表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
343/578

343

洗濯が終わると、いつかのように、広間は大量の洗濯物でいっぱいになった。

そして、また縄に乗って遊んでるチビたち。

りるも、その一人だった。

縄から縄を自由自在に渡り歩いて、もはや大道芸人だな。


「み、みんな、大丈夫でしょうか…」

「何がだよ」

「縄が切れたりしたら、危ないです…」

「大丈夫だろ、たぶん」

「えぇ…。たぶんって…」

「落ちても大丈夫なように、布団も重ねてあるじゃないか」

「それはそうですが…」

「お前も遊んできたらどうだ。楽しいぞ」

「い、いえ…。いいです…」

「そうか」


もしかして、高所恐怖症だったりするんだろうか。

しかし、秋華の心配なんて他所に、みんな思い思いに遊んでいて。

まあ、洗濯を始めたやつらも、チビたちがこういう遊びをすることは分かってただろうし、縄もそれなりのものを選んでいる。

しっかり固定もされているし、危険な箇所はどこにも見当たらない。


「あ、ここにいたんだ、お姉ちゃん」

「ん?灯か。もう行くのか?」

「うん。向こうで準備もあるしね」

「そうか」

「あっ!灯さんっ!もう行くんですか?」

「うん」

「そうですか。頑張ってくださいねっ!」

「ありがと」

「見送ろうか?」

「んー。どっちでもいいかな。みんな、会場まで応援に来てくれるって言ってるし、まあ、それなら見送りもいいかなって」

「会場?一般客が行っていいのか?」

「観戦は認められてるよ。助っ人とかはダメだけど」

「どこでやるんだ?」

「ユールオの総合会館だよ」

「ふぅん。まあ、あそこなら充分な広さはあるか」

「うん。一般観戦は二百人くらい入れるらしいけど、他のところの人もいるからね。うちも、会場に入るのは五人かな」

「そうか」

「お姉ちゃんも来る?」

「来てほしいのか?」

「んー…。緊張するからいいや」

「ふん。お前が緊張なんて、考えられないな」

「失敬だなぁ。これでも、かなり緊張してるんだよ?足もガクガクだし」

「その割には真っ直ぐ立ってるな」

「もう…。そういうこと言わないの」

「まあ、門のところまで一緒に行こうか」

「うん。ありがと」

「秋華も来るか?」

「あ、はい。是非っ!」

「よし。じゃあ、行こうか」


立ち上がって、広間を出る。

雨だし、チビたちはみんな広間にいるからか、廊下は閑散としていた。

桜に限らず、雨が降ったら気力が減退するというやつはたくさんいる。

そういうのもあるんだろう。


「いつも思うんだけどさ」

「なんだ」

「お姉ちゃんって、なんでそんなになんかいろいろ出来るの?」

「あっ!そうですっ!師匠は武道にも長けてらっしゃいますし、絵も上手いですし…。一人でそんないろいろ出来て、ずるいですっ!」

「ずるいって…。オレ自身、そんなに出来るとは思わないけど…」

「お姉ちゃんが出来てないなら、私なんてダメダメじゃない」

「私なんて、ダメダメダメダメですよっ!」

「オレを過大評価しすぎだし、自分自身を過小評価しすぎだ、それは」

「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」

「私は、過小評価出来るほど大きなものは持ってませんし…」

「オレはお前たちが持ってないものを持ってるかもしれないが、お前たちはオレが持ってないものを持っている。人間の価値なんて、横に並べて較べられるものでもない。一人一人、唯一無二の存在なんだからな」

「でも、同じものなら較べられますよね…。私は、師匠には武道では敵いませんし…」

「オレは秋華より修練を積んできたというだけだ。持っている力の差ではなく、経験の差ということ。オレと同じだけ修練を積めば、秋華ならオレなんて軽く越えていけるだろう。持っている力を較べるとするなら、お前の方が上だ」

「言う人が言えば、嫌味にだって聞こえるんだけどね、そういうのは。でも、お姉ちゃんが言えば、そうでもないよね」

「オレは嫌味で言ってるわけじゃないからな。まあ、それに関しては、ある種の能力と言えばそうなのかもしれない」

「師匠は、多くの能力を持っています…。それでいて、ちっとも嫌味じゃない…。やっぱり、すごい方なんです…」

「…お前たちは、もっと自分を観察するところから始めた方がいいかもな。持っていないものじゃなくて、自分が持っているものを認識するんだ」

「お姉ちゃんもね」


…二人とも、私が何かいろいろ持ってるというようなことばかり言うけど。

でも、私からしてみれば、二人の方が煌やかなものを持っている。

ただ、それに気付いてないだけだ。


「ん、あれ?」

「なんだよ」

「なんですか?」

「歌が聞こえる」

「…そういえば、お前、陽城春子って知ってるか?」

「知ってるよ。それがどうかしたの?」

「いや、りるがそいつの歌を知ってるらしくてな。なんでだろうと思ってたんだ」

「ふぅん。歌ってたの?」

「ああ」

「そうなんだ。でも、吹き込んだのは私じゃないよ。美希だから」

「美希が?」

「うん。お姉ちゃんは知らないかもしれないけどね」

「…うん?何を知らないんだ?」

「まあ、そういうことだよ」

「勿体振るな」

「秋華は、陽城春子のこと、知ってる?」

「はい。歌だけですが」

「歌だけ?珍しいね」

「私の執事が熱心な追っ掛けなんです。だから、歌は知ってるのですが」

「へぇ。そうなんだ」

「美希さんがどうかしたのですか?」

「ん?んー、まあね」

「……?」

「そこまでして隠す必要があるのか?」

「本人は、結構嫌がってるからね」

「ふぅん…。そういうことか」

「えっ?どういうことなんですか?」

「まあ、分かってくれない方が、私としても美希としても有難いんだけどね」

「はぁ、そうですか…」


つまり、美希が陽城春子の正体というわけか。

しかし、そんなに人気の歌手なのか、あいつは。

まあ、旅の路銀稼ぎには、一曲歌って…というのはちょうどよかったのかもしれない。


「それにしても、あの歌、何なのかな」

「さあな」

「誰が歌ってるんだろ」

「えっ、歌ですか?私には聞こえないですが…」

「どこから聞こえてくるんだろ。不思議な歌だね」

「まあ、そうだな」

「うぅ…。仲間外れにされてる気分です…」

「んー…」


灯は秋華の髪を触りながら、首を傾げる。

…誰が歌ってるのか、というのは分かる。

どこで歌ってるのかも。

でも、この雨には似つかわしくない歌だった。

少し物哀しい旋律の、それでいて、希望に満ちた歌。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ