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灯を見送り、秋華と一緒に歌声の主を探す。
いや、探すとは言わないか。
私は分かってるんだから。
でもまあ、秋華はそうではない。
「どこから聞こえてくるんでしょうねぇ」
「どこからだろうな」
「雨の音に掻き消されてしまいそうです」
「そうだな」
トテトテと廊下を行ったり来たりする秋華。
音が一番大きくなる点を探しているんですと言っていたが、それで本当に分かるのだろうか。
疑問に思わなくもない。
「うーん…。どこなんでしょうか…。師匠は分かりますか?」
「ん?まあな」
「はうぅ…。やっぱり、師匠はすごいです…」
「まあ、何事も練習だ。こういうのも、訓練すれば出来るようになる」
「そうなのですか?」
「ああ」
「そうですか…。私はまだまだ修練が足りないということですね…」
「まあ、そうだな」
秋華はトボトボと歩く。
感情の浮き沈みが激しいな、相変わらず。
そして、表に出やすい。
「あっ。歌が終わってしまいました」
「そうだな」
「声が聞こえなければ、探すことも出来ませんっ!」
「また歌い出すんじゃないか?」
「そうでしょうか…」
「耳を澄ませておけ」
「は、はいっ!」
まあ、ずっと歌い続けるのも大変だしな。
休憩くらいするだろう。
あと、灯を見送る前と後では歌が変わっていた。
継ぎ目は聞けなかったが、同じ歌ばかりを歌っているというわけではないということだ。
一曲歌い終わって次へ行くときに、続けざまに歌うのではなく、今と同じように休憩を挟んでいたのかもしれない。
…と、そのとき、隣で腹の虫が鳴いた。
「………」
「歌声の主を探す前に、昼ごはんにしようか」
「うぅ…」
秋華は顔を真っ赤にさせて、廊下を走っていってしまった。
まあ、どれだけ鍛練を積もうとも、生理現象には勝てないな。
腹が減るのは生きてる証だ。
…とりあえず、厨房に向かうことにする。
歌声は、もう聞こえてこなかった。
厨房に到着すると、秋華がもう椅子に座っていて。
こちらを見て、また顔を赤くしていた。
そして、隣には光が座っている。
「お母さん」
「光も昼ごはんか」
「うん。歌ってたらね、お腹、空いてきちゃって」
「歌ですか。私は、どこからか聞こえてきた歌声の主を探していたんですよ」
「ふぅん。そうなんだ。見つかった?」
「いえ…。それが…。師匠は分かってたみたいなんですけどね…」
「そっか。秋華は、分からなかった?」
「はい…」
「じゃあ、お昼ごはんを、食べたら、一緒に、探そうよ」
「えっ、本当ですか?ありがとうございますっ!」
嬉しそうに目を輝かせて、光の手を取る。
…秋華は、地で言ってるんだろうな。
まあ、いつまでも見つからない探し物を、仲の良い友達と探し求めるというのも、ある意味では、なかなか乙なものかもしれない。
「しかし、当番はどこに行ったんだ?」
「当番、ですか?」
「ああ。調理当番だ。今日は京介とか言ってたけど…」
と、調理台の上に、嫌な予感のする紙を見つける。
いちおう、手に取って確認してみる。
…旅に出ます、探さないでください。
まあ、あいつらしいと言えばあいつらしいが。
職務を放棄する者には、それなりの処罰が必要なわけで。
「た、大変ですっ!当番の方が家出してしまいましたっ!」
「いや、まあ…」
とりあえず、伝令用の笛を吹く。
そして、すぐに誰かが駆けつけてきて。
「なんか用?」
「ひやぁっ!」
「なんだ、香具夜なのか」
「なんだはないでしょ。あと、秋華、ビックリしてるじゃない」
「それは、オレの管理出来る場所ではないと思うが…」
「す、すみません…。鍛練が足りませんで…」
「紅葉、また変なこと、吹き込んだの?」
「またって何だよ。秋華に吹き込んだ覚えもないし、前科もない」
「ふぅん。まあ、いいけどね。それで、何?」
「京介がいない」
「いつものことじゃん。何?今度はもうタダ働きさせるの?」
「そうだな…。度重なる注意にも関わらず、改善の気配もないしな。もう無期限のタダ働きでいいんじゃないか?」
「ははは。可哀想に」
「いやいや、待て待て!タダ働きは無理だ!」
「うわぁっ!な、なんですかーっ!」
ガタガタと音がして、床下収納の扉が動く。
でも、ちょうど上に秋華が座っていたので、開かない。
「くそっ!なんだ、これ!」
「まあ、仕方ないね。京介は一生タダ働き、と。利家にも伝えてくるね」
「ああ。頼む」
「待て!待て!」
「ひゃっ、わわっ!」
またガタガタと動く。
が、秋華が椅子にしがみついて動かないので、扉は開かない。
…とりあえず、静まったときを見計らって秋華を横によけ、私が扉の上に立つことにする。
「ちょっ!何か乗ってるのか、これ!」
「な、なんでしょうか…。床から声が聞こえます…」
「おーい、助けてくれー」
「た、助けを求めていますよ、師匠っ」
「そうか。よかったな」
「あっ!おい!乗ってるの、隊長だろ!出してくれよ!」
「香具夜、何か聞こえるか?」
「聞こえないねぇ」
「おいってば!二人でいじめて楽しいか!」
「しかし、京介はどこに旅に出たんだろうな」
「さあね。でも、あれだけ旅に出てたら、きっといろんなところに行ってるんだろうなぁ」
「閉暗所恐怖症になったら、お前らのせいだからな…」
「昼ごはんはどうする」
「うーん…。まあ、進太でも呼んでくるよ。灯の応援から、一旦帰ってきてたはずだし」
「ん。灯、大丈夫だろうか」
「大丈夫だって。心配しなくても、灯なら」
「…まあ、そうだな」
「………」
「こ、声がしなくなりましたっ!」
「大丈夫だよ、秋華。たぶん、寝てるだけだから」
「あっ!光ちゃん!助けてくれよ!隊長と香具夜にいじめられてんだよ!」
「ひ、光に助けを求めてますっ!」
「聞こえないの」
「えぇ…」
「じゃ、まあ、とりあえず行ってくるよ」
「ああ。よろしく」
「はいよ」
そして、香具夜は厨房を出ていった。
これで、もうしばらくすれば昼ごはんにありつけるだろう。
秋華と光の二人は、扉のところに座って、少し叩いてみたりしている。
中からは、何か啜り泣くような声も聞こえるが。
まあ、自業自得、というわけだ。