表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
362/578

362

トテトテと、廊下を走る音。

その足音は、部屋の前で方向を変え、こちらに向かってくる。


「師匠」

「…秋華か」

「はい。おはようございます」

「なんだ。今日は元気がないな」

「いつも師匠に怒られてるので、静かに来てみました」

「それはいいけど…」


片目を開けて秋華を見てみると、理由はそれだけではないようだった。

夜明け前の薄暗がりでも分かるくらい、顔が真っ赤で。


「…お前、熱があるんだろ」

「そんな、断じてそんなことは…」


手を伸ばして秋華の額に触れてみる。

…どう言い訳をしようと、かなりの高熱が出ている。


「今日は道場は休みだ」

「ダ、ダメです、そんなの…。休めません…」

「それは許可出来ないな。こうやってここに来て、私の目の前で熱を出されていてはな」

「熱なんて出ていません…」

「つまらない嘘をつくな」


起き上がって、伸びをする。

それから、風華を起こしにいって。


「おい、風華。起きろ」

「んー…。あと五分だけ…」

「秋華が熱を出してるんだ。五分も待ってられるか」

「秋華が熱…?珍しいね…」

「おい、寝惚けてるのか?」

「………」

「起きろ、風華」


頬を叩いて、布団の中から引きずり出す。

夜明け前の冷気に当たって、ようやく少し目が覚めたらしい。


「もう…。何するのよ…」

「秋華が熱を出してるって言ってるだろ」

「どれくらいよ…」

「自分で確かめろ」


秋華の前まで風華を引きずっていって。

もう一度頬を叩いてから、手を額に当てさせる。

…秋華は、もう座っているのが精一杯っといったかんじだった。


「風華、起きろ」

「んー…」

「…何やってるんだ?」

「ん?あっ、犬千代」


部屋の入口のところに、利家が立っていた。

たまたま通り掛かったらしい。


「いつも思うんだけど、なんでその呼び方なんだ?」

「そんなことどうでもいい。秋華が熱を出してるんだ」

「ふぅん。どれどれ」


利家は秋華の前に座って、顔を覗き込んだり、熱を計ったりしている。

…よかった。

寝惚けて役に立たない風華ではどうしようもなかった。


「風邪かな。かなり冷え込んだからね、今日は」

「どうすればいい」

「とりあえず、医療室に行って、精査してみよう」

「ああ。頼む」


もうグッタリとしている秋華を抱えて立ち上がる。

そして、利家と一緒に医療室へ。


「こんな熱でここまで来たんだね」

「そうだな。まったく、こいつはバカだよ」

「まあまあ。来てくれたお陰で、発見出来たんだし」

「来たから悪化したとも考えられる」

「悪い方に考えないことだよ。来てくれたから分かった。それでいいじゃないか」

「うん…」

「ところで、秋華は道場とかあるんじゃないのか?」

「あぁ、そうだな。誰かに連絡しに行かせよう」

「自分で行かないところが、組織の長らしい振舞いだね」

「下らないことを言うな。それに、オレは一刀に会いにいくよりも、秋華の看病をする方が有意義だと考える」

「なんとも弟子想いの師匠じゃないか」

「からかうな」

「はいはい」


子供が熱を出して倒れてる時点で心配なのに、まして、それが師匠と慕ってくれている子となれば、心配するのは当たり前というものだろう。

ときどき利家は、こういうつまらないことでからかうことがあるな。

まったく…。


「あ、紅葉に利家。何してんの?朝っぱらから逢瀬を楽しんでるの?」

「香具夜。そんなバカなことを言ってる暇があるなら、一刀の道場に行ってくれ」

「えぇ。なんで」

「秋華が熱を出して倒れたんだ。今日の稽古は休むと伝えてくれ」

「はいはい。分かりました。でも、いつも元気いっぱいの秋華が熱なんて、珍しいじゃない」

「今朝はかなり冷え込んだから、布団を蹴ったりしてて冷えたのかなと思うんだ」

「あぁ、なるほど。子供って、すぐに風邪引いたりするからねぇ」

「油を売ってないで、早く行け」

「はいはい。分かりました分かりました」

「まったく…」


追い立てると、やっと話すのをやめて。

伝令班とは思えない緩慢さだな…。

廊下の向こうで手を振っていたから、早く行けと顔をしかめる。


「困ったやつだ…」

「急ぎの用事でもないんだから、いいじゃないか」

「急ぎの用事だろ」

「秋華が休むって伝えるだけなんだろ?」

「秋華はいつも朝が早いから、向こうも心配してるかもしれないだろ」

「まあ、そうかもしれないな」

「急ぎの用事だ」

「はいはい。分かった分かった」

「なんだ、オレが聞き分けのない子供みたいに」

「紅葉は頑固だからな」

「なんだと?」

「まあまあ」


と、そんなことを話してるうちに、医療室に着いていた。

とりあえず中に入って、近くに敷いてあった布団に秋華を寝かせる。


「さて、風邪かな」

「風邪じゃなかったら何なんだ?」

「そうだな…。肺炎の出始めとか、熱病の類か。まあ、風邪は万病のもととも言うし、風邪だからって油断は出来ないけどね」

「ふぅん…」


医学については、私はほとんど分からない。

そこは、利家や風華たちに任せるしかないんだけど…。

真っ赤になって、息を荒くする秋華の頬を撫でる。


「しんどいなら、わざわざ来なくてもよかったのに」

「紅葉に会いたかったんだろ、きっと。秋華は、紅葉に師匠以上のものを見てるように思う」

「師匠以上?」

「そうだな。千秋とはまた別の、頼れるお姉ちゃん、とか」

「頼れるのか、オレは…」

「充分だと思うよ。紅葉より頼もしい人間なんて、そうはいない」

「ふん。どうだろうな」

「まあ、ここ何日かの付き合いかもしれないけどさ。秋華だって、紅葉のことが好きじゃなかったら、こんなに一所懸命にならないよ」

「…そうかもな」

「それに、紅葉は、僕らの思うことを、ちゃんとやってみせてくれる。僕らが、紅葉に望むものを」

「私はそんな万能じゃない。普通の人間だ」

「そうだけどさ。でも、秋華は、こうやって紅葉に止めてもらうこと、あるいは、献身的に看病してもらうことを望んだのかもしれない」

「………」

「ん。風邪だな。まあ、薬を出しておくから、起きたら飲ませてやってくれ」

「ああ…」


みんなが望むことを、私はちゃんとこなしているのか?

私はただの人間だ。

神でもなければ、小説の主人公でもない…。

みんなが私に望むことだって、分からないのに…。


「難しく考えることはないよ。紅葉は、紅葉なんだから」

「………」


利家は、私に哲学的問題を提示しているのか?

私には、答えが分からない…。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ