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「はぁ…」
「なんだ、ため息なんかついて」
「師匠…。今日も雨です…」
「そうだな」
夜が明けて半刻は経っただろうか。
珍しく、そんな普通の時間に起きたわけだが。
ツカサはもういなくて、望と風華が、私が起きるのとほぼ同時に起きてきた。
秋華はツカサと同じくらいに起きていたらしく、でも、騒がしてはいけないと思ったのか、私の布団に潜り込んでジッとしていたらしい。
まあ、そうしてる間に、二度寝してしまったようだけど。
とりあえず、二度寝から起きた秋華を連れて、まだゆっくり寝ているやつらを起こさないように、広間に来ていた。
「憂鬱です…。せっかくのお休みの日なのに、二日続けて雨なんて…」
「今日も休みだったのか?」
「はい…。今日もお休みでした…」
「稽古の回数は、割と少ないんだな」
「んー。両方とも、十日に三回ずつです。稽古の日は重なりませんので、十日のうち四日はお休みなんですよ」
「ふぅん…」
「剣道と拳法が互い違いに三日、間の二日がお休みで、また三日、二日休みと続きます。一回一回、最初の日の武道が変わるので、たまに間違えて、秋華は慌てん坊だなぁ、まったく仕方ないなぁと笑われてしまいます」
「そうか。…しかし、稽古のある日自体は規則的ではあるけど、ひとつひとつを取って見れば、えらく変則的だな」
「いえ。両方とも、稽古の日は同じなんです。三日二日三日二日と。でも、私は両方に行くので、互い違いに取っているというだけです」
「あぁ、なるほどな」
十日に三日しか稽古がないのなら、いくらなんでも少なすぎるしな。
武道なら、十日に六日でも少ない。
毎日あってもいいくらいだけど。
まあ、足りないところは、自主練習とかで補っているんだろう。
休養も大事だしな。
「それで、稽古のない日は、お前はどうしてたんだ?」
「えっ?あ、自主練習とかですよ。寺子屋に飛び入り参加したりもしてましたが」
「ふぅん。寺子屋?」
「はい。正光が行ってるので、それについていくんです」
「あぁ、なるほどな」
「読み書き算盤を教わるのですが、さすがに絵の描き方までは教えてもらわなかったので…」
「まあ、そうだろうな」
「でもでも、楽しいんですよっ。分からなかったところが分かると、なんか、こう、ほわぁ~となるんですっ!」
「…ふふふ」
「な、なんで笑うのですかっ!」
「はは、いや、面白いからだけど」
「うぅ…」
まあ、言わんとしているところは分かる。
秋華のあの表現は、非常に分かりやすい。
でも、身振り手振りで一所懸命に説明してる中、そんな表現で不意打ちをされては、笑わずにはいられないだろう。
「とりあえず、勉学に励むのはいいことだ。飛び入り参加ではなくて、本格的に通ってみたらどうだ?二日休みのうちの一日だけでも」
「心の鍛練ですかっ」
「まあ、それもあるだろうな」
「は、はいっ!では、早速申請してきますっ!」
「あ、おい、待てって」
…行ってしまった。
こんな時間にやってるわけがないのに。
なんというか、直情径行というか、真っ直ぐすぎるというか…。
しばらく外を眺めながら待っていると、パタパタと足音が帰ってきて。
「師匠っ!雨ですっ!今日は雨でしたっ!」
「そうだな」
「それに、こんな朝早くから寺子屋が開いてるわけないですっ!」
「そうだろうな」
「困りましたっ!」
「いや、まあ…」
とりあえず座らせて、落ち着かせる。
それから、どうしたものかと思案して。
…まあ、まずは朝ごはんかな。
厨房は、いつもとは違う雰囲気だった。
まあ、そりゃそうか。
「あ、お姉ちゃん。おはよ」
「おはよう」
「秋華も、おはよ」
「おはようございますっ。えっと、灯さん。今日は、料理大会でしたよねっ」
「うん、そうだよ」
「あ、あの…。私は何も出来ないのですが…。頑張ってくださいっ!」
「ありがと。でも、いいのかな、私の応援なんてしちゃって」
「えっ?」
「秋華の家の板前さん、出るんでしょ?」
「あ、はぁ。出るんでしょうか」
「えぇ…」
「出るとはっきり聞いたわけではないので…」
「んー…。そういや、そうだったね…」
「す、すみません…」
「謝ることなんてないよ。分からないのは仕方ないんだし」
「は、はい…」
「まあ、秋華の板前が出ようが出るまいが、お前の最善を尽くすだけだろ?」
「うん。当たり前じゃない」
「ああ」
とりあえず、近くの椅子に座る。
…厨房には、調理班のやつらが集結していた。
普段、こんな時間に見ないようなやつもちらほらいるが。
とにかく、そんなかんじで密度が高くなってるから、厨房はいつもより狭く感じる。
「それで、朝ごはんは?」
「えっ?」
「朝ごはんだよ、朝ごはん」
「あぁ…。食べるの?」
「…作ってないのか」
「あはは…。お腹空いてないでしょ、別に」
「今すぐ作れ」
「だって、激励会だよ?朝ごはんなんて作ってられないよ」
「職務を放棄するな。ほら、お前らも。朝ごはんだ」
「えぇー。いいじゃないですか、一日くらい」
「今月の給料なしか、今すぐ朝ごはんを作るか。好きな方を選ばせてやる」
「作らせていただきますとも、はい。精魂込めますよ」
「まったく…」
寝坊はしなくとも、職務怠慢だな、相変わらず…。
本当に給料を減らさないといけないかもしれないな…。
「おい、当番誰だよ」
「あー?京介じゃないか?」
「来てねぇぞ、あいつ。まだ寝てんじゃないのか?」
「なんだと!起こせ!今すぐ起こせ!」
「ガッテン承知の助!」
「寝坊なんて仕方ないやつだねぇ、京介は」
「天に向かって唾を吐くとは、まさにこのことだな。サイ。お前も、ちゃんとした時間に起きてきたことないだろ」
「そ、そんなことないですよ…」
「ふぅん?」
「…すみません」
「まったく…」
集まっていた調理班は、当番の京介を起こしに行く者と、とりあえず何かを作っておく者の二手に分かれて。
灯も、何かを作っておく者に混じっている。
…まあ、ちょうど緊張も解れていいかもしれない。
が、こんなことにならないように、普段からちゃんとしておいてほしいものだ。
まあ、何にせよ、腹の虫を鳴かせて顔を真っ赤にしている秋華と一緒に、朝ごはんが出来上がるのを待つことにする。