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「隊長。表にあった荷車、城まで運んでおいたわ」

「ん?わざわざすまないな」

「いいのよ、そんなこと。力仕事は私たちに任せておいて」

「そうだな。それより、なんでりるがここにいるんだ?」

「んー」

「ついてきちゃったのよ、私に。隊長に会えると思ったんじゃない?」

「そうなのか?」

「んー?」

「考えはあまりないようだ」

「そうね…」


りるの頬を摘まんで、上下に引っ張る。

それが楽しいのか、パタパタと尻尾を振ってるけど。


「しかし、相変わらず騒がしいな」

「夜の釜屋は呑み屋だもの。仕方ないわ」

「そりゃそうだけど…」

「隊長は、騒がしいのは嫌いだったかしら」

「嫌いというわけではない」

「なら、ゆっくり楽しんでちょうだい」

「ああ」

「焼酎でも呑む?」

「いや、いいよ。りるもいるし。普通のお茶で頼む」

「はいはい」


透き通った、蜻蛉玉のような丸い氷が入った湯呑みが出される。

早速、りるがその氷を取り出して遊んでるけど。

勲はそれを見て、普通の氷を入れ直してくれた。


「おーい、そこのねーちゃん!酒注いでくれー!」

「ん?オレか?」

「そーだよ!他に誰がいんだよ!」

「お客さんよ、この方は」

「だからなんだってんだい!」

「…あんた、一週間出禁ね。ここに来たら握り潰してあげる」

「うぇっ?勲ちゃんよー!俺の生き甲斐を奪うのかよー!」

「ふん。礼儀も守れない酒乱のバカ野郎は二度と来んなって言ってんだ、ハゲ」

「…すみません」

「謝るんだったら最初からするなって、毎回言ってんだろ」


絡み酒のおっさんの襟を掴み上げて、ものすごい形相で睨み付けて。

勲の方が上背がかなりあるから、おっさんは宙に浮く形になる。

おっさんはそれですっかり縮み上がって、今にも失禁でもしそうだった。


「まあまあ、勲。抑えて」

「隊長さんとやら。いいんですよ。いつものことなんです、このしょうがないオッサンは」

「そうなのか?まあ、毎回とか言ってたけど…」

「いつもは千秋ちゃんに絡んでるんですけどねぇ。まあ、迷惑な絡み酒ってこってす」

「ふぅん…」


一番の常連といった風の、初老あたりの男が解説を加えてくれる。

そうしてる間に、勲はおっさんの襟を離して、厨房へ入っていってしまった。


「さあ、松さん。呑み直しましょうか」

「はい…」

「すっかり萎れてしまったな」

「ははは。まあ、気にしないのが一番です」

「ふぅん…」


すっかり放心してる松さんとかいうおっさんは、初老の男に持たされた盃を一気に煽って。

そして、何か怖いものを見た子供のように、急に泣き出してしまった。

…いや、実際に怖いものを見たんだけど。

初老の男は、困ったように肩を竦めてみせた。


「おかーさん!」

「ん?どうした」

「お腹空いた!」

「もう少し待ってろ。千秋たちが作ってくれてるところだから」

「んー!」

「騒がしくするな」

「可愛らしいお子さんですねぇ。いくつですか?」

「何歳だ、お前」

「んー、七歳!」

「七つですか。やんちゃでしょう」

「そうだな。いつも走り回ってる」

「体力を持て余してますからねぇ、その時分の子供は」

「お前から見たら、孫くらいなんじゃないか?」

「はは、そうですね。確かに、同じくらいの孫がいます」

「可愛いか?」

「えぇ。可愛いですよ」

「なんて名前だ」

「哲也、ですね。今度、また新しい子が生まれるんですが」

「ふぅん…哲也?あそこの食堂のか?」

「よくご存知で」

「じゃあ、お前は、あそこのオヤジか涼の父親なのか」

「涼がいつもお世話になっております」

「へぇ…。意外だな…。本当に親子なのか?」

「ははは。よく言われますよ」

「あのキツい性格は母親譲りか?」

「ええ。うちの妻にそっくりです。…と、こんなことを言ってると、絞られるんですが」

「ふぅん…」

「でも、いい娘ですよ。身重の今でも、週に一回は帰ってきてくれるんです。私の方から行くと言ってるんですが、動けなくなるまでは来るって言い張って。それが毎週の楽しみでねぇ」

「そうか」

「至らない娘だとは思いますが、よろしくお願いしますね」

「ああ。分かってる」


まあ、よろしくお願いするのは、むしろこっちかもしれないけどな。

…涼の父親は、りるが両手で湯呑みを持ってお茶を飲むのを、愛おしそうに見ていた。


「さあ、出来たわよ!」

「ごはん!」

「こら、りる。ちゃんと座りなさい」

「千秋、ごはん!」

「わっ!危ないだろ!」

「りる。座って待ってろ」


千秋に纏わりついていたりるを引き剥がして、きちんと座らせる。

でも、そわそわとして落ち着く様子がない。


「今日は、千秋ちゃんの初舞台よ」

「あんまり上手く出来なかったけどな…」

「そんなことないわよ。自信持ちなさいって」

「う、うん…」

「謙さんも食べてってくださいな。千秋ちゃんの自信作ですよ」

「そうですか?ありがとうございます」

「じ、自信はないからな…」

「ははは。最初は、誰でも自信はないものですよ」

「そ、そうなのか?」

「ええ。さて、千秋ちゃんの愛の手料理を、いただくとしましょうか」

「あ、愛の手料理って!」

「おや、違いましたかな。隊長さんが千秋ちゃんの想い人かと思っていましたが」

「なっ!」

「前に、そんな話をしていたでしょう?」

「き、聞いてたのかよ!」

「聞こえてきたのです」


そういえば、この前もいた気がするな。

あのときはたしか、つけ前で一人酒をしていた。


「とりあえず、いただきますね」

「うぅ…」

「謙さんには敵わないわねぇ、千秋ちゃん」

「う、五月蝿い!」

「あらあら」

「いただきまーす!」

「いただきます」

「はい、どうぞ」


りるは、パチンと勢いよく手を合わせて。

私も、一緒に手を合わせて食べ始める。

ご飯に味噌汁、鮭の塩焼き、だし巻きと、あとは、お漬け物。

朝ごはんに出てきそうな品揃えだけど。


「ん…?ちょっと辛くないか、この味噌汁」

「…味噌を入れすぎたんだ」

「じゃあ、千秋ちゃんがお味噌汁担当だったんですね」

「うっ…。そうだけど…」

「ん?これは塩焼きじゃないのか。素焼き…?」

「こっちにはたっぷり掛かってますがね」

「満遍なく振れてないのか」

「うっ…。どうせ下手くそですよ…」

「なんだ。風華が焼いたのか」

「そうだよ…」

「まあ、焼き具合はちょうどいいですねぇ」

「ありがとうございます…」

「で、だし巻きは誰が作ったんだ?」

「望だよ」

「そうなのか。美味いじゃないか」

「えへへ、そうかな」

「そうですね。これなら、料亭に出てもおかしくないですね」

「そうだな」

「う、うん。ありがとうございます…」

「………」「………」


顔を赤くする望と、落ち込む二人。

まあ、誰にでも得手不得手はあるものだ。

これからしっかり練習して、風華や千秋にも上手くなってほしいものだけど。


「はぁ…」

「ふぅ…」


とりあえず今は、立ち直らせるのが先のようだな。

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