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「龍の扱う術式という力は全く不思議なもので、水を操ったり、火を噴いたり、土を隆起させたりもする。どういう原理なのかは不明だが、どうやら、龍自らの体力や気力を、そういった現象を起こすための力に当てているらしい。龍がこの術式を使うと、大掛かりなものであれば、疲労して何日も寝込むということがあるようだ。そして、この術式の扱いに関しても、種類によって得手不得手がある。文献等によれば、黒龍が最も術式の扱いが上手いということである。反対に、苦手なのは赤龍のようだ。ただし、黒龍は術式の扱いは上手いのであるが、性格や気質の問題なのだろうか、川の水をそのまま雨に変えたり、地震を起こして平野に小高い丘を作ったりと、かなり大規模なものが多いらしい。そういった術式の大雑把さに関しては、次に扱いが上手いと言われる銀龍も似たようなものであるらしいので、これは獣龍としての性質なのかもしれない。繊細な術式は、三番手の白龍が最も得意なようである。実際に術式を使い、自ら針に糸を通し、細やかな刺繍を施したと言われるのが、龍昇寺に伝わる白龍袈裟である。伝承でしかないと言う者もいるかもしれないが、龍と人間が共に生活していたことは事実であるのだし、その一言で片付けてしまうのは、自分の愚かさを看板に書いて辻に立てておくようなものである」

「ちょっと待て、紅葉」

「ん?なんだ」

「突っ込む暇がない」

「突っ込む必要があるのか?」

「息が詰まるだろ。そんなに一気に読まれたら」

「りるは、そっちの方がいいみたいだが」


不意に止めた千秋を睨み付けるりる。

それを見た千秋は、それでも抵抗して。


「図鑑をただ朗読してるだけでは、何の面白みもないだろ」

「そうか?」

「少なくとも、俺はつまらない」

「でも、今日の主役はりるだ」

「みんなの幸せを主張します」

「お前の幸せだろ、今回は」

「うっ…。そ、そんなことないよな?」

「望は、どっちでもいいかな」

「私はワイワイ読む方がいいかなー」

「ほ、ほら。二対一だ。望を入れても二対二だ」

「多数決はいいけどな。でも、りるのために借りてきた図鑑なんだから、りるの好きなように読ませてやるのが一番いいんじゃないか?」

「そうだけど…」

「師匠!師匠っ!」


と、廊下から声が聞こえてくる。

秋華が稽古から帰ってきたらしい。

りるは、ピンと耳を立てて、部屋の入口の方を見る。


「師匠っ!ただいま帰りましたっ!」

「お帰り」

「あのですね、今日、光に初めて勝ったのですっ!」

「…とりあえず、部屋に入ってきたらどうだ。遠くて話し難い」

「あっ、はいっ!」


一礼をして、私の前まで走ってきて。

そして、図鑑を挟んで向こう側に正座をする。


「お帰り、秋華」

「あっ!姉さまっ!すみません、気付きませんでした。ただいま帰りましたっ!」

「うん」

「姉さまも聞いてくれますかっ?」

「聞いてるよ」

「はいっ!あのですね、私、今日、剣道の試合で、初めて、光に勝ったんですっ!」

「そうなのか」

「あの光に勝ったんですっ!やりましたっ!」

「秋華~」

「あ、りるもいましたか。今日は、お饅頭を持ってきましたよ」

「やった!」

「秋華は、騒がしくても構わないのねぇ」

「ん?わわっ!す、すみません!は、初めましてっ!秋華と申す者ですっ!」

「秋華ね。私はロセよ。旅団天元の団長なんだけど。…秋華は、ひとつのことに集中すると、周りが見えなくなったりするの?」

「は、はい…。自分では分からないのですが、よく指摘されます…」

「そう。自覚がないなんて、よっぽど天然が入ってるのね」

「……?」

「まあ、ついでに言うと、望もいるからね」

「えっ、あっ、の、望…。すみません…。全く気付きませんで…」

「いいよ、そんなの。それより、お饅頭、みんなで食べようよ」

「あっ、はいっ。そうですね」


そう言いながら、竹刀を入れた袋を下ろして、持っていた包みを開ける。

中には重箱が一段だけ入っていて、秋華がそれを開けると、饅頭が丁寧に詰められていた。

早速、りるは手を伸ばすけど、秋華にその手をはたかれてしまう。


「ダメですよ、りる。まずは、いただきますをしましょう」

「うぅ…」

「はい。手を合わせて」

「いただきます!」

「はい、どうぞ。みなさんも食べてください」

「秋華。これはどうしたんだ?」

「あ、はい。うちの板前さんが作ってくれたんです。なんでも、次の課題が、空腹から満腹までというものらしいのですが」

「ん?お前のところの板前も通ったのか」

「はい。言ってませんでしたか?」

「いや、聞いてないと思うが…」

「ユールオ予選を通ったのが、うちの板前さん、市場の食堂のオヤジさんという方、それから灯さんの三人らしいです」

「へぇ…。灯も誰も、何も言わなかったからな…」

「そうなのですか?」

「ああ。灯の祝勝会はしたんだけど…」


そうなると、予選を突破したのは、知り合いばかりになるな。

秋華のところの板前は、直接は知らないけど。


「何?料理大会?」

「ああ」

「ふぅん。そういえば、ここに来る途中、遙たちがそんな話をしてた気もする」

「…あいつらは、どこから情報を仕入れてるんだろうな」

「さあね。情報屋なんだし、独自の入手方法があるんでしょ?」

「そりゃそうだけど…。なんか不気味だと思ってな」

「まあ、そうだね。遙たちに直接言ってやりなよ」

「そうだな」


そういえば、今回はどこかの旅団を護衛してきたんじゃなかったか。

うちの連中は、ロセが来たことだけ報告してきて、肝心のところを忘れてるんじゃないか。

それとも、ここは経由せずに、直接目的地に向かったのか?

どちらにせよ、報告してくるべきことだと思うけど…。


「はぁ…」

「気苦労が絶えないね」

「いや、逆だよ。あいつらは気が回りすぎるんだ」

「へぇ。羨ましいね。うちのは頼りないのばかりだよ」

「まあ、どっちにも欠点があるということだな」

「そうだね」


一個食べ終わって、次の饅頭に手を伸ばすりるの尻尾を、なんとなく弄る。

りるは、そんなことは全く気にしてないようで。

…またあとで、料理大会予選の話を聞いておこうかな。

いや、まずは、秋華が光に勝ったという話からか。

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