364
布団の中で、退屈そうに欠伸をする。
さっきからはずっと立ち直ったみたいで。
この看病ごっこにも飽きてきたようだ。
「んー…」
「退屈か?」
「うん…」
「そうか」
「遊びに行きたい」
「行けばいいじゃないか」
「んー…」
「そういえば、お前、ここに来て、友達はたくさん出来たか?」
「うん。いっぱいいるよ」
「そうか。よかった」
子供に対しては、そんなに人見知りはしないようだ。
りるの人見知りの基準も、よく分からないものだけど。
…と、廊下がドタドタと騒がしくなって。
「おい、おねーちゃん」
「…なんだ、凛」
「やっといた」
「何を」
「なにがだ」
「何をやっておいたんだ、と聞いてるんだ」
「なにもやってない」
「じゃあ、何なんだ」
「ん?」
「…あぁ、やっと見つけたということか」
「うん」
「まあ、それは分かった。それで、何なんだ?なんで、オレを探していたんだ」
「なんでさがしてたんだ?」
「オレに聞くな」
「ん?そこでねてるのはだれだ」
「りるだよ。昨日会わなかったか?」
「りるか。おぼえてるぞ」
「そうか」
「なんでねてるんだ?」
「ちょっとな」
「ん?」
「お前も一緒に寝るか?」
「ねむたくない」
「そうか」
凛は私のところに来て、膝の上に座る。
ここがお気に入りらしい。
「したにびょうにんがいた」
「秋華だな」
「かぜをひいたらしい」
「熱が出てるんだ」
「なかにはいったらおこられた」
「風邪が移るからな」
「へんなにおいがした」
「薬の匂いだろ。いろいろ置いてあるからな」
「あ、そうだ。おひるごはん」
「ん?そうだな。ちょうどそれくらいか」
「おひるごはんだから、いろはをよんでこいといわれた」
「そうなのか。りる、どうする?」
「…行く」
「そうか。じゃあ、行くか」
「うむ。そうだな」
凛はすぐに立ち上がって、走っていった。
せわしないやつだ。
私も、りるを連れて、あとを追う。
「おい、走るな。転けるぞ」
「だいじょーぶだ」
「前を見ろ。ぶつかるぞ」
「うべっ」
「………」
「そら見ろ」
角を曲がったところで、誰かとぶつかったようだ。
撥ね飛ばされて尻餅を衝きそうになったところを、大きな腕がしっかりと受け止めて。
「すまないな、小三郎」
「…いえ。…子供は元気が一番ですから」
「きょじんだ!」
「こら、凛」
「…いいんです。…ガタイがでかいのは事実なんで」
「やまがうなってるみたいなこえだな」
「………」
「あたまがてんじょうにつきそうだ」
「凛、行くぞ」
「かたぐるましてくれ!」
「凛。小三郎をあまり困らせるんじゃない」
「…大丈夫ですよ。…肩車くらい、お安い御用です」
「んー…そうか?すまないな」
小三郎は、その太い腕で凛を抱き上げると、そのままひょいと肩に乗せて。
…それを見てると、ふと、巨人と小人という童話を思い出した。
まさに、この絵だな。
「おねーちゃん!てがてんじょうにとどくぞ!」
「そうか。よかったな」
「…どこに行くんです?」
「あぁ、厨房だ」
「…はい」
「りるもこっちにこい!すごくたかいぞ!」
「んー…」
「こさぶろーはきょじんだな!」
「…りるちゃんはどうします?」
「んー…。いい…」
「…そうですか。…高いところは苦手ですか?」
「ちょっとだけ…」
「…そうですか。…では、またの機会に」
「うん…」
ちょっと高所恐怖症らしいりるを差し置いてはしゃぐ凛を肩に乗せたまま、のっしのっしと歩いていく。
…しかし、こうして見てると、本当に熊が歩いてるみたいだな。
いつもの廊下も、かなり狭く感じる。
「…灯ちゃんも、こうやって肩車をしてあげると、喜んでいましたね」
「そうだな」
「…隊長はいつも、あまり乗り気ではなかったようですが」
「灯の付き合いだったからな、所詮は」
「…隊長はどちらかと言うと、子供らしい遊びよりも、読書や武道の稽古を楽しまれていましたね。…子供らしくないというか、どこか妙に大人びていたというか」
「悪かったな、憎たらしいガキで」
「…そういう、ひねくれた物言いは、昔から全く変わりませんね」
「そうかもな」
「こさぶろー!あそこにあるのはなんだ?」
「…いくら私でも、欄間の向こうまでは覗けません」
「じゃあ、凛はこさぶろーよりもせがたかいな」
「…ええ、そうですね。…凛ちゃんは背が高いです」
「うらやましいか、こさぶろー」
「…そうですね。…私は、身長では負けたことがありませんでしたから」
「ふふふ。凛がいちばんせがたかいぞ」
灯も、よくそんなことを言ってたなと思い出して、なんだか可笑しかった。
同じことを小三郎も考えたのか、少し微笑んでいて。
「…凛ちゃんは、灯さんによく似ていますね。…それから、りるちゃんは隊長に似ています」
「……?」
「そうか?」
「…ええ。…二人とも、きっと、聡明な女性となることでしょう」
「まあ、それはそうかもしれないな。オレと灯に似てるかはともかく」
「…似ていますよ。…特に、りるちゃんは」
「お母さんに、似てる?」
「…ええ。…小さな頃の隊長にそっくりです。…好奇心が強くて、元気いっぱいで、それから、ちょっと人見知りなところがある」
「そんなだったか、オレも?」
「…ええ」
よくは覚えてない。
でも、好奇心旺盛だったのは、確かにそうだろう。
「…と、もう着いてしまいました」
「ああ。すまなかったな」
「…いえ」
「しゃがまないと、はいれないな」
「…そうですね。…頭をぶつけないようにしてください」
小三郎は、小さく屈んで厨房に入って。
それから、凛を椅子に降ろすと、二言三言話して、こちらに戻ってきた。
「…では、隊長。…失礼いたします」
「ああ。ご苦労さま」
「…いえ。…お安い御用ですよ」
「そうか。まあ、また肩車してやってくれ」
「…はい」
丁寧にお辞儀をして、廊下を歩いていった。
それを見送ってから、私とりるも厨房に入って。
さて、昼ごはんだな。