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「空腹から満腹までってさぁ」
「なんだ」
「おはようからお休みまでに似てるよね」
「なんだ、それは」
「知らないけど」
「わけが分からない。ちゃんと考えろ」
「考えてるよ」
「まったく…」
「一から六まで、料理の名前を書いてさ」
「サイコロで決めるとかはやめろよ」
「えぇ…。でも、面倒くさいじゃん。課題も意味不明だし」
「お前は、優勝する気はあるのか?」
「んー…」
「空腹から満腹までなんだ。前菜から〆の甘物までと考えるのが普通だろ」
「えー…。一から作っていくの?」
「そうじゃないのか?助っ人も二人までは認められてるんだろ?それだけ手間を掛けてもいいということだろ」
「そうかなぁ…」
「疑心暗鬼にならず、素直に考えたらどうなんだ」
「うーん…」
こんな調子では、全く話は進まない。
一度普通に考えるだけ考えておいて、それから、考えたいのであれば、捻ったのを考えればいいと思うんだが。
はっきりとしない課題ではあるが、方針はきちんと示されているんだから。
しかし、灯はどうも最初から一本に絞っておきたいらしい。
まあ、最終的には一本に絞らないといけないんだけど。
「んー…」
「あかりはなにをうなってるんだ?」
「邪魔しちゃダメですよ、凛ちゃん」
「きになる」
「凛ちゃん」
「うぅ…」
「いいじゃん。みんなで考えようよ。なんかいい案出るかもしれないし」
「で、でも、灯さん…」
「いいのいいの。お姉ちゃんと私だけじゃ、なんとなく意見も纏まりそうにないし」
「お前が纏めるのを拒否してるんだろ」
「細かいことは気にしないの」
「まったく…」
「ねぇ、美希も考えてよ」
「私か?私は昼寝をするから無理だ」
「えぇ…。何それ…」
「纏める気があるのなら、その気を見せろ。私は、お前以上に面倒くさいのは嫌いだ」
「纏める気はあるけど…」
「微塵も感じられないな。じゃあ、お休み」
「えぇ、ちょっと、美希!」
「五月蝿い」
美希は、りるが寝ている布団に一緒に寝転ぶと、目を瞑ってしまって。
本当に昼寝を始めてしまった。
「もう…。何よ、美希…」
「まあいいじゃないか。凛と秋華は何かないのか?」
「凛は、いっぱいごはんをたべたい!」
「そうだねぇ…。空腹から満腹までだからね…」
「あの、私のところの板前さんは、最近お菓子を作ってるんですが」
「お菓子?〆かな…」
「でも、饅頭とかだろ?」
「そうですね。〆と言うには、少し重いように思います。…あ、ダジャレじゃないですよ?」
「分かってるけど…」
「あ、すみません…。つまらなかったですよね…」
「大丈夫だよ。それより、なんで饅頭なのかな…」
「それは分かりませんが…。板前さんも、何か考えるところがあるのかもしれませんね」
「うーん…」
「ただ単に、少し余裕が出来たから…とかで作ってるのかもしれないだろ」
「んー…。どうなんだろうね…。あ、そういえば、ロセお姉ちゃんはどこに行ったの?」
「なんで、今、ロセなんだ」
「えっ?朝、医療室に行くって聞いたから。お姉ちゃんに会いに。それなのに、いないし。それに今気付いた」
「ふぅん」
「で、どこに行ったの?」
「知らないよ。ちょっと旅に出るとか言って」
「家出?またいじめたんじゃないでしょうね」
「人聞きの悪いことを言うな」
「でもさ、ロセお姉ちゃんも、十歳も下のお姉ちゃんに怒られてへこんだり、なんか本当に子供みたいだよね」
「あいつはそういうやつだ」
「まあ、そうだろうけど。子供もいるのにね」
「子供でいることを楽しんでるんだよ、あいつは」
「ふぅん。私にはよく分からないけど」
「それぞれの考え方だ、そういうのは」
「まあね」
「あかり!きょうも、からあげはあるのか?」
「ん?唐揚げ?食べたい?」
「うん」
「んー…。かしわもあったはずだし…。じゃあ、美希に頼んでみなよ。とびきり美味しいの、作ってくれるよ」
「みき!からあげつくってくれ!」
美希の方を見ると、手をひらひらと振っている。
どうやら狸寝入りをしていたらしい。
灯は不満そうな顔をしてるけど。
と、凛がいきなり、美希の方へ突進していって。
「みき!からあげ!」
「うっ…。なんで飛び込んでくるんだ…」
「つくって!」
「分かった分かった…。分かったから暴れるな…」
「美希。狸寝入りしてるくらいなら、一緒に考えてよ」
「嫌だ」
「なんでよ!」
「あの、灯さん。あんまりカリカリしても、いいことはないですよ?」
「分かってるって!」
「は、はい…。すみません…」
灯は、秋華の怯えた様子を見て、しまったという顔をして。
美希が、こっちを睨みつけている。
凛を横によけると、立ち上がってこちらにやってきた。
「灯。もともとはお前に課せられた課題だろ。出場に推薦したのは私たち調理班のみんなかもしれないが、灯自身もそれを納得して大会に出たんじゃないのか。それで、難しい課題が出たから、みんなで考えてやろうって言ってるんだろ。紅葉だって、せめて課題通りの、普通の料理を一通り考えてみたらと言ってるのに、渋るばかりで何も決めようとしない。話はあちこちに脱線して、とても考えたり纏めたりしようというような気概を感じられない。私だって、お前が何か答えを出す気があると思えば、考える手伝いだって、料理を作る手伝いだってする。それがなんだ。誰かの協力を得られるのは当たり前だと思っているのか。少し協力してもらえなかったくらいでイライラして。自分が考えなくても、誰かが答えを出してくれると思ってるのか。いつまでもダラダラと雑談ばかり続けて。そんな甘い考えを持って大会に出るくらいなら、今すぐ辞退してしまえ。お前は、料理王の名を懸けるのに相応しくない」
「………」
そして、美希がいっそう睨みを利かせると、灯は立ち上がって部屋を出ていってしまった。
…まあ、喝を入れるにはちょうどよかったのかもしれないけど。
これで、話はしばらく全く前に進まないだろうな。
「あ、あの…。美希さん…」
「大丈夫だ。秋華は悪くないし、あいつもあれしきのことで心が折れるようなやつじゃない」
「そ、そうですか…」
「まあ、ちょっとどこかで泣いてるかもしれないけどな」
「え、えぇ…」
「心配するな」
「みき!からあげ!」
「分かってるって…。本当に、凛は唐揚げが好きなんだな…」
「ころもがパリパリしておいしい」
「まあ、そうだな。じゃあ、今日は揚げたてを食べさせてやるからな」
「うん!」
凛は、飛び跳ねて喜んでいる。
さっきの騒動で起きかけていたりるも、それに驚いてすっかり目が覚めてしまったようだ。
…まあ、灯のことは、美希の言う通り、心配はないだろうから。
予想以上に気にしているらしい秋華の頭を撫でてやる。