから、大丈夫だよ」
「うぅ…」
「分かった?」
「はい…」
望に頭を撫でられて、顔を真っ赤にしている。
まあ、上手く収めてくれたな。
さすがはお姉ちゃん、といったところだ。
…私の出番がなかったのは、少し寂しい気もするが。
いや、私の出番なんて、望の活躍を思えば、取るに足りないものだな。
もう一度、確認して。
うん、住所はここだ。
落ち着かない凛を押さえつけながら、玄関の前に立つ。
「お母さん、ここ?」
「ああ。秋華、知ってるか?」
「はい、よく知っていますよ。でも、そんな、学者の方はいなかったように思うのですが…」
「とつげきー!」
凛が私の腕を無理矢理振り解いて、正面の大きな門に勢いよくぶつかる。
まあ、突拍子もないのはいつものことだが、予想通り、跳ね返されて尻餅をついている。
でも、すぐに立ち上がると、こっちまで走ってきて。
「いたい…。おねーちゃん…」
「そりゃそうだろ…。仕方ないやつだな…」
「うぅ…」
尻のところについた砂を払って、抱き上げてやる。
泣くのを我慢しているのか、服を強く握っていて。
…上手く転けたんだろう、怪我はしていないようだ。
「泣かないんですね、凛は」
「りゅーまが、ないちゃダメだっていってたから…」
「そうですか。凛は偉いですね」
「えへへ…」
秋華に褒められて、少し笑顔が戻る。
…さて、行くとするか。
改めて門の前に立ち、叩こうとすると。
「なんですか、今の音は?」
「近所の子供だろう。心配することはない」
「あ、あのっ!六兵衛さん!」
「ん?その声は秋華ちゃんか?」
「はいっ!」
「少し待ってなさい。…与助。通してあげなさい」
「承知いたしました」
それからしばらくして、横の通用口が開いて。
いかにも小間使いといったような男が横に控えていて、その奥に主人のような男がいた。
秋華が中に入っていくのに続いて、私たちも入る。
「やぁやぁ、これはこれは。衛士長さんまでいらしてましたか」
「ん?オレを知ってるのか?」
「もちろんですよ。下町での武勇伝の数々、私の耳にも届いております」
「ふむ。武勇伝だけでは、私が衛士長かどうかなどは分からないんじゃないか?」
「まあ、確かにそうですね。…あっ、申し訳ありません。立ち話もなんです、どうぞ、中にお入りください」
「そうだな」
「与助。応接間にお通ししなさい」
「承知いたしました。ささ、お客人方。こちらでございます」
与助について、広い屋敷の中を歩いていく。
本当に広い屋敷で、さっきも、どこまで続くかも分からない塀の横を歩いてきたところだ。
「ところで」
「なんだ」
「さっきの大きな音は、そちらのおチビさんですか?」
「ああ。凛だ」
「凛ちゃん。いい名前ですねぇ」
「おまえにいわれるすじあいはない」
「はは、これは手厳しい」
「すまないな」
「いいんですいいんです。少しくらい生意気な方が、逆に扱いやすいというものです」
「まあ、そうかもしれないな」
「それにしても、秋華ちゃん。今日はおめかしして可愛いですねぇ。いえ、可愛いのはいつもですが、今日は特に可愛らしい」
「えっ、あ、ありがとうございます…」
「それに、そちらのお友達も、相当の美人でいらっしゃる」
「………」
「ははは。内気なんですね」
「………」
望は顔を真っ赤にして、俯いてしまっている。
自信がないとは言っていたが、やっぱり、褒められると恥ずかしいんだな。
「こちらが応接間でございます。主人が来ますまで、今しばらくお待ちください。すぐに、お茶を持って参ります」
「ああ。よろしく頼む」
「でっかいへやだ!」
「ふふふ。そうですね。では、失礼します」
「ご苦労さま」
「勿体なきお言葉でございます」
与助は深々とお辞儀をすると、部屋を出ていった。
凛が興味津々といったようにキョロキョロとしているから下に降ろしてやると、あちこちへ走り出して、いろんなものを見て回っている。
望と秋華は適当な椅子に座って、二人でお喋りを始めて。
…まあ、ゆっくりと待つとするか。