表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
335/578

335

外に干せないので、今日の洗濯は中止。

広間に干せないこともないんだけど。

とりあえず、それはやめて、美希と灯の部屋に。


「ん~」

「気持ち良いか、葛葉」

「うん」

「そうか」


美希は霧吹きを取り、葛葉の髪に水を吹き付ける。

それから、鼈甲の櫛を取って、髪を鋤いていく。


「お前、朝から山に行ってたんだってな」

「ああ」

「何しに行ってたんだ?」

「山菜を採りに、だけど」

「ふぅん」

「なんだよ」

「雨の日にわざわざ行くなんて、熱心だな」

「まあな。昼ごはんに入れてもらうことになってるから、期待しておいてくれ」

「分かった」


手入れの順番待ちをしているりるの頬を引っ張る。

…餅みたいだな。

面白いので、上に下に動かしてみる。


「んー」

「りるは、手入れは嫌いか?」

「つまんない」

「そうか」

「いつも、ジッとしてろって言うからな、このイジワルおねーちゃんは」

「りるはもう少し、忍耐を覚えた方がいいかもしれないな」

「そうだな。まあ、私はこのままでもいいけど」

「大変だろ?」

「大変だけど」


サンは書き物机に座って、暇そうに足をパタパタさせてる。

同じ順番待ちでも、何かしらそわそわしてるりるとは大違いだな。

ちょうどこちらを見たので手招きをすると、机から降りてこちらに駆けてきた。


「おかーさん」

「りる。半分サンと交代だ」

「んー」


りるを胡座の左側に寄せて、サンを右側に座らせる。

それから、二人をギューっと抱き締めて。

…重たいな、二人とも。

日々成長しているという証拠だろう。


「サンは、手入れは好きか?」

「うん。気持ち良いもん」

「そうか」

「サンはいつも大人しくしていてくれて、よく捗るよ。髪の手入れだけってのが残念だけど。まあ、その尻尾分は、代わりに葛葉がいるしな。だけど、りるは動き回るから、違う意味で時間が掛かる。だいたい、葛葉と同じくらいの時間が掛かるな。疲労度は倍以上だけど」

「だから最後なのか?」

「ああ」

「つまんなーい」

「何か、気を紛らせる面白いものでもあればいいんだろうけどな。紅葉、何かないか?」

「うーん…。すぐに思い付くのは図鑑とか絵本かな」

「図鑑か。でも、絵本はともかく、りるのためとは言え、そんな高価なものはなかなかすぐには用意出来ないし…」

「城の蔵書庫にいくつかあったはずだぞ」

「そうなのか?蔵書庫?そんなのがあるのか?」

「ああ。書庫の管理は伝令班がやってるから、あとで聞きにいけばいい」

「分かった。ありがとう」

「いや、オレは何もしてないし。それに、りるのお気に召す本があるとも限らないしな」

「手掛かりをくれただけでも有難いよ。図鑑なんて、思いも寄らなかった」

「…そうか。まあ、そう言ってくれるなら、こちらも素直に受け取っておこう」

「ああ。紅葉は、素直さに欠けるからな」

「一言余計だ」

「ふふふ」


美希は、香油を入れてある霧吹きを取って。

…そういえば。


「りるから香油は受け取ったか?」

「ん?あぁ。あれは、りるの香油じゃないらしいぞ」

「え?」

「千秋が紅葉のために買って、渡してほしいと頼んだらしいんだけど、りるはあまり話を聞いてなかったみたいだ。何かに夢中になってて」

「ふぅん。…蜂蜜飴か」

「そうだな。ということで、そこの引き出しに入ってるから、持っていっておけ」

「ん。ああ。それはいいんだけど…」

「紅葉は香油を付けるようなガラじゃないからな」

「ああ、まあ」

「いいじゃないか。それに、香油を楽しむ方法は髪に付けるだけじゃない。油なんだから、心棒を浸して火を灯せば、癒しのお香に早変わりだ」

「ふぅん…。そんな使い方があるんだな…」

「ああ。香水なら、こうやって霧吹きに入れて、部屋に撒くという使い方もあるが。あ、これは霧吹きに入れてるが、艶出し用の香油だからな。撒くなよ」

「知ってるし、撒かないよ…」


しかし、そんな使い方があるとは思わなかったな。

火を灯すのか。

そういうことなら、残ってるお香とも併せて、大切に使っていくとしようか。



美希たち四人は蔵書庫に行ったので、私も自分の部屋に戻る。

窓から外の雨を眺めながら、お香の入った袋と、香油の瓶を並べて見ていると。


「師匠、師匠っ!」

「ん?秋華」


秋華が部屋に飛び込んできた。

城中を探し回っていたのか、秋華の息は上がっている。


「師匠!やっと見つけました!」

「どうしたんだ」

「大変なんですっ!」

「何が」

「雨が降っていますっ!」

「いや…。見れば分かるしな…」

「今日はどちらの道場も休みなので、ゆっくりと稽古をつけてもらえると思った矢先にですよっ!お天道さまもイジワル極まりないですっ!」

「あー、まあ、そうかもしれないな…」

「師匠、どうしましょうか…」

「そうだな…」


道場が休みなら稽古場を借りるというのも手だが、他に自主練習をしている者もいるだろうし、邪魔になっても悪い。

城でやるとしても、今や広間はチビたちの楽園だ。

雨の日なら特に。

ここもそれなりの広さはあるが、拳法や剣術の訓練をするには狭い。

帯に短し襷に長しだな。

それに、ここにだってチビたちは集結する。

伊織と蓮の家だって、そもそも二人の家なんだから使えないし。

さて、困ったな。

本来なら、こういう日は鍛練は休んで…。


「こういう日は、心の鍛練をするんだ」

「えっ?」

「絵を描いたり、習字をしたり。心の平穏を保つ訓練をすることで、実戦でも普段通りの力を引き出せるようにするんだ」

「あの、えっと…それは、本当に大切な訓練なのですか?絵を描いたり、字を書いたり…。心の平穏が、強さを引き出すのですか…?」

「ああ」

「ふぅむ…」

「殊、お前は身体の鍛練に特化しすぎているようだ。今はまだいいかもしれないが、身体の強さに心の強さが追い付かなくなれば、空回りするばかりで何も出来なくなってしまうぞ」

「そ、そうなんですか?信じ難いことですが…。師匠の言うことなら間違いありません!では、今日は心の鍛練をお願いしますっ!」

「ああ。分かった」


まあ、身体の鍛練にしろ、心の鍛練にしろ、やり過ぎは禁物だけどな。

秋華には、その辺も教えてやらないといけないが…。

とりあえず、今日は心の鍛練だな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ