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雨はずっと降り続いている。
空も暗いままだし、今日のところはやみそうにないな。
「陰鬱だねー、雨なんて」
「そうか?」
「桜じゃないけど、外に出たくなくなるってのも分かるなぁ」
「まあ、雨の日に外に出たくなるやつも、なかなかいないだろうけど」
「はぁ…」
ユカラはため息をついて、床に寝転がる。
それから、退屈そうに自分の三編みを弄り始めて。
「なんかあれだよねー。こういう日って、事件とか起こりそうだよね」
「小説の読みすぎだ、それは」
「えぇ~。推理小説とか面白いのに」
「この城で殺人事件でも起こす気か」
「甘いなぁ、姉ちゃんは。殺人事件だけが推理小説じゃないよ?」
「雨は陰鬱だと言っただろ、お前。そういう場所で起こる事件は、殺人事件と相場が決まってる。陰鬱な雰囲気に大団円は似合わないからな」
「まあ、そうだけどさぁ」
「相場だからと言って、それが正しいとも限らないがな。大なり小なり、事件なんていうのは起こらない方がいいんだよ」
「だがしかし、事件というものは、往々にして、私たちの予期せぬところ、予期せぬ形で起こるものだ。たとえば、私が持ち込もうとしている事件」
「あ、美希」
部屋の入口に立っていたのは美希だった。
傍らには、何かどよどよと暗い陰を背負っているりるの姿も見える。
「なんだ。持ち込んできた事件ってのは」
「まあ、そうだな…。気になるか?」
「えぇ、何?気になる!」
「お前が、持ち込もうとしている、とか言ったんだろ…」
「まあまあ、そう慌てるな。順繰りに話していこう」
「う、うん…」「………」
美希はこちらを見て、小さく頷く。
私も、それに応えて頷いて。
まったく…。
りるが何か一枚噛んでいるのは明らかだが、犯人なのか被害者なのか、それは分からない。
「まず、私は、蔵書庫から本を運び出していた」
「ごめんなさい…」
「えっ?」
「うぅ…。りるがやったの…」
「かくして、事件は解決したのであった」
「早っ!解決早っ!事件が始まる前に終わったよ!」
目に涙を浮かべながら、りるは私のところまで駆けてきて、服にしがみつく。
…まあ、美希が本を運びに蔵書庫と部屋を往復してる間に、りるが何かをやらかして、自分はやってないと美希に嘘をついた、というところだろう。
それならと、美希も私に報告しに来た。
それで、りるは私に怒られるのが嫌で、自白をした…と。
ユカラには悪いが、事件でもなんでもなかったな。
「以上だ」
「何この生殺し感…。結局、美希が本を運んでたことと、りるが何かやったってことしか分からなかったよ…」
「ん?全容を知りたいのか?」
「えっ?まあ、そりゃね」
「そうだな。オレとしても、何があったのか分からなければ、こいつの処置をどうするかも判断出来ないし」
「ん、そうか。なら、話すとしよう」
「………」
りるは聞いているのかいないのか、私の胸に顔を埋めたまま、全く動こうとしない。
仄かに、朝の香油の匂いがした。
「私が蔵書庫と部屋を行き来してる間、りるは私の部屋で待っていた。そして、そろそろ最後かというときに、事件は起こった。ある一冊の図鑑の背糸が千切れて、バラバラになっていた。まあ、近くにはりるがいたわけだが、どうしてこんなことになってるのか、分からないと言う。誰かがバラバラにしていったとも言ったな」
「………」
りるの身体が震え始めていた。
まあ、その状況で誰がやったのかなんてのは、明らかではあるな。
「とりあえず落ち着かせてから、もう一度話を聞いた。すると、何も覚えていないと言う。誰かがやったんじゃないかと聞くと、そうかもしれないと。それで、私では手に負えないと思い、この事件を紅葉に持ちかけてみようかと思ったんだけど」
「効果覿面だったってわけだね」
「ああ。紅葉、どうする?」
「そうだな…。そんな嘘つきは…」
りるは、すでにグズグズと泣き始めている。
これから起こるであろうことに対する恐怖だろうか、それとも、一足早い反省の涙だろうか。
どちらにせよ、嘘をついたのは事実だし、嘘をつくのは悪いことだと教えなければならない。
まあ、最初に謝ってきたあたり、その辺は分かってるだろうが。
「…りる。どうして、本の背糸が千切れたんだ?」
「………」
「何も言わなかったら、分からないだろ?」
「本を開けたら千切れたの…」
「開けたら?開けただけか?」
「うん…。何が書いてあるのかなって、開けたら…」
「引っ張ったりはしてないんだな?」
「うん…」
「そうか」
「まあ、それが本当だとしたら、ただの事故だよね。嘘のつき損というか」
「そうだな。お前は、なんで嘘をついたんだ?」
「………」
「勝手に千切れたなら、素直に千切れたと言えばいいだろ。なんで、嘘をついたんだ?」
「怒られると思った…」
「普通は怒られるよね。その状況が分からなかったら」
「まあ、りるも混乱していたんだろう。いきなり紐が千切れれば驚くだろうし、そこに私もやってきたとなれば」
「それで、言い訳として嘘をついたってこと?」
「私は、そう信じるが。りるは、二度も嘘はつかないと」
「ふぅん…」
「美希はそう言ってるけど、どうなんだ?」
「………」
「何も言わなかったら分からないだろ?」
「嘘じゃないもん…」
「そうか。じゃあ、嘘じゃないんだろうな」
「………」
りるは、またグズり始めて。
ユカラも、それ以上は言及する気はないようだ。
…まあ、蔵書庫にある本の中には、ずっと昔からあるような本もある。
手入れや修繕はしてあるだろうけど、それでも、ここの蔵書は膨大だから、すぐにバラけるような本もまだまだあるということだろう。
…嘘はついたが、きちんと謝ったのは偉かったな。
そっと、りるの髪を撫でてやる。
「あ、寝ちゃってるよ」
「ああ、そうだな」
「心労が溜まっていたんだろうな。事故とはいえ、嘘もついてしまったし」
「…そっか」
服の袖で涙を拭ってやる。
そしたら、心なしか、笑ってくれたように思った。
…まあ、次は、ちゃんと正直に言ってくれるよな。
りるの寝顔を見ながら、そんなことを願う。