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「なんか面白いことやってるねぇ」
「別に面白いことでもないだろ」
「いや、鴨の親子みたいで面白いよ」
ロセは、私と秋華と凛を指して言う。
…鴨って。
「紅葉が親鴨ね」
「………」
「秋華と凛が子鴨」
「えっ?あ、何か言いましたか、ロセさん?」
「なにかいったか、ロセ」
「凛ちゃん。ダメですよ。もう一度言い直してみましょう」
「なにかいったか、ロセ」
「凛ちゃん」
「あきかのことばはむずかしい。凛にはおぼえられない」
「少しずつでいいですから、焦らずにやっていきましょう」
「うむ」
「…ね。面白いでしょ?」
「いや、別に…」
「そう?私は面白いよ」
秋華と凛の様子を見て、ニコニコと笑っている。
…まあ、なんというか、面白いと言うよりか、微笑ましいと言った方が、私の場合は合っているかもしれない。
「秋華、すっかりお姉ちゃんぶってるね」
「まあ、そりゃそうだろうな」
「可愛いなぁ。持って帰りたいくらい」
「お前にはやらん」
「えぇ~。紅葉は意地悪だなぁ」
「そういう問題じゃないけどな」
「でも、ホントに可愛いよね」
「お前にもいるだろ、自分の子供が」
「そうだけどさぁ。隣の芝生は青いじゃない」
「気のせいだ」
「えぇ…」
「あいつらに負けず劣らず可愛いじゃないか」
「んー。まあ、そうなんだけどね。ほらさ、怒ったりするのって嫌じゃない」
「母親として、当然の役割だと思うが」
「そうだけどさぁ…」
「子供を放ったらかしにしてるお前が、贅沢なことを言うんじゃない」
「…あれ?なんか私、怒られてる?」
「怒られてると思うのなら、何か心当たりがあるということだろう」
「そう来るかぁ」
「どう来ると思ってたんだよ…」
「まあまあ。それよりさ、紅葉って、どうやって子供たちを怒る?」
「どうやってって、どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ。ほら、たとえば、物を壊したりしたときとか」
「んー…。そうだな…。どうやって怒るんだろうな…」
「えぇ…。なんかないの?」
「どう怒ると決めてるわけじゃないからな」
「それはそうかもしれないけどさ…。なんかないの?」
「そういうお前は何かないのかよ」
「私?私が困ってるのに、私のを聞いても仕方ないでしょ」
「そんなことないだろ。何か助言出来るかもしれない。まあ、私も、偉そうなことを言える立場ではないだろうが」
「そんなことないよ。紅葉ってさ、なんか大成してるかんじじゃない」
「いや、意味が分からないんだけど…」
「私なんかより、ずっと大人じゃない。とても十歳下とは思えない」
「それは、お前が子供なだけだろ」
「子供かなぁ、私」
「永遠の十二歳はどうした」
「えぇ…」
「お前な…」
「気を若く保つのは大切だよ。そうしないと、紅葉みたいになっちゃう」
「………」
「あはは。冗談冗談」
「はぁ…」
ロセといると、本当に疲れる。
…いや、一緒にいて疲れないやつなんていたか?
子供たち以外には、ほとんどいないかもしれない。
特に、外から来るやつは。
「なんか、嫌そうな顔してるね」
「そう見えるなら、心当たりがあるということだ」
「えぇ…」
「まあ、怒り方についてだが、オレはあんまり怒るってことは意識してないかもしれないな」
「どういうこと?」
「よく考えてみれば、オレは子供たちに対して怒ったことはないかもしれない」
「じゃあ、どうしてるのよ。悪さする子とかいるでしょ?」
「そうだな。たぶん、そのときは、言い聞かせるようにしてる。自分がやったことがどういうことなのか、じっくり考えさせるんだ」
「ふぅん…」
「まあ、まったく意識してないから、本当のところは分からないけど」
「でもさ、怒ってるって意識がないってのはすごいよね。私は、怒るときはすごく怒るし」
「頭ごなしに怒ったところで、子供たちは反発したり、落ち込んだりするだけじゃないかと思う。自分が何をしたか、ということを理解させ、反省させることで、次に失敗しないように出来るんじゃないかと思うんだ」
「なるほどねぇ。でも、イライラするときもあるじゃない。何回言っても聞かないときとか」
「それは、前回の失敗を生かせていないんじゃないのか?何も反省せずに、また同じことをやってるとか。あるいは、ただ単純に構ってほしいかだな」
「構ってほしい?」
「ロセも善哉も、結構仕事が忙しかったりして、二人にあんまり構ってやれなかったりするんじゃないのか?」
「えっ?うーん…。でも、世話とか遊び相手は、ちゃんと旅団の暇な連中にやらせてたりするんだけどなぁ…」
「…お前な、それでいいと思うのかよ」
「何が?」
「あの時分の子供は、まだまだ親からの愛情をたっぷり受けて育たないといけない。それを、旅団の暇な連中に任せるばっかりで、自分たちが構ってやれないのなら、構ってほしくてイタズラくらいするだろうよ」
「えぇ…。そうなのかな…」
「親が子供を信じてやらなくて、誰が信じるんだよ」
「し、信じてないわけじゃないよ…」
「それならいいが、同じ失敗を繰り返す子供たちにイライラする前に、お前たち自身の態度がどうなっているのかを確認してみろ。ただ怒鳴り散らすだけなら、誰にだって出来る。親としての愛情を注ぐのは、親にしか出来ない」
「うっ…。すみません…」
「オレに謝る暇があるなら、少しでも考えて答えに近付け」
「はい…」
シュンとして小さくなるロセ。
なんか、オレが叱ってるみたいなかんじだな。
ロセの方が、一回り以上歳上なのに。
…まあ、いいさ。
子供たちもいない今、よく考えるいい機会だろう。
よく考えて、さっさと答えを見つけてくれ。