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額を叩く者がある。
秋華にしては、遠回しな起こし方だ。
それに、地味だが痛い。
叩かれた瞬間を狙って、それを掴んでみる。
「………」
雀だ。
迷い込んだのか?
よく分からないが、とりあえず起き上がって屋根縁まで行き、遠くまで投げ飛ばしておく。
雀は点となって、見えなくなった。
…ふん。
これでもう、私の眠りを妨げることはないだろう。
部屋に戻って、また布団に入る。
「………」
しばらくして、うとうとし始めた頃、またさっきと同じように額を突つかれて。
顔に乗っているそれを素早く捕まえて、握り締めてみる。
「何なんだ、お前は。まったく…」
「く、苦しいではないか…。は、離せ…」
「ん?話せるのか、お前。それならちょうどいい。朝っぱらから、理由もなく私を突つくな」
「り、理由がないわけではない…。さっきは、話す間もなく乱暴に放り投げたではないか…」
「雀が喋るとは思わないんでな。用件があるなら、さっさと話せ」
また屋根縁に出て、端の方に座る。
それから、雀を離して。
雀は何回か身震いをすると、私の方を見る。
…雀に見詰められるのは初めてかもしれないな。
「お初にお目に掛かる。私は、銀太郎という者だ」
「大層な名前だな」
「気にするな。それより、凛を知っているな」
「まあな」
「私は、凛と共にある者だ」
「ふぅん。意味は分からんが」
「私が話しているのを見て、さぞかし驚いたことだろうと思うが」
「いや、別に。喋る鳥は、他にもいるしな」
「私以外にもいるのか?名前は分かるか?」
「カイトだ」
「カイト…。ふむ…。最近、見ないとは思ったが…」
「知り合いか」
「古い友人だ」
「ふぅん…」
手にすっぽりと収まる小さな雀が、あの巨大な火の鳥と古くからの友人というのは、少し不釣り合いだとも思うし、面白くもあると思った。
ときどき雀らしくチュンチュン鳴きながら首を傾げる様子を見てると、あのゆったりとして貫禄たっぷりな様子とは対照的のように思えて。
あいつと一緒にいるところを想像すると、奇妙な取り合わせに笑みが浮かんでくる。
「なんだ。どうした」
「いや。お似合いの二人だなと思ってな」
「ん?カイトとか?」
「ああ」
「まあ、長い付き合いであるし、確かに、そういう仲であるとも言えるかもしれないな」
「そうだな」
「それよりだ。お前の名前は何という?」
「紅葉だ。もみじと書いていろは」
「ふむ。紅葉か。良き名だな」
「どうも」
「それでだ、紅葉。凛についてだが」
「なんだ」
「凛はいい子だ。まあ、口は悪いし、イタズラをしたりもすると思うが。でも、根はいい子なんだ。…どうか、よろしく頼む」
「言いたいのはそれだけか?」
「ん?まあ、それだけだが…」
「わざわざそんなことで私を起こすな。言われなくても分かっている」
「…そうか。それはすまなかったな。ありがとう」
「礼を言われるようなことをした覚えはない」
「そうかもしれんな」
鳥の表情というのはよく分からないが、そのときは、銀太郎が笑ったように思えた。
それから、またチュンチュンと鳴いて、毛繕いを始める。
「…そういえば、龍馬に人の言葉を話せると言ったことはあるか?」
「ん?どうしてだ?」
「いや。なんとなく、気になっただけだ」
「ふむ…。確かに、話したことはない。おそらく、気付いてもいないだろうな」
「それは、何か理由があるのか?」
「龍馬は、私のような存在を認めないだろう、と思うからだ。凛とも長いから、龍馬のことも、それなりに分かる。あいつは妙に世間擦れをしていて、自分の信じるものしか信じないというような目をしている。幼い妹の凛を、子供ながらに守るためでもあったんだろうが」
「なるほどな」
「ふむ。お前は、話しやすくて助かる。凛は、少しでも話が長くなると、全く聞いていないのでな。少しずつ慣れさせようとはしているのだが、まあ、まだまだ幼いからな。しかし、あの兄の下で、よくあれだけ純粋に育ったものだと思うよ」
「そうか?」
「まあ、私が話すより、実際に触れ合ってみる方がいいのだろうが。兄とは対照的に、なんでも信じる子だ、凛は。幼さもあるのだろうが」
「まあ、そうだな」
まだ少しだけしか話してないけど。
でも、銀太郎の言うところはよく分かる気がする。
「龍馬が悪いと言うつもりはないが、あいつはもう少し、人を信じることを知った方がいいな。あのままでは、大人になる前に擦り切れてしまうぞ」
「そうかもしれないな」
「はぁ…。まったく、あの子たちの行く末が心配だな…」
「大丈夫だ。私たちがなんとかしてみせるさ」
「…そうか?よろしく頼むぞ」
「ああ。お前とも話せるようにしてやるよ」
「ははは。それは楽しみだ」
「…師匠?誰と話しているのですか?」
と、部屋との出入口のところに秋華が立っていて。
私が手招きをすると、トテトテと駆け寄ってきた。
「おはよう、秋華」
「おはようございます」
「もう起きてきて大丈夫なのか?」
「いえ。それは分からないのですが、いつもの時間ですし、師匠に挨拶をしておこうかと思いまして。…それで、師匠?」
「オレが話していたのは、こいつだ」
「雀、ですか?師匠は雀とお話が出来るのですか?」
「いや。私が、人の言葉を操ることが出来るというだけのことだ」
「わっ!雀が喋りましたっ!」
「喋ってはならぬのか?」
「い、いえ…。そういうわけではないのですが…。ただ、驚いただけで…」
「ふむ。柔軟な発想の出来る娘なのだな。感心感心」
「あ、ありがとうございます…」
「うむ。やはり、子供は素直が一番であるな」
「は、はぁ…」
小さな雀が胸を張っている前で、背を丸めて小さくなりながら話を聞いている秋華。
それを見てると、なんだか面白かった。
たぶん、カイトと銀太郎ならもっと面白くなるだろうな。
是非とも見てみたいものだ。