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「これは?」
「「セゥナ」」
「正解。じゃあ、こっちは?」
「ナムナ」「ナムゥク」
「あれ?どっち?」
「葉脈の並びが交互だから、ナムナでしょ」
「え~。ナムゥクだよ」
「絶対ナムナ」
「むぅ…」
「ユカラが正解。ナムナは交互、ナムゥクは同じ場所からだよ」
「はぁ~。やっぱり、望は外で遊んでる方が楽しい~!」
「雨が降ってるんだから、仕方ないでしょ。それに、望もだいぶ良い線いってるじゃない」
「そ、そうかな?」
「うん。すごく良いかんじだよ」
「えへへ」
「じゃあ、次いくよ?」
「うん!」
巳の刻くらいから雨が降り始め、正午を前にして豪雨となっている。
洗濯物は早々に取り込み、今は風呂場や廊下で干している。
そして、外では遊べないからと帰ってきたチビたちは、ユカラと一緒に薬草薬鉱の暗記に挑戦していたが、今は望しかいない。
「ん~」
「葛葉、響。床に、落書きしちゃ、ダメだよ」
「えぇっ!?」
「大丈夫だ。水で綺麗に消える墨だから」
「見て見て~。あぶらげの絵~」
「…もっと良い絵、描きなよ。わたしは、お母さんの絵だよ」
「上手く描けてるな」
「えへへ、そうでしょ」
…どう見ても、達人芸としか思えない絵。
鏡を見てるとしか思えないくらいのものが、そこに描かれていた。
「うーん…えっと…」
描いてもいいと分かれば、光も筆をとって床に描き始める。
光の方は、年相応といったかんじ。
ていうか、響のが不相応すぎるのか…。
一瞬、天才という二文字が頭の中をよぎっていった。
「オレも何か描いてみるかな」
「おぉ~」
筆をとり、サラサラと床の上を滑らせていく。
…ものの数分で描きあげてしまった。
「何これ?狼の絵?」
「ああ。オレの姉貴の一人なんだけど、ホントに器量良しで綺麗で…」
「ふぅん」
「憧れだったなぁ。ああいう狼になりたい、っていう目標でもあった」
でも、もう…いないよな。
十何年も前の話だ。
姉ちゃん…。
ちゃんとお別れも言えなかったな…。
「ワゥ」
『…そうだよな。きっと、姉貴も…母さんも…。ありがとう、明日香』
「お母さん、どうしたの?泣いてるの?」
「うん。再会の涙。また会えたねって」
誰も、遺された人々が哀しむことを望んだりはしないだろう。
自分のために涙を流すくらいなら、笑っていてほしいと願うんじゃないか?
大丈夫だよ、って。
元気でやっていけるよ、って。
もう会えなくなるわけじゃないんだ。
これからは、ずっと傍にいててくれる。
みんなの一番近くに。
…心の中に。
涙は、別れるときに流すんじゃない。
また会えたときに流すんだ。
いつも、私自身が言ってること。
明日香に思い出させてもらうとは思わなかったけど。
うん。
私、ちゃんと元気でやってるよ。
みんなと、幸せに暮らしてるよ。
だから、心配しなくても大丈夫だよ。
気がつくと、森の中にいた。
…さっきまで医療室にいたよな?
なんで?
『紅葉』
『え…?』
振り返ると、姉ちゃんがいて。
『な、なんで!?』
『ふふ、紅葉のことが気になって』
『姉ちゃん…姉ちゃぁん…』
『あらら。泣き虫は治ってなかったの?』
『会いたかった…!会いたかったよぉ…!』
『うん。私も』
『私、ずっと心残りで…。みんなにお別れが言えなかったこと…』
『あのときは急だったからね』
『だから…私、ちゃんとお別…』
『ダ~メ。泣いてるときにお別れしちゃダメって、いつも言ってるでしょ?』
『…うん』
『それに、それは再会の涙でしょ?私は流せないけど、また会えたねって証だから。お別れを言っちゃダメな理由がふたつもあるんだから、ね?』
『うん。言わない』
『ふふ、えらいね、紅葉は』
そう言って、私の頬を優しく舐めてくれる。
『ねぇ…』
『もう…いつまで経っても甘えたさんなのね。ほら、来なさい』
『えへへ』
横になった姉ちゃんのお腹の上に頭を置いて、寝かせてもらう。
ふわふわの綿毛が、本当に気持ち良くて。
『利家くんにも、もうちょっと甘えてあげたら?』
『なっ!?』
『ふふ、ずっと紅葉の傍にいたからね』
『姉ちゃん!』
『ふふふ。私も利家くんは良いと思うよ。誠実そうだし』
『でも、政務ばっかりで…。会うのは夕飯のときくらい…』
『紅葉から会いに行ってあげれば良いじゃない』
『そ、そんなこと…出来ないよ…』
『はぁ…。二人とも奥手って、すごく大変ね』
『お、奥手って…』
『思いきって行ってみなさいよ。きっと、利家くんも待ってるわよ』
『うん…。分かった…』
『お休み、紅葉。また会おうね。
今日見る夢は 何色だろう?
明日の天気は どうなるのかな?
気になるけれど もう寝ようか
明日はきっと 今日より良い日だから』
心地良い響き。
懐かしい姉ちゃんの…子守唄…。
ゆらゆらと揺れる感覚。
「お昼ごはんだよ~。お母さん起きて~!」
「ん…?ああ…そうか」
夢…だったのか?
でも、良かった…。
姉ちゃんに、また会えた。
「えへへ。お母さん、嬉しそうな顔、してる」
「そうかもな」
「なんで?」
「内緒だよ」
「えぇ~」
そして、響と光を引き寄せて頭を撫でてやる。
「えへへ。痛いよ~」「ん~」
「よし、昼ごはん、食べにいくか!」
「「うん!」」
姉ちゃんに教わったこと。
みんなに教わったこと。
次は、私が教えていく番。
そうやって、繋がっていくんだな。
紅葉は甘えたさんだったんですね。
意外でしたか?