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「それで、遙たちはどうした」
「いたた…。いきなり殴ることないじゃん…。今回は普通にちゃんと来たでしょ」
「普通にちゃんと来れるなら、普段から普通にちゃんと来い」
「いいじゃん…。楽しいじゃん…」
「楽しくない」
「あたっ」
とりあえず、もう一発、桐華の頭を殴っておく。
まったく…。
来てるなら来てるで、私に会いに来いよ…。
「乱暴だなぁ、紅葉は…。はぁ…。遙たちは、先に旅団を送っていくんだって。寄るのは、それが終わったあと。さすがに人数が多くて、受け入れきれないだろうからって」
「そうか。…それで、あいつらはなんだ」
「ん?んー。護衛してた旅団の馬車に便乗してた悪ガキなんだって」
「なんで連れてくるんだ」
「えっ?だって、ここならお世話してくれるでしょ?」
「あのな、ここは孤児院じゃないんだぞ」
「じゃあ、どうするの?放り出すの?」
「はぁ…。そんなこと出来るわけないだろ…」
美希たちと同じ机で、何か楽しそうに喋りながら夕飯を食べる女の子と、少し離れたところで食べてる男の子を見る。
歳はどうだろうか。
妹の方は葛葉やサンと同じくらいで、兄は二、三歳くらい上といったところだろうか。
祐輔と夏月も似たようなかんじだったが、旅団の馬車に便乗するとは、なかなか骨のあるやつらのようだな。
まあ、城の食料庫に忍び込むのも、かなりのものだと思うけど…。
「引き取ってくれる?」
「お前は、本当にいろいろ引っ張り込んでくれるな」
「嬉しい?」
「嬉しくない」
「またまた~」
「はぁ…」
「じゃあ、よろしくね。名前は、女の子が凛、男の子が龍馬だよ」
「はいはい…」
しかし、なんかどんどん子供が増えていくな…。
本当に、そのうち孤児院になりかねないくらいに。
…まあ、でも、それだけ孤児がいるということだ。
この国は平和だが、周りではまだまだ戦は絶えることはない。
いつ、この国も巻き込まれるか分からない。
もし、そうなったら…。
「どうしたの、紅葉?お腹痛いの?」
「ん?いや…」
「そう?それならいいんだけど」
「…桐華は」
「えっ?」
「桐華は、この国が危機に陥ったとき、助けに来てくれるか?」
「え?何、いきなり?」
「いや…」
「来る来る。助けに来るに決まってるじゃない。ね、桐華」
「あ、ロセ。どこに行ってたのよ」
「どこって、ずっと紅葉の部屋にいたんだけど」
「ぼく、ずっと探してたんだからね」
「そうなの?情報屋もまだまだだねぇ」
「ぼ、ぼくは、その…。あんまり、お仕事もさせてもらえないし…」
「天照の団長とは思えない台詞ね」
「う、五月蝿いなぁ…」
「まあ、それはどうでもいいんだけど。…紅葉。そんなのは杞憂だよ。みんな、この国が好きなんだから。それに、私ら天元がいる限りは、この国で戦なんて起こさせない」
「…そうか。ありがとう」
「お礼なんて言われる筋合いはないね。みんな、やりたいことをやってるだけなんだから」
「そうか」
「うん」
そうだな。
戦なんて起こさせない。
子供たちを守るなら、それが一番確実な方法だ。
…本当は、起こさせないんじゃなくて、戦なんて起こらないのが一番いい。
だけど、必ずどこかで起こってしまう。
それはなぜなんだろうか。
今日読んだ龍の図鑑。
そこに書いてあったことに、答えがあるような気がして。
私たちがするべきことは、何なんだろうか。
風呂で温まった身体を、夜の風で少し冷やす。
結局、灯に話は聞けなかったけど。
「…姉さん」
「ツカサか。どうした」
「湯冷めするよ」
「湯冷めさせてるんだ」
「風邪引くよ」
「風邪なんて、今まで引いたことない」
「明日が初めてになるかもしれないだろ。ほら。毛布持ってきたから」
「ありがとう」
「ありがとうじゃないよ…。心配させないでよ」
「心配したのか?」
「そりゃ心配だよ」
「…そうか」
「………」
「なんだ」
「今日来た子、いるだろ?」
「ロセか?」
「違うよ…。それに、ロセさんは、子って言える年齢でもないし…」
「永遠の十二歳だそうだ」
「えぇ…。まあ、そうだとしても違うよ…。龍馬と凛って子」
「あいつらがどうかしたか?」
「どうもしないんだけど…。ただ、前に見たことがあるんだ」
「ふぅん。いつだ」
「盗賊団にいた頃。盗賊団の連中は知らないんだけど、一度、台所に忍び込んで、食べ物を盗んでいったことがあるんだ。まあ、そのときは割と余裕があって、管理が杜撰だったから…」
「そうか」
「でも、心配なんだ。またそんなことしないかって…」
「しないとは言えないな」
「うん…」
盗賊団の食料を盗んだり、旅団の馬車に乗り込んだり…。
あいつらは、かなり危ない橋を渡っているようだな。
桐華がここに連れてきたのは、正解だったのかもしれない。
ここに腰を落ち着かせてやれば、そんなことをしなくていい。
…と、廊下の方から足音がして、部屋の前で止まる。
そして、また動き出した足音は、こちらに近付いてきた。
「おまえがいろはか」
「そう言うお前は凛か?」
「うむ」
「そうか。まあ、確かに、オレは紅葉だけど」
「とーかが、いろはは、きょうから凛のおねーちゃんだといっていた」
「なら、お前のお姉ちゃんなんだろう」
「うん。それで、そっちのおまえはだれだ?」
「ツカサだよ」
「ツカサ…。ツカサは、凛のなになんだ?」
「えっ?そうだな…。お兄ちゃんってところかな…」
「じゃあ、ツカサはきょうから、凛のおにーちゃんだ」
「えぇ…」
「ふまんがあるならいえ」
「ないけど…」
「そうか」
「まあ、ツカサがお兄ちゃんなのはいいが、お前はもう少し、丁寧な言葉遣いというものを覚えた方がいいだろうな」
「んー!」
凛の頬を引っ張ってやる。
すると、抗議するように唸って。
離してやってからも、しばらく威嚇していた。
「まったく…。ゆだんもすきもないやつだ…」
「まだまだ警戒が足りないな」
「うぅ…」
「まあ、こっちに来い」
と、膝を叩く。
今さっき頬を引っ張られたばかりなんだから、多少時間が掛かるかと思ったが、意外とすんなり膝の上に座ってきて。
…ここまで無警戒なのも珍しいな。
頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らして。
「凛は、俺のこと、覚えてるか?」
「まえ、おなかがすいてたとき、たべものをくれた」
「そうか。覚えててくれたのか」
「うん。それがどうかしたのか?」
「なんでもないよ」
「うむ」
「それより、どうだ、ここは。気に入ったか?」
「うん。ごはんもいっぱいたべられるし、ふとんもある。いいところだな、ここは」
「気に入ったなら、ずっとここにいてもいいんだぞ」
「うん。おねーちゃんもいるしな」
「そうだな」
「でも、りゅーまは、おとななんてしんようしちゃダメだっていってた。なんでだ?」
「まあ、世の中には悪い大人もいるからね…」
「悪い大人に掛からないための一番の予防策は、大人を信用しないことだろうしな」
「おねーちゃんとおにーちゃんはどうなんだ?とーかとか、はるねぇは?」
「俺たちは…信用しくれてもいいと思うよ」
「わるいおとなじゃないのか?」
「まあ、その証明は難しいけどな。凛はどう思うんだ?」
「凛は、おねーちゃんもおにーちゃんも、わるいおとなじゃないっておもう」
「なら、きっとそうなんだろ」
「でも、それじゃ、りゅーまはうそをついてたのか?」
「嘘ではない。ひとつの考え方だ。でも、凛は、自分の思うように考えればいい。今までは龍馬がお前を守ってきたんだろうが、これからは、龍馬も凛も、オレたちが守ってやる。だから、何度失敗してもいい。お前の思うように行動して、お前自身の考えを持て」
「よくわからん」
「えぇ…」
「ははは。まあ、今はまだ分からないだろうさ。でも、お前はお前らしく生きろ。ここにいれば、それが出来るから」
「うむ。よくわからんが、わかった」
「そうか。それならいい」
また頭を撫でてやると、満足げにため息をつく。
人懐っこいやつだ。
だからこそ、龍馬はそんなことを言ったのかもしれないが。
…どういう経緯でここに来たのかは、ほとんど分からない。
でも、ここにいる限りは、そんな疑いを持たずに暮らしてほしい。
それはきっと、叶えられる願いだから。
私たちの手で。