37
「夕飯中は油断するなよ。すぐに食べるものがなくなるからな」
「う、うん」
「大丈夫だろ。風華がある程度取ってくれてるだろうし。まあ、皿からいつの間にかなくなるのには注意しないといけないけど」
「なくなるの?」
「誰かに盗られたりしてな。明日香が盗っていったりもするんだけど…」
「実際、体験した方が早いだろ」
広間の戸を開ける。
「隊長!お疲れ様です!」
「いや…今日は何もしてないけど…」
「それでも、お疲れ様です!」
「うん、ありがとう」
「ささ、利家さんもユカラさんもどうぞ。皆さんの最低の取り分だけは、私たちが死守しましたので」
「ありがとう」「あ、ありがとうございます…」
ユカラは、この戦場の様子に面食らったようだ。
席に案内される間も、常におどおどとしていた。
「いろはねぇ」
「ん?どうした。宣戦布告でもしに来たのか?」
「ううん。今日は、ゆっくり食べようって思って」
「休戦か?またなんで」
「いろはねぇ…病み上がりだし…。あ、ちゃんと望にも言ってきたよ」
…疑うわけではないけど。
桜の目をジッと見つめる。
すると、桜は負けじと見つめかえしてくる。
「…そうか。ありがとう。今日は甘えさせてもらうよ。でも、オレはもう元気だから。明日からは遠慮なくかかってこい」
「うん!」
頭をガシガシと撫でてやると、嬉しそうにニッコリと微笑み、そして自分の席へと帰っていった。
その先で
「あぁ~っ!ボクの唐揚げ食べたの、誰!?」
「明日香が持っていってたよ」
「見てたんなら止めてよ、響!」
「えぇ…」
「私の、あげるからさ。響に八つ当たりしないの」
「か、かぐやねぇ…。八つ当たりなんか…してないもん…」
それにしても、桜と望が大人しくしてくれているだけで、こんなにゆっくり食べられるんだな。
ホッとしたような、でも、寂しいような。
「ユカラ、それだけで足りる?」
「うん。充分だよ」
「遠慮してない?」
「してないよ」
「それならいいけど…」
「お母さん、これ、食べていい?」
「いいけど、それで終わりにしなさい。またお腹壊すよ」
「分かった~」
「風華って、葛葉のお母さんなの?」
「そうだけど、そうじゃない。血は繋がってないし、歳を考えたら姉妹くらいなんだけどね。葛葉がお母さんって呼んでくれて」
「ふぅん」
風華たちの会話。
こうやって耳を澄ませてみると、いろんな会話が聞こえてくる。
「明日、夜勤組なんだよ~。大変だよな~」
「俺たちが頑張るから、みんな安心して眠れるんだろ。それに俺たちも、みんなのお陰でここにいられる。持ちつ持たれつだよ」
「…そうだな。まあ、無理しない程度に頑張りますか~」
誰のお陰でもない。
みんなのお陰でここにいる。
一人で生きてはいけないから。
みんなに頼らざるをえないから。
「お母さん」
「望か。どうした?」
「えへへ」
だから、頼るときは頼ればいい。
頼られたなら、精一杯応えてあげる。
「ん~」
「甘えただな。望は」
「うん!」
望の力強い返事はとても気持ちのいいもので。
自然と笑みがこぼれた。
外はまだ雨だった。
しかし、いくら雲が月の光を遮ろうと、その時はやってくる。
「姉ちゃん、どうしたの?外なんか見て」
「毎晩やってることだ。あまり気にするな」
「ふぅん」
「ユカラ。もう遅いから、早く寝ろよ」
「うん」
そして、私の手を取る。
「ん…?」
「姉ちゃんも。夜更かしは身体に毒だよ」
「…そうだな」
手を引かれるまま、広間をあとにする。
「今日は楽しかった~」
「そうか。良かったな」
「うん。…明日も楽しい日になるかな?」
「ユカラが、そう願えばな」
「…そうだね。明日は、あたしにとって、みんなにとって、楽しい日になりますように。お月様、お願いしますね」
「今日は見えないだろ」
「見えないだけだよ。雲の上にはいる。毎日必ず、みんなのことを見守ってくれてる」
「ふふ、そうだったな」
見えなくても、そこに必ずいる。
私が一番、分かってることなのにな。
「そういえば、ユカラはどこで寝るんだ?」
「桜の部屋だよ」
「じゃあ、こっちとは逆方向じゃないか」
「うん。でも、姉ちゃんを放っておけないから」
「…そうか」
「うん」
目が見えないことを知ってる風でもなかった。
でも、楽しそうに、嬉しそうに。
今日あったことを話しながら、部屋まで私の手を引いていってくれた。
ユカラは他の人とは少し違うところもあるようですが、それも個性ではないでしょうか。
なんしか、ユカラは純粋で優しい子です。