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「そういえば、ユカラは?みんなと一緒に寝てるのか?」
「うん」
「そうか…。赤色について、もうちょっと聞いておきたかったんだけど…」
「また後で聞けばいいじゃないか」
「そうだな。今は紅葉もいるし」
「ワゥ」
「明日香も来てたのか」
机の下から顔を覗かせる。
「紅葉は狼の言葉を話せるんだな」
「え?」
「いやな、香具夜が教えてくれたんだけど」
「香具夜のやつ…!」
「明日香が言ってることも分かったりするのか?」
「ああ」
「へぇ。僕にも分かる言葉なのか?」
「だいたいは分かると思う。ご飯が欲しいとき、遊びたいとき、悪さをしたとき…。言語として完全に習得するのは難しいと思うけど、一緒に生活してると分かるようになってくる」
「ふぅん。動物を飼ったことはないからな」
「こいつらの言葉で、こういう音の言葉は少ない。ほとんどは身体の動きとかだな。あと…言ってもあまり信じてもらえないんだけどな…」
「何?」
「心で話すんだ。群れの中とか、心が繋がっている相手には、だいたいこの方法で話してる。…信じられない話だろ?」
すると、利家はニッコリとして、私の肩を抱く。
しばらくジッと黙って。
「伝わった?」
「…うん」
「あるじゃないか。心の言葉。人間にも。信じる信じないじゃない。みんな忘れてるだけ」
何も言わなくても伝わる。
そうだよな。
私と明日香。
人間と狼の間でも出来るんだ。
人間同士で出来ないわけがない。
みんな、やり方を忘れてるだけ。
「僕も狼の言葉、使いこなせるかな」
「…うん。きっと…ううん、絶対、出来るよ」
「ふふ、紅葉にそう言ってもらえると心強いな」
今だよ。
なんて、姉ちゃんの声が聞こえた気がした。
「い、紅葉?」
「クゥン…」
最初は驚いた風だったけど、何か納得したようなため息をついて、ゆっくりと頭を撫でてくれる。
そして、私はそのまま、眠りに落ちていった…。
優しい歌声が聴こえる…。
これは…。
「あ、起きた」
「もうすぐ夕飯だぞ」
「ん…ああ…」
いつの間にか、ユカラが来ていたようだ。
「って、え?」
私は今、利家に膝枕をしてもらって寝ている。
そして、まさに目の前に、ユカラがいる。
「どうしたの?顔、真っ赤だよ?」
「…まあ、だいぶ恥ずかしい光景ではあるな」
「と、利家!」
「……?」
よく分からないという風に首を傾げるユカラ。
「と、とにかく、内緒にしておいてくれよ、ユカラ!」
「う、うん…。分かった…」
何を内緒にしておくのかのも分からないといったかんじだけど…。
大丈夫かな…
「そ、そうだ。さっきの歌は?なんだったんだ?」
「ユカラがな。歌が上手いんだ。だから、いろいろ歌ってもらってたんだ」
「へぇ~」
「そ、そんな上手くないよ…」
「な、オレにも聴かせてくれよ」
「は、恥ずかしいよ…」
「一曲だけ、な?」
「分かったよ…」
モジモジとして、目を泳がせたりしながら、歌い始める。
眠れ我が子よ 安らかに
お月様に 見守られ
お日様に 思い馳せ
眠れ我が子よ また明日
歌い終わると、ユカラは顔を真っ赤にさせて俯く。
「ふふふ。本当に上手いな」
「ね、姉ちゃん…」
「子守唄か。オレも母さんに歌ってもらったなぁ」
「僕はもっぱら歌う方だったな」
「風華にか?」
「風華だけじゃない。村には小さい子がいっぱいいたからな。葛葉より小さい子も何人もいたよ」
「へぇ~。じゃあ、兄ちゃんは、みんなの兄ちゃんだったんだね!」
「ああ。村が大きなひとつの家族だった。もちろん、ここもな」
「家族かぁ~」
「嬉しそうだな」
「うん!」
理由は教えてくれなかったけど、だいたいは伝わってきた。
心の繋がり。
ここにもあった。