375
結局、夕飯の席にも、ロセと灯は現れなかった。
…灯はともかく、ロセはどこに行ったんだ?
一人で帰ったんじゃないだろうな。
まあ、それはそれでいいのかもしれないけど、あいつでもさすがに少し危険だと思う。
「何かあったの?」
「別に」
「でも、灯とロセがいないじゃん」
「あそこにいるじゃないか」
「えっ?どこ?いないよ?」
「お前は人を探すのが下手だな」
「えぇ…。いるならいいけどさぁ…」
「それより、今日は何をしてたんだ」
「ぼく?ぼくは、ちょっと酒場に。遙に、ちょっとは旅団の役に立てって言われてて」
「あのなぁ、そりゃ確かに、酒場は情報の集まる場所だろうけど、昼間から入り浸るのは印象がかなり悪いんじゃないか?」
「そうかな。まあ、お茶しか飲んでなかったけどね」
「やっぱり、結局はいつも通りか」
「だって、お酒出してくれないんだもん」
「いくら酒場でも、昼から酒は薦めないだろ」
「えぇ…」
「それに、昼間は客が少ないだろ。酒場は夜に行って、昼間は大衆食堂にでも行ったらどうなんだ。昼間に酒場に行って、夜には帰ってくるなんて、何をしに行ったか疑いたくなる」
「情報収集だよ」
「出来てないじゃないか」
「五月蝿いなぁ。ぼくは、普段からあんまり慣れてないんだよ」
「まあそうだろうけど、開き直るな」
「うぅ…」
桐華は唸りながら、美希が作った唐揚げを食べる。
…まあ、仕事が下手で、いつものんびりとお茶を飲んでいるのが桐華らしいと言えば桐華らしいのかもしれないけど。
でも、やっぱり、もう少しくらい、仕事が出来てもいい気はする。
「あ、そうだ。秋華」
「…えっ?あ、はい。どうしました、桐華さん?」
「秋華って、武道を嗜んでるらしいね」
「はい。武士として当然です」
「紅葉に師事してるんだって?」
「はい。師匠にはお世話になっております。いろいろと」
「ふぅん。まあ、紅葉は子供が好きだからね」
「そうなのですか?」
「うん。子供の世話をするのが大好き」
「そうなのですかぁ」
「そうだな。だから、桐華の面倒も見てるのかもしれないな」
「まあ、確かに、紅葉にはお世話になってるかもねぇ」
「桐華さんは、師匠よりもお歳は下でしたか?」
「ううん。歳上だよ。それがどうかした?」
「あっ、いえ…。なんでもないです…」
「……?」
まあ、桐華はそういうことを気にしないやつだからな。
子供だと言われてもなんとも思わないし、歳の差なんて考えない。
歳の差あたりは、私とは昔から姉妹同然に接してきたから気にならないのかもしれないけど。
「だけど、秋華は紅葉みたいな大人になっちゃダメだよ?」
「えっ、あ、どうしてですか?」
「態度悪いし、目付き悪いし、素直じゃないし、変に頭がいいし、何考えてるか分からないし、面白いこと言えないし、油断も隙もないし、意地悪だし、ぺったんこだし…」
「は、はぁ…。ぺったんこですか…」
「秋華。そこに食い付くな。あと、桐華。本人の前で、平気で悪口を言ってるんじゃない」
「悪口じゃなくて事実じゃん」
「お前の事実も並べ立ててやろうか」
「ごちそうさま~」
唐揚げをひとつ摘まみながら、桐華は逃げるように広間を出ていってしまった。
まったく…。
広間の入口のところで、こっちに向かって手を振っていたけど、無視してやる。
代わりに秋華が手を振ってるけど。
いや、桐華も秋華に手を振っていたんだろう。
「師匠と桐華さんは、本当に仲良しさんなんですね」
「そうか?」
「ええ。私は羨ましいです」
「仲良しねぇ」
「はい」
仲良しとは少し違う気もする。
やっぱり、姉妹、だな。
どちらかと言えば。
「秋華と千秋みたいな関係だな、私たちは」
「えっ?どういうことですか?」
「お前と千秋との関係が、そのまま私たちにも当てはまるだろうということだ」
「は、はぁ…」
秋華は首を傾げるばかりだったけど。
まあ、血は繋がっていなくとも、他のところで繋がっているものもあるということだ。
それが、私にそう思わせる。
桐華はどう思っているかは知らないけど、たぶん、同じなんじゃないだろうか。
そうあってほしい、と思う。
部屋にはツカサだけがいるようだった。
でも、屋根縁にもう一人。
「あ、姉さん。速かったな」
「ダラダラ長風呂する趣味はないしな」
「変わってるよね、姉さんって。だいたい女って、風呂は長いものだと思ってたけど。ナナヤもそうだしさ」
「どこでも無駄に喋るからな、女ってのは」
「姉さんは女じゃないみたいな言い方だな」
「そうかもしれない」
「何言ってるんだよ…」
「まあいいじゃないか」
屋根縁に出ると、ツカサもついてきて。
…そういえば、ツカサはいつ夕飯を食べたり、風呂に入ったりしてるんだろうな。
いつも先に帰ってきてて、みんながすぐに寝られるように布団を敷いて待っている。
早朝から夕方までは、街で働いてるし。
感心するよ。
「ん?雀?なんでこんな時間に…」
「ふむ。そういえば、お前とは初対面だったな」
「えっ?喋ってる?」
「喋っているが」
「こいつは凛の同行者らしい」
「同行者とは少し違うかもしれないが、まあ、似たようなものだ」
「喋る雀なんて、初めて見たよ…」
「そうだろうな」
「あ、でも、孤児院のところのルウェとヤーリェが、龍と喋ってたな」
「セトとか?」
「いや。姉さん、知らない?」
「知らないな」
「ふぅん。まあ、たまに見るよ。ルウェのは薫、ヤーリェのはルトっていうらしいけど」
「ふぅん…」
「ふむ。薫にルトか」
「知ってるのか?」
「まあな。特に、薫のことはよく知っている。あそこの妹が、よく私のところの集落に来るんだよ。気に入ってくれているらしくてな」
「へぇ…」
「ふむ…。世界は狭いということなのだろうかな」
「そうだな。それで、何か用か?」
「おぉ、そうだったな。いや、まあ、特に用事というほどではないのだが、凛の様子を見に来たんだ」
「朝も見に来てたじゃないか…。まあ、元気にしてるぞ。今は風呂に入ってる」
「そうか。それならいい」
「昨日も来てたの?」
「一昨日も来てたぞ。皆が寝静まってからだが」
「それで、私たちが信用に足るか見ていたということか?」
「まあ、そうなるな。すまなかった」
「いや。それはいい。当然、見極めるべき場所だからな」
「そう言ってもらえると助かる」
「でも、普通の雀に混じって、喋らなかったら分からないよね…」
「そうか?普通の雀よりも入念に手入れをしているつもりだが」
「んー…。そう言われれば、艶やかな羽根をしてるような…」
「まあ、無理をせずともよい」
「す、すみません…」
「私自身も、そのあたりにいる雀たちに紛れることはあるのでな。ツカサの言うことも間違ってはいないということだ」
「は、はぁ…」
「まあ、それだけだ。邪魔をしたな」
「いや」
「では、またな」
「ああ」
「またね」
「うむ」
小さく頷くと、そのままどこかへ飛んでいってしまった。
…あいつは鳥目ではないんだろうか。
些細なことかもしれないが。
「あ、名前聞くの忘れてたな」
「また来るだろうから、そのときに聞けばいい」
「まあ、そうだね。…姉さんは、まだここにいる?」
「そうだな。みんなが帰ってくるまでは、ちょっと夜風に当たっていようかな」
「うん。分かった」
そう言って、ツカサは私の隣に座って。
下の方からナナヤと進太の声も聞こえたけど、今日はちょっかいは出さないでおこうか。
「………」
「………」
今日も、千秋は釜屋かな。
夜風が街の賑わいを運んできてはいないかと聞き耳を立てるけど。
「静かだね」
「そうだな」
いつも通りの、静かな夜だった。