表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
350/578

350

「上手く仕上がったね」

「そ、そうなの?」

「ツヤツヤだよ。鏡、見てみる?」

「う、うーん…。恥ずかしいからいい…」

「そう?可愛いのに」

「………」


望は顔を赤くして俯いてしまう。

…可愛いやつだな。


「姉ちゃんも、香油つけてみたら?」

「なんでだよ」

「もともと、姉ちゃんの香油なんだから。なんでってことはないでしょ」

「オレはいいよ、別に。手入れするほど綺麗な髪をしてるわけでもないしな」

「えー。よく言うよ」

「お前こそ、つけたらどうなんだ。つけてやろうか?」

「い、いいよ、別に…。それにしても、いい匂いだね。狐百合って、こんな匂いなの?」

「いや、知らないけど」

「まあ、狐百合自体、どんな花か知らないしね…。でも、なんで狐百合だったのかな。姉ちゃんは狼だし、どんな関係があるんだろ」

「さあな」

「んー…。花言葉は栄光か。なんか、これは関係ありそうだね」

「何に関係あるんだよ」

「なんか、こう、栄光~ってかんじがするじゃない、姉ちゃんってさ」

「意味が分からない」

「狐百合は、四月十六日の誕生花だよ」

「えっ?」

「千秋お姉ちゃんに聞かれたの。お母さんの誕生日はいつなのかって」

「そうなんだ。でも、誕生花?そんなの初めて聞いたよ」

「ああ。誕生石とかなら聞いたことあるけどな」

「千秋お姉ちゃんに、誕生花の本を見せてもらったんだ。なんか、いろいろ書いてあったよ」

「へぇ…。そんな本があるんだ…」

「そういえば、千秋、昼から貸本屋に行くって言ってたな。オレも行くんだけど。もしかしたら、そこで借りた本かもしれない」

「あぁ、そうかもね。でも、貸本屋か。私も行こうかな」

「千秋に聞いたらどうだ?」

「うん。あとで聞いとくよ。望は行くんだよね?」

「えっ?」

「櫛を買いに行くついでに」

「あ…。行っていいのかな…」

「ん?何を遠慮してるんだ?」

「だって、最初は、千秋お姉ちゃんとお母さんと、二人っきりで行く予定だったんでしょ?」

「風華はついてこようとしてるけどな」

「い、いいじゃん…。ちょっと考えが及ばなかっただけだよ!」

「そういうことだし、まあ、気にすることもないだろう。私が連れていくと言えば、千秋も頷かないわけにはいかないだろうし」

「強引だねぇ。姉ちゃんは」

「望が櫛を欲しがってるんだ。用がなければ外に出ないことを考えて、千秋と二人っきりの逢引と天秤に掛ければ、望の方に傾くに決まっている」

「可哀想に…」

「ふん。だいたい、千秋はそんなに度量の狭いやつじゃない。快く認めてくれるだろうよ」

「そうだけどさぁ」


どうやら、風華の中ではなかなか納得のいかない事柄らしい。

まあ、一度千秋に聞いてみれば、はっきりすることなんだから。

行く前に聞いておけば、それでいい。



ドタドタと廊下を走る音が聞こえてくる。

その音は一度医療室の前を通り過ぎ、またすぐに戻ってきた。

そして、勢いよく扉が開いて。


「終わった!」

「そうか」

「医療室では静かにね、りる」

「うん!」


分かっているのかいないのか、またバタバタと走ってきて、私の膝の上に座る。

りるの髪の毛からは、ふんわりと甘い匂いがした。


「疲れた!」

「そうか」

「おかーさん、抱っこして!」

「もうしてるだろ」

「んー…」

「ご機嫌斜めだね」

「図鑑は読まなかったのか?」

「字ばっかりで分かんなかった」

「字ばっかり?辞書でも読んでたのかな」

「普通の本が混じってたんじゃないか?」

「どっちにしろ、読めないんだったら、美希に取り替えてもらったらよかったのに」

「ヤ!」

「負けず嫌いなんだね…」

「分からないところは美希に聞けばよかったんだ。読めなくてつまらなかったからといって、臍を曲げてるんじゃない」

「うぅ…」

「でも、美希もなんで読ませてたんだろ。気付かないわけないよね」

「与えるばかりでは意味がないからな。りるが聞くまで待ってたんだろうよ」

「そうなのかな」

「たぶんな」

「…あ、いたいた」

「ん?なんだ、千秋か」


開けっ放しになっていた入口に、千秋がいた。

こっちに軽く手を振ると、中に入ってきて。


「なんだはないだろ」

「何か用か」

「いや、りるを追い掛けたら、紅葉のところに着くかと思ってな」

「探知機だね、まるで…」

「まあ、途中で見失ったんだけど。そこの角で」

「ふぅん」

「それで?何か用なのか?」

「用があるのは、むしろ私たちだけどね…」

「ん?なんだ?」

「昼から、貸本屋に行くんだって?」

「そうだけど。一緒に行くか?」

「えっ?あ、うん。それを言うつもりだったんだけどね…」

「ふぅん。そうなのか。いいんじゃないか?二人とも?」

「望は、櫛も買いに行くんだ」

「そうか。分かった。じゃあ、昼ごはんが終わったらすぐにでも行こうか」

「うん。そうだね」


やっぱり許可してくれたじゃないかと風華に首を傾げてみせると、肩を竦めていた。

千秋は、何があったのかと私と風華を交互に見て。


「そういえば、いい香りがするな。香油か?」

「ああ。望と、たぶんりるもつけてる」

「りるは知ってるけど。望は何だ?何の香油をつけてるんだ?」

「えっ?うーん…」


なぜか、恥ずかしそうにモジモジとする。

…何なんだ?

よく分からない行動。

しかし、一向に話す気配はないので、代わりに答えておく。


「狐百合だよ。お前が前に買ってきてくれた」

「あぁ、そうなんだ」

「姉ちゃん、自分の髪には一滴だって使ってないんだよ?」

「そうだろうな。使ってる方がビックリだ」

「えっ?」

「俺は別に、紅葉に使ってもらいたくて買ったわけじゃないからな。香油なんて使わないってことは分かってたし」

「じゃあ、なんで買ったの?」

「んー…。そういえば、なんでだろうな…。そうは思ってても、やっぱり、紅葉につけてもらいたかったのかもしれないな」

「ほらぁ。やっぱり」

「かもしれない、だろ。胸を張るには弱いぞ」

「うっ…」

「ははは。まあ、望につけてもらえたなら、それで満足だよ」

「………」


千秋に頭を撫でられて、また顔を赤くしている。

…何なんだろうな。

千秋に対する望の反応は。

可愛い反応だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ