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「今日は少し西洋風にしてみました」
「この赤いの、何~?」
「トマトという西洋の野菜を使った調味料らしいですよ。名前は…えっと…忘れました」
「…全体的に酸っぱい匂いがするな。それに…これはかしわの匂いか…?」
「かしわ…とは?」
「かしわはかしわだろ」
「鶏肉のことですよ。この辺の方言なんです」
「へぇ~。私のところでは言いませんでしたね…。まあとにかく、鶏肉で合ってますよ。白ご飯に、その調味料を絡めて鶏肉を入れたんです。それを卵焼きで包んで」
「ふぅん」
「オムライスって言うらしいですよ、西洋では」
「へぇ~」
「すっぱあまい」
「うん。鶏肉が美味しいね」
「響。それじゃ、葛葉の返答に、なってないよ」
「この卵焼き、甘くないよね」
「この鶏飯に充分味が付いてるからじゃない?」
「そうですね。桜さん、がっついているだけに見えるけど、意外と味わってるんですね」
「そりゃそうだよ!ボクだって、ちゃんと味わってるよ!」
「あはは、それは失礼」
「ホント、失礼だよ!」
みんな、思い思いの感想を述べていく。
それにしても、このオムライスというものは、なかなかに美味しいな。
…西洋の料理なんか、どこで習うんだろう。
あれかな…。
風華も買ってた料理本とかなのかな…。
とか思ってると、灯がその本を取り出してくる。
「風華さん。こんな高価なものを貸してくださって、ありがとうございます」
「あ、それ、露店で安く買ったんです。なかなか売れないってことで、タダ同然だったんですよ」
「へぇ~。掘り出し物ですね」
「はい。それで…相談なんですけど…」
私の方をチラリと見て、灯を厨房の外に連れ出す。
そして、何かヒソヒソ話をしているようだ。
「姉ちゃん。風華たち、何話してるのかな?」
「さあな」
「ねーねーのおさじ、ボロボロだよ?」
「あぁ…。噛み癖があってな…」
「噛み癖?」
「ああ。まあ、ユカラにはないだろうな。ほら、望のも見てみろ」
「んむ?」
「あ、こっちもボロボロだ」
「狼とか犬の小さい子に多いみたいなんだけど、口の中に入れたものを噛む癖があるんだ」
「望、もう小さくないもん!」
「けど、オレはなかなか抜けなくてな…。木匙なんか二日で噛み潰してしまって…。だから、いつもは金匙を使ってるんだけど…」
「ふぅん」
自分の匙をマジマジと見つめるユカラ。
もちろん噛み跡なんかは一切なく、綺麗なものだった。
よく見てみると、響の匙にも噛み跡がある。
鋭く切れ込んだあれは、犬歯の跡だろうな…。
相当ガッチリ噛んでるみたいだ。
「んー」
「なんだ、葛葉。足りないのか?」
「うん」
「じゃあ、オレのをやるから。風華のをあまり見てやるな」
「えへへ、ありがと。ねーねー」
「あ!ずるいよ~!望も~!」
「望はお姉ちゃんだろ。ちょっとは我慢したらどうだ?」
「お、お姉ちゃん…。望が…」
「ああ。桜は頼りないからな。望がしっかりしてくれないと」
「うん!分かった!」「なんでボクが頼りないのさ!」
「はぁ。ただいま~」
「おかえり」
桜が何か猛抗議をしているようだけど。
予想通り、風華と灯はニコニコして戻ってきた。
「料理講座、オレも混ぜてくれないか?」
「うん。いいよ…って、聞いてたの!?」
「いや、カマかけ」
「ふふ、隊長も悪い人ですね」
「まあな」
「もう!」
そして、二名ほど除いて、和やかな雰囲気で昼ごはんの時間は過ぎていく。
雨の日特有の静寂の中、聞こえてくるのはいくつかの小さな寝息。
チビたちは、いつものように昼寝。
それに加え、今日は桜とユカラまでいる。
「みんな、気持ち良さそうだね」
「ああ。まあ、いつもそうだと思うけど」
「ふふ、そうかもね」
葛葉の頭をゆっくりと撫でる風華。
葛葉は、暫くはうるさそうに耳をパタパタさせるが、そのうちにまた安らかな寝顔に戻る。
「ふぁ…。私も眠くなってきた…」
「寝れば良い」
「ユカラも寝てるし…。いっぱい教えたいことあるんだけど…」
とは言うけど、もうまどろんできている。
不思議なものだ。
眠っている人を見ると、自分も眠くなってくる。
安心するのかな。
…私も眠くなってしまわないうちに、そっと部屋を抜け出す。
向かう先は…
「ん?あぁ、紅葉。どうした?」
「と、利家が、暇してないかな…とか思って…」
「今は暇だな」
「ふぅん…」
「で、どうしたんだ?」
「い、いや…その…」
「……?」
む、無理だよ、姉ちゃん…!
恥ずかしい…!
「とりあえず、こっち来なよ。お茶、飲む?」
「あ…うん…」
机を挟んで、利家の正面に座る。
「はい、お茶」
「ありがと…」
「………」
「ね、姉ちゃんが…」
「紅葉にお姉さんがいたのか?」
「あ…いや…。そうじゃなくて…。姉ちゃんが、利家に…その…」
「ん?」
「むぅ…」
この恥ずかしいことをどう言ったものかと思案していると、利家が隣に座ってくる。
「不思議な夢を見たんだ。森の中で、すごく綺麗な狼に会って。その狼が、一所懸命に何かを伝えようとしててね」
「………」
「なんとなく分かったよ。なんでかは分からないんだけど」
「なんて、言ってたんだ…?」
「たぶん…」
………。
もう…姉ちゃん、ホントにお節介なんだから…。
小さな親切、大きなお世話という言葉がありますが、今回は違うようです。
妹想いの姉を持って、紅葉は幸せ者ですね。