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波乱の朝ごはんは無事に終わった。

調理班の何人かは、朝に働くという珍しいことをしたので、再起不能になっていたけど。

幸い、灯はその中には混じっていなかった。

また手持ち無沙汰になったので、一度広間に戻ると、有志によって縄が張り巡らされ、洗濯が始まっていた。

さすがに、二日溜めるのは我慢ならないということか。

前は、一週間に一回だったのにな。

中の様子を窺っていると、香具夜がそれに気付いてこっちにやってきた。


「あ、手伝いにきたんだ?」

「いや、違うな」

「じゃあ、洗濯物はあっちに置いてあるから。床になるべく水を溢さないように洗ってね」

「はぁ…」

「へぇ~。ため息つくほど嬉しいんだ」

「人の気持ちを考えましょう、というやつだな」

「あんまり褒めないでよ」

「ふむ。どうも話が噛み合わないな」

「はいはい。不平不満は終わってから聞くから、とりあえず諦めなさい。ふふ、戻ってこなければよかったのにね~」

「そうだな…」

「師匠っ!洗濯桶、確保してきましたっ!」

「ほら、秋華もやる気満々みたいだし。師匠としては、いいところを見せておかないといけないんじゃない?」

「いいところねぇ…」

「そうそう。いいところ」


まあ、仕方ない…。

諦めるか…。

いいところを見せることにはならないと思うけど…。

とりあえず、秋華の確保したという桶に向かう。

少し振り返ってみると、私と同じように広間の様子を見に来た者や、ただ前を通り掛かっただけのやつも、香具夜に捕まって引き入れられていた。

…あいつらも、とんだ災難だったな。

と、入口の集団を掻き分けて、パタパタと走ってくる影がひとつ。


「おかーさん!」

「りる。お前も洗濯しにきたのか?」

「んー?」

「違うみたいだな…」

「えへへ。お母さんの匂いがした~」

「そうか。匂いを追ってきたのか」

「うん!」

「師匠っ!洗濯物、取ってきましたよっ!」

「………」


秋華の声はすれども、姿は見えない。

いや、ただ、籠に入れてきた洗濯物の山に隠れて見えなくなってるだけなんだけど。

りるの頭を撫でてやりながら、山が動く様子を眺める。


「よいしょっと。ふぅ…」

「お前、これ全部洗うつもりか?」

「えっ?あ、はい。これでも、たった十分の一くらいですよ」

「………」


まあ、やる気があるのは結構だ。

でも、今ざっと見ただけでも、二十組は洗濯をしている。

洗濯物が全員に等分されるとして、これはつまり二組分だ。


「あ、りる。りるもお手伝いしにきたのですか?」

「お手伝い?」

「洗濯ですよ。服を、ゴシゴシキレイキレイにするんです」

「んー」

「楽しいですよ?」

「じゃあ、やる」

「そうですか。りるは偉いですね」

「えらい?」

「はい。偉いですよ~」

「ん~」


褒められて気分が良くなったようだ。

嬉々として、桶の前に座り込む。

そして、山から誰かの下着を引っ張り出してきて、早速洗濯板で洗い始める。


「あした~あした~のあさは~」

「あ、りるは、ちゃんと洗濯が出来るんですね~」

「ん~」

「そうですよ。しっかりゴシゴシしてくださいね」

「あした~あした~のあさは~ん~ん~ん~」

「なかなかの手練れですね、りるは。洗濯しながら歌を歌うとは、匠の為せる技です」

「そうなのか…?」

「ええ。洗濯初心者から洗濯上級者までは、洗濯中に歌うことを許可されていません。洗濯玄人や熟練洗濯兵だけが、洗濯中に歌うことを許されているのです」

「へぇ…」


熟練洗濯兵?

洗濯で戦でもするんだろうか。

まあ、そんな平和な戦なら大歓迎なんだけど。

しかし、何を競うんだ?

手際の良さか?

綺麗にする技術か?


「あかるい~あかるい~みらい~ん~ん~ん~」

「何の歌なんだ?」

「んー?」

「自作か?」

「えっと、陽城春子さんの歌ではないでしょうか。歌詞からすると、ですが。たしか、"明日"…という歌だったと思います」

「ふぅん…。なんで、そんな歌を知ってるんだ」

「どこかで聴いたのではないでしょうか」

「まあ、そりゃそうだけど…。お前は、なんで知ってるんだ?」

「執事の方に、陽城春子さんの熱心な追っ掛けがいまして。私のお世話をしてくださってる方なのですが、よく歌っているんです。だから、私も覚えちゃいました。他にも、いくつか覚えた歌があるのですが。上手いんですよ、歌。私の執事さんは」

「ふぅん…」


本業の歌手、ということか。

陽城春子は芸名だろうな。

どんな歌手なんだろうか。

りるのを聴いてる限りでは、演歌とかではなさそうだけど。

音程がかなり外れてるから、詳しくは分からない。


「ゆめ~ゆめをおいかけて~ん~ん~ん~」

「ん~ん~ん~って何なんだ」

「んー?」

「りる独自の編曲ではないでしょうか。本来は、頭の言葉も繰り返しませんし。音も…もとの歌からはかなり編曲されてますね…」

「じゃあ、ほとんどりるの歌じゃないか。歌詞の原型があるというだけで」

「まあ、そうですね」

「んー」


でも、りる自身は気に入ってるらしい。

機嫌良く歌っている。


「あした~のあさは~」

「ん~ん~」

「あかる~いみらい~」

「ららら~」

「ゆめを~おいか~け~て~」

「なにぬね~」


秋華も歌い始め、りるがよく分からない鼻唄で合いの手を入れる。

…三拍子の歌なのか。

それに、かなり最近風の歌だな。

それこそ、どこかの路上で弾き語りをしていそうな。

りるも、何回も聴いていたのか、合いの手もピッタリだった。


「りる、合いの手が上手いですね」

「んー?」

「音程もバッチリですよ」

「オンテー?」

「はい。りるは、絶対音感とか持ってるのでしょうか」

「さあな。でもまあ、分かって合わせてるわけでもなさそうだな」

「ん~」

「ふむ…そうですか」


今日は褒められ通しで、気分も最高潮らしい。

パタパタと尻尾を振り、耳も忙しなく動き、鼻唄の声も大きくなってきている。

…まあ、それであんまり調子に乗り過ぎてもダメなんだけど。

とりあえず、今は、りるのやりたいようにさせておいてやるか。

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