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朝ごはんは、勲特製栄養満点ガッツリ朝定食なるものだった。
夜遅くまで呑み屋をやってて、次の朝すぐに定食をやるなんて、なんとも商売魂の旺盛なことだな…と言ったら、それは違うと反論された。
朝の定食は、これから働きに出る人たちに贈る応援歌だそうだ。
だから、お金は貰うけど、儲けることなんて全然考えてないし、そもそも、出れば出るほど赤字になるそうだ。
…まあ、赤字の分は、夜にしっかり黒にしてもらうそうだが。
「ホント、朝からガッツリだったよね…。ちょっと吐きそうなくらいだよ…」
「まあ、これから働く分にはちょうどいいのかもしれないけどな」
「そうだね…」
「お腹いっぱい!」
「うん。望も」
「よかったな、二人とも。いっぱいおかわり出来て」
「うん!」
「しかし、よく食べたもんだな、二人とも。いつもなのか?」
「ああ。だいたいそうだな」
「ふぅん…。りるなんて、俺の二倍は食べてたぞ?」
「成長期なんだろうよ」
「それはそうだけど…」
千秋は、大きく膨れたりるのお腹を撫でて。
それが嬉しいのか、くすぐったいのか、りるはキャッキャッと笑っていた。
「あ、そうだ。私、ちょっと寄りたいところがあるんだ」
「ん?どこだよ」
「薬屋さん。切れ掛けの薬があったんだった」
「そうか。じゃあ、行くか?」
「ううん。私一人で大丈夫だから。あ、でも、千秋には来てほしいかな」
「えっ?別にいいけど。なんでだ?」
「荷物持ちしてもらおうかなって。結構いっぱい買い込まないといけないし。子供って、すぐに熱出したり風邪引いたりするでしょ?そういう薬がすぐになくなるんだよね」
「まあ、そういうことなら手伝おうか」
「うん。ごめんね」
「いいよ、それくらい」
「じゃあ、オレはこいつらと一緒に帰ればいいんだな」
「うん。お願い」
「分かった」
「それじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
そして、風華と千秋は薬屋に向かっていって。
すぐそこの店に入っていった。
…前を通り掛かったから思い出しただけか。
まあ、それはいいんだけど。
「りる。あまり走るなよ」
「はぁい」
「…ねぇ、お母さん」
「ん?どうした、望?」
「望の卵焼き、美味しかった?」
「昨日のやつか?ああ、美味しかったよ」
「ホントに?」
「ホントだよ。なんだ、どうした?」
「ううん…」
「…もっと、自分に自信を持て。お前のだし巻きは美味かった。それは保証する。不安になることも、怖がることもない」
「うん…。でも、お姉ちゃんも、千秋お姉ちゃんだって、上手く出来なかったのに…」
「あいつらが、ちょっと料理が下手だっただけだ。望だけ上手くいったからといって、気に病むことはない。オレたちだって、嘘はついてないし。ちゃんと、望の実力だよ、あれは」
「………」
望の頭を撫でてやると、力のない笑みを浮かべた。
…多感な時期と言うのか、自分に自信を持てない時期と言うのか。
望は、どうも自分に臆病になっているようだった。
だからと言って、私には励ましてやるくらいしか出来ないが…。
「おかーさん…」
「なんだ、りる」
「気持ち悪い…」
「腹が満杯なのに、はしゃぎ回るからだろ。ほら、ゆっくり深呼吸して」
「うん…」
「大丈夫、りる?」
「うぇ…」
はぁ…。
こいつにも困ったものだな…。
まあ、この時分の子供なんて、だいたいこんなものかもしれないが。
りるの背中をさすってる望は、ちゃんとお姉ちゃんなんだけどな。
なんとか持ち直したりるが、またはしゃぎ回らないうちに、さっさと城に戻ってくる。
ちょうど洗濯物が終わった頃なのか、裏の方が少し騒がしかった。
りるはそれが気になるのか、しきりにそちらを気にしていたけど。
「あ、りる」
「お母さん、望、りる、お帰りなさい」
「ただいま」
「響、光。どこか行くの?」
「うん。ちょっとね~」
「道場に、行くんだよ」
「そうか。そういえば、秋華も今日は剣道だったな」
「うん。秋華と、同じ日に、行くの」
「響は?」
「わたしは光の付き添いかな。暇だし」
「ふぅん…」
「まあ、気をつけて行くんだぞ」
「はぁい」
草鞋を履いて元気よく走っていく二人を見送って。
…そういえば、秋華はなぜ、道場では使わない竹刀をわざわざ持っていくんだろうか。
拳法のときは持っていかないようだし、護身用というわけではなさそうだ。
と、そんなことは、今はどうでもいい。
「りる。部屋まで戻れるか?」
「戻れる」
「じゃあ、部屋に戻ろうか。望はどうする?」
「戻る」
「そうか。それじゃあ、行こうか」
「うん」
二人を連れて、廊下を歩いていく。
向こうの方から、子供たちの声が聞こえてきて。
もうそろそろ、チビたちも起きる時間のようだった。
「みんなと遊びたい~」
「お前、まずはその腹をどうにかしないと、また気持ち悪くなるぞ」
「んー!」
「騒ぐな。じゃあな、今すぐ遊びに行って気持ち悪くなるか、ちょっと休んでたくさん遊べるようになるか、どっちがいい」
「うぅ…」
「…りる。りるは、みんなといっぱい遊びたいでしょ?」
「うん…。でも、みんなと遊びたい…」
「ちょっと遊んで気持ち悪くなるか、ちょっと休んでたくさん遊ぶか、どっちがいい?」
「たくさん遊ぶ…」
「じゃあ、ちょっと休まないといけないね」
「でも…」
「りる。ワガママ言っちゃダメ。どっちかを取ったら、どっちかはダメなの。すぐに遊ぶか、たくさん遊ぶか。そのどっちかだよ。どっちがいいの?」
「うぅ…。たくさん、遊ぶ…」
「じゃあ、何をしないといけない?」
「ちょっと休む…」
「そうだね。ちょっと休まないといけないね」
「うん…」
「じゃあ、そのためにはどうしないといけないの?」
「部屋に戻る…」
「そうだね。りるは、ちゃんと我慢出来る子なのかな?」
「うん…」
「そう。偉いね、りるは。よしよし」
「………」
不満が積もっていても、褒められては悪い気はしないんだろう。
ちょっと頬を赤くして、俯いている。
…さすが、お姉ちゃんといったところだな。
上手く、りるを説得してくれた。
りるは、それでも耳を寝かせてしょんぼりしているけど。
…とりあえず、まあ、部屋に戻るか。