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果たして、夕飯は肉じゃがだった。
どういう方針にするかは決まったのか、皿はひとつだけだったが。
朝食べた、一番普通の味付けのもの。
薄くもなく、濃くもなく。
隠し味とかでも、奇をてらっていることのない一品。
「肉じゃがは、もうしばらく遠慮したいね…。一日で一年分くらい食べた気分だよ…」
「そうだな」
「風華、紅葉。灯だって一所懸命なんだ。あんまりそういうことは言ってやるな」
「そうだけどさぁ…」
「しかし、よくこれだけ肉やじゃがいもを集められたな。保存が利かないだろ?」
「独自の入手経路があるんだよ」
「ふぅん…」
「でも、美味しいよね、これ。箸が進むというかさ。ご飯が美味しいというか」
「課題が、ご飯に添える一品だからな。もちろん、合って然るべきだろう」
「えっ、課題なんてあるんだ」
「なんだ、知らなかったのか?」
「知らないよ。料理大会なんて、出る機会もないしね」
「ふむ…。そうか…。まあ、参加者全員が、無秩序に思い思いのものを作ったら収拾がつかなくなるし、審査も難しくなるだろ。そういう大会もないことはないが。課題を決めて、それに沿ったものを作らせることで、審査もしやすくなるし、参加者も目指すべきものを見据えやすくなるだろ?」
「ふぅん」
「まあ、そんなところだ。ルクレィ料理王決定戦というくらいだから、課題も漠然としていて、捉え所がないんだな。さすがの灯も、だいぶ悩んでいた」
「なんで灯が選ばれたの?」
「私たちには得意分野と苦手分野があるんだよ。こういうわけの分からない課題に対しては、灯がいいだろうという判断が下されたんだ。個人戦では、最初に出た課題が、それ以降も似たような形式で引き継がれる。団体戦なら、最初は精進料理、次は家庭料理といった風な、全く違う課題を出すことも出来るが。いろんな料理を個人で作らせるのは、かなりの負担になるからな。おおまかな方針は、最初の課題で判断出来るようになってるんだ」
「ふぅん。でも、なんで、わけの分からない課題だったら灯なの?」
「あいつには、並外れた発想力と新しいことに挑戦しようという心がある。突飛な課題にも、柔軟に対応出来ると考えられたからだ」
「灯の発想力って、そんなに並外れてたっけ…?普通の人よりはいいとは思うけど…」
「まあ、正確に言えば、背後に強力な助言者がいるということだな。他の誰よりも、その助太刀を得やすい位置にいるのは間違いないだろ」
「あぁ…」
「…なんで、オレを見るんだよ」
「いや、姉ちゃんって、いろんな分野で並外れてるよなぁって思って」
「変人扱いするな」
「んー。どちらかと言うと、超人?」
「ふん。その二者は紙一重だと思うけどな」
「何が言いたいんだよ、美希」
「さあな」
まったく…。
なんで、オレが変人扱いされないといけないんだよ…。
それに、そんな並外れた発想力なんてのもないし…。
「まあ、そういうことだ。灯一人でもそれなりにやっていけるが、さらに少し手掛かりを与えられれば、大きく躍進することも出来る。だから、選ばれたんだ」
「へぇ~。料理大会って言っても、なかなか奥が深いんだね」
「きちんと作戦を立てることは、確実な勝利には必要不可欠だ。何の考えもなしに登り詰められるほど、料理王の称号は甘くはないよ」
「まあ、そうだけどね」
しかし、灯が料理王になったところで、それは灯だけの称号になるんじゃないかとも思う。
…まあその辺は、あいつも言ってた、団結力の見せ所ということなのかもしれないけど。
一人の栄誉は、それに関わったみんなの栄誉、ということなんだろうな。
雨はやっぱり降り続いていて。
ナナヤも、つまらなさそうに、布団の上でゴロゴロしている。
「進太と外に出られなくて残念か?」
「お、お姉ちゃん!い、いきなり何よ!」
「なんだ、図星か」
「ち、違うもん…」
「ナナヤ、進太とは上手くやっているのか?」
「う、うん…。まあね…って、何言わせるのよ、ツカサ!」
「……?何か恥ずかしいことでもあるのか?」
「は、恥ずかしいよ!当たり前じゃん!」
「ん?そうか?」
「ツカサはニブチンだから分かんないんだよ…」
ナナヤは顔を真っ赤にさせて、布団の中に潜り込む。
布団から尻尾だけが出ていて、それが左右に揺れているのが面白かった。
「何なんだ?」
「ナナヤの気持ちは分からんでもないけどな」
「そうなのか?」
「まあ、分からないなら、ずっと分からないままだろうな。でも、それが悪いとは言わないし。ちょっとした感じ方の違いだけだ、こういうのは」
「ふぅん…」
「お前は、望のことが好きだということが、みんなに知れ渡っても平気だと思っている。ナナヤは、進太のことが好きだということが、みんなに知れ渡るのは恥ずかしいと思っている。それだけのことだ」
「そうか」
ツカサは、もうそれ以上興味はないといった風に、窓の外を見て。
まあ、感じ方の違いの問題だとなれば、それ以上考えることもないしな。
…と、廊下を走る音が近付いてくる。
この足音は…。
「師匠っ!」
「秋華。まだ帰ってなかったのか?」
「いえ。今日はもうこちらに泊まらせていただきます。家にもそう言っておきました」
「そうなのか」
「はいっ」
「どこで寝るんだ?」
「この部屋だと、風華さんから聞いていますが」
「なんだ、千秋の部屋じゃないのか」
「姉さまの一人の時間を邪魔するのも悪いと思いましたので」
「あいつも、秋華と一緒に寝られるとなれば、喜ぶと思うんだけどな」
「い、いえっ!わ、悪いですっ!」
…どうやら、千秋の一人の時間どうこうよりも、秋華の照れの方に原因があるらしい。
風華も、それを提案しなかったわけがないしな。
この調子では、千秋と秋華が二人で寝るなんてことは、なかなか難しいかもしれないな。
「まあ、好きなところに寝るといい。それとも、このお兄ちゃんの胸に抱かれて眠るか?」
「姉さん!」
「は、はぁ…。あ、あの、よろしければ、是非っ」
「…秋華は満更でもないみたいだな」
「わ、私、兄さまというものに憧れていたんですっ!あ、あの、もちろん、姉さまも、そういう意味では兄さまなのですが…。そ、そうではなくってですね…」
頬を赤らめながら、何かをブツブツと呟いている。
ちょっとした冗談のつもりだったが、秋華の何かに触れるものがあったみたいだな…。
「あ、あのっ!」
「えっ。あ、何?」
「に、兄さまと呼んでもいいですかっ!」
「え、あ、はぁ…。どうぞ…」
「えへへ…。ありがとうございますっ!それでですね、それでですねっ」
「あ、うん」
「私のことは、秋華、と呼んでくださると嬉しいですっ!」
「うん…。まあ、分かったよ…」
「えへへ」
秋華はニッコリ笑顔。
そんな笑顔を見せられては、ツカサも悪い気はしないらしい。
少し戸惑いながらも、笑顔を返す。
まあ、その調子で、仲良くなっていってくれればいいさ。
千秋も、その方が喜ぶだろ。
…たぶん。