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昼ごはんも終わり、美希が即席で作ってくれたおやつも、もうほとんど食べ終わって。
でも、とりあえず、美希とのお喋りを楽しむ。
「そういえば、秋華はどうしたんだ。風邪らしいじゃないか」
「そうだな」
「心配じゃないのか?」
「心配だよ」
「じゃあ、なんでここで油を売ってるんだ?」
「油を売ってるわけじゃない。ただ、秋華の看病は、千秋と風華に任せているというだけだ」
「なんでだ」
「オレは、りるの看病をしないといけないからな」
余ったうどんを焼いたものにかぶり付きながら、自分の名前が呼ばれたので首を傾げるりる。
凛は、引き続き、うどんを齧っている。
「元気そうじゃないか」
「秋華の看病をしてたらこいつが来て、オレが秋華を看病してるのを見て、独り占めしてると思ったらしいんだ。それで、注意をしたら落ち込んで」
「ふぅん。まあ、りるらしいといえば、りるらしいな。りるは、紅葉が一番大好きだし」
「それはどうかな」
「なんだ、紅葉。あれだけ熱烈な愛を受けながら、そんなことを言ってるのか」
「熱烈なのか…?」
「鈍感だな。気付いてないのか?」
「えっ?いや、まあ…。でも、普通くらいなんじゃないのか?」
「紅葉は、よっぽど愛される環境に生きてきたんだな。幸せ者を通り越して、逆に哀れだ」
「いや、意味が分からない」
「りるがあんなにベタベタと紅葉に付き纏うのはなんでだと思う。紅葉が大好きだからだろ。そうでなければ、あれだけ寄ってはこない。秋華が独り占めしたと思ったのも、紅葉の愛を独占していると嫉妬したからだろ」
「ふぅん…」
「紅葉は頭がいいから、ごく些細なことにも気が回って、みんなのいろんなところに気が付く。それはすごいことだと思うし、羨ましくもある。ただ、紅葉は鈍感だ。殊、愛情については。自分がどれだけ愛されているのかが分からず、自分がどれだけ愛しているのかも分かっていない。紅葉は気付いていないかもしれないが、紅葉はたくさんの愛情を受け、たくさんの愛情を与えている。どうして、衛士のみんなは、歳上だろうと歳下だろうと紅葉を隊長と呼び慕い、お前についてきてるんだ。子供たちもそうだ。どうして、お母さんやお姉ちゃんと呼んで、ちょこちょこついてくるんだ。そういうことを考えたことはないのか」
「いや…」
「だからダメだと言うんだ。紅葉は、情の大切さというものを、心の奥底ではよく分かっている。そして、それを知らず知らずのうちに実践している。でも、それだけじゃ意味がない。紅葉もきっと、愛情とは何ぞやという知識や自分の考えを持ってるだろ。その愛情に関する知識や考えと、実際に紅葉が授受している愛情との間に齟齬が発生していては、何も意味はない。知識や考えは無用の長物でしかないし、愛情も丸っきり猫に小判だ。一度、その辺について、よく考えたらどうなんだ」
「そうだな…」
「おやつなくなった」
「ん?そうか。部屋に戻るか?」
「うん」
「凛は?」
「凛ももどる」
「そうか。じゃあ、紅葉。そういうことだから。…よく考えておけよ」
「ああ…」
二人を連れ立って、部屋に戻る。
…美希にあれだけ言われたのは初めてだな。
愛情の、知識と認識との間の齟齬か。
私は鈍感なのか…。
たまに言われたりするけど…。
なんか、へこむな…。
部屋に着くと、いつもの通り、子供たちが集って昼寝をしていた。
サンや葛葉の姿も見られる。
凛は、何人か踏んで怒られているが。
気に入った位置を見つけて、布団に潜り込んでいた。
「おかーさん」
「ん?どうした。りるは昼寝しないのか?」
「美希に、怒られてたの?」
「えっ?…さっきだな」
「うん」
「怒られていたわけじゃない。ちょっと、注意をされたんだ」
「ちゅーい?」
「そうだ。注意だ」
「なんで?」
「…りるは、私が好きか?」
「うん」
「そうか」
膝に飛び乗ると、嬉しそうな顔をして、こっちを見上げてきた。
…愛情、か。
「おかーさんは、りるのこと、好き?」
「ああ。好きだよ」
「えへへ」
「大好きだ」
「うん!」
言葉にしてみる。
でも、よく分からない。
何が愛情なのか。
りるが好きなのも、守ってやりたいと思うのも、それは確かなことだ。
でも、それは違うのか?
今も、齟齬が発生してるのか?
「何を考えてるの?」
「何を考えてるんだろうな」
「難しいこと?」
「簡単なことかもしれない」
「……?」
「お前がもう少し大きかったら、お前に聞いてもよかったかもな」
「小さな魚をいっぱい食べろって、美希に言われたー」
「そうだな。小さな魚をたくさん食べて、たくさん遊んだら、大きくなれるだろうな」
「うん。小三郎みたいになって、みんな肩に乗せてあげる」
「それは難しいかな…」
「んー?」
「まあ、いつか、私より大きくなるときが来るんだろうな」
「うん!」
今はまだ小さい、りるの頭を撫でて。
そのりるは、私の尻尾をいじっている。
「んーんー」
「お前は歌が好きだな」
「うん。光が教えてくれる」
「そうか。光が」
「うん。あと、美希も教えてくれる」
「そうか」
「んーんー」
私には、まだ分からないんだろうか。
私は、ずっと鈍感なままなんだろうか…。
「あ、紅葉。やっぱりここにいた」
「ん?なんだ、香具夜。何か用か?」
「秋華が起きたんだって。熱もだいぶ引いたみたい」
「そうか。じゃあ、行こうか」
「うん。秋華も待ってるよ」
「りるも行く~」
「そうだね。喜ぶよ、きっと」
「うん」
りるは早速立ち上がって、部屋の外へ駆けていった。
…今は、秋華だな。
とりあえず、私も立ち上がった。