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「えっと…。龍の伝承について。龍は、うーん…。主に、山や川と共に、んー…」
「秋華が読んでも全然面白くない」
「おもしろくないぞ、あきか」
「す、すみません…。音読するのって難しいです…」
「また練習しないといけないな、音読についても」
「はい…」
「字は読めるみたいだから、あとは読みながら声を出す練習だな」
「お母さん、読んで」
「オレか?まあ、いいけど…。秋華は嫌か?」
「うん」
「うっ…」
「特訓だな」
「よろしくお願いします…」
秋華はしょんぼりとしてしまって。
…読み書きなら寺子屋に言った方がいいかもしれないけどな。
まあ、音読の練習くらいなら、ここでも出来るか。
「おかーさん!」
「分かった分かった。…龍の伝承について。龍は山や川と共に描かれることが多く、その山や川の神さまとして祀られるのも珍しくはない。狼が大神として、大自然の象徴として描かれるのと同様に、龍もまた、神聖な生き物として扱われていたのだろう。かつては身近にいた龍が、こうして大自然の神々の伝承にも上るというのは、やはり、我が日ノ本の血族が、自然と共にあったという証拠に他ならない。山や川も、今以上に、人々の生活のすぐ傍にあったということだ。繰り返しになるが、山や川、神々への感謝を忘れた人間は、全ての中心に人間を据え、好き勝手に振る舞っている。そんな傲慢な人間を見限って、龍も去ったのであろう。今一度、かつての謙虚さを取り戻し、大自然への感謝を思い出してはどうだろうか」
「自然への感謝ですかぁ。そういえば、全然やってなかったかもしれません…」
「ふむ。秋華は、ちゃんとごはんは残さず食べるか?」
「えっ?あ、はい。まあ」
「りるも全部食べるよ!」
「凛も!凛も!」
「それなら大丈夫だな。言葉にせずとも、伝わる感謝というのもある。自然から貰ったものを無駄にしない。それだって、自然への感謝のひとつの形だ」
「そうなのですか。では、私、これからも、食べ物を残さないようにしますっ!」
「そうだな。それがいい」
「えへへ」
秋華の頭を撫でると、りると凛が明らかに不機嫌そうな顔をして。
…嫉妬か?
仕方のないやつらだな。
「りるも全部食べるもん!」
「凛も!」
「そうか。偉いな、二人とも」
「ん~」「凛はえらいだろ」
二人の頭も撫でてやる。
そしたら、二人も満足そうな顔をして。
まったく、可愛いやつらだな。
「ねぇ、じゃあ、続き読んで!」
「お前、切り替えが早いな…」
「んー?」
「いや。まあ、別にいいんだけどな」
「うん」
「えっと…。どこからだったかな」
「ここ」
「あぁ、そうだったな。…ん?お前、字が読めるのか?」
「んー?」
「まあいいけど」
「うん」
りるは、どこかで読み書きを習っていたんだろうか。
知らない間に寺子屋に行ってたとか。
んー…。
その割には、私といる時間が長いような気もする…。
「早く!」
「ああ。そうだったな」
まあ、字が読めるのはいいことだ。
どういう経緯で覚えたかは知らないが。
この図鑑を読んで、また語彙と知識を増やしてくれれば、それでいい。
読み聞かせは、昼ごはんを持ってきた美希に交代して。
私は、おにぎりを一口食べる。
中身は沢庵か。
まあ、堅実なところだな。
秋華は、先におにぎりを割って具を確認している。
…嫌いな具でもあるんだろうか。
とりあえず、沢庵であることを確認すると、片方ずつ食べていく。
「護国伝説に出てくる龍は、人の姿を取っている。これは、龍の不思議な力、術式を使っていると考えられるが、詳細は分からない」
「じゅつしきってなんだ」
「龍の不思議な力らしいな」
「りゅうって、どこにいるんだ?」
「広場にいるだろ」
「ひろばってどこだ」
「城の前にある、広い場所だ」
「おぉ、あそこか。凛はしってるぞ。あそこには、のぞみがいる」
「まあ…望もいるだろうな」
「そうだろ~」
凛は、得意気に胸を張る。
それを見て、美希は優しく笑って。
「凛は、きょじんになるのがゆめだ」
「…脈絡がないな」
「こさぶろーみたいな、きょじんになる」
「小三郎は、確かに大きいな」
「だから、いっぱいたべる」
「そうだな。いっぱい食べて、いっぱい遊んで、いっぱい寝れば、小三郎みたいに大きくなれるかもしれないな」
「うむ」
「私のおにぎりも食べていいからな」
「かたじけのうござる」
「どこで覚えてくるんだ、そんな言葉…」
「ふらちなあくぎょーざんまい。ゆるすまじ。われがせいばいしてくれよー」
「ははは。よく覚えてるな。どこで覚えたんだ?」
「うむ。しばいごやというところにいたとき、おっちゃんがいってた」
「芝居小屋か。いろんなところに行ってるんだな、凛は」
「そうか?」
「そうだな。…そういえば、りるはどこから来たんだ?」
「んー?」
食べるのに夢中になってたりるは、自分の名前を呼ばれたのに気付いて首を傾げる。
美希と私を交互に見ながら、また反対側に首を傾げて。
…どっちが言ったのかも分からないくらい、夢中だったらしい。
「美味しいか?」
「うん。美味しい」
「そうか。それはよかった。三人とも、お腹いっぱい食べるんだぞ」
「はいっ」「うむ」
「…んー?何か言った?」
「何も言ってないよ」
「んー」
本当に夢中だな…。
さすがの美希も、苦笑いを浮かべていて。
黙々と食べている。
また食べ過ぎで気持ち悪いとか言い出さなければいいけど。
「まあ、一所懸命食べてくれるのは、嬉しいことだ。作った甲斐がある」
「そうだろうけどな」
「紅葉も一所懸命食べてくれよ」
「オレはいいよ。三人に任せる。お前こそ、自分で作ったんだし、自分で一所懸命食べろよ」
「いや、私はいい。三人に任せる」
「ふん」
「いいじゃないか、別に」
「いいけどな」
一所懸命におにぎりを食べる三人を見る。
…うん、いいな。
子供たちが子供たちらしくある世界が、ここにある気がして。
私の手が届く、私が守ってやれる場所に。