331
「ほら、おやつとお茶だ」
「ん。ありがと」
「あんまり無理するなよ」
「分かってる」
「そうか。…さて、お前たちもおやつだ」
「やった!」「おやつ!」
美希は、部屋に集まった子供たちに、おかきをいくつかずつ配って回って。
余った分は大きなお盆に載せて、机の上に置く。
騒がしかった部屋は、さらに騒がしくなった。
「お母さんにもあげるー」
「いや、オレはいいよ。サンが食べろ」
「んー」
「ねーねーは、おやついらないの?」
「お前たちが食べてるのを見てるだけでいいよ」
「まあ、紅葉も食べたかったら、あのお盆から取ってくれ」
「ああ。ありがとう」
美希が隣に座って。
葛葉を膝に乗せて、自分もおかきを食べ始める。
「それで、どうなんだ、灯は。何か厨房で言ってただろ、さっき」
「さあな。聞いてみればいいじゃないか。そこにいるんだし」
「今は何を聞いても生返事だろうよ。料理に関しては人一倍思い入れが強いからな」
「そうだな」
「美希、おかきおいしいよ」
「ん?そうか?私が作ったんだけど。そうか、美味しいか」
「うん!」
「ありがとな」
「えへへ」
葛葉は美希に頭を撫でてもらって上機嫌のようだった。
美希も、葛葉の笑顔を見て、頬を弛めている。
「そういえば、りるはどうした」
「ん?あぁ。今はまた秋華が通ってる剣道場にいるんじゃないか?風華と一緒に」
「なんだ。城にいるんじゃないのか」
「帰ってきてるなら知らないけど、たぶんいないと思うぞ」
「この前、紅葉がいなくなって大泣きしていたのは知ってるか?」
「ああ。そうだったらしいな」
「また向こうで泣いてるんじゃないのか?」
「どうだろうな。あいつ、結構あそこの剣道…というかちゃんばらを気に入ってたみたいだから。もしかしたら、気付いてないかもしれない」
「気付いてないことはないだろうけど…まあ、そういうことなら大丈夫かもしれないな。あまりベッタリなのもダメだろうし」
「ベッタリといえば、お前、葛葉とかサンに首ったけじゃないか。それはどうなんだ?」
「何を言ってるんだ。葛葉もサンもりるも、みんな可愛い。可愛いということは最強だ」
「何言ってるんだ、お前…」
「紅葉には分からないのか?可愛いものこそ、この世界で最も強い存在であるということを」
「そんなに力説されても…」
「ふぅむ?てっきり私は、紅葉は可愛いの伝道師かと思っていたが」
「なんだ、それは…。確かに、可愛いものは可愛いと思うが…」
「可愛いは正義だ」
「はぁ…」
ニヤリと不敵に笑う美希。
何なんだ、いきなり。
振ってはいけない話題だったか?
…しかし、よく分かるようで、よく分からんな、こいつの言ってることは。
「出来た!」
「ん?」
「お姉ちゃん!美希!ちょっとこれ見て!」
可愛いは正義とか言っていた美希も、灯の声でまた真剣な目に戻って。
灯が持ってきた紙を見る。
「どうよ。私の考えた、一番美味しいご飯のお供!」
「…見たところ、ただの肉じゃがだな。これで大会に出るのか?」
「チッチッチッ。分かってないなぁ、美希は。ご飯に添える一品っていうのは、ご飯の味を殺すこともなく、それでいて、ご飯が進むような、素朴なおかずのことだよ」
「ほぅ。何か、紅葉の受け売りのように聞こえるな」
「………」
「うっ…。ち、違うよ!私が考えたの!」
「ふぅん。そうか」
「…な、何よ、いいじゃん!どうせ受け売りだよ!どこで聞いてたのよ!盗み聞きなんて、趣味が悪いよ!」
「一所懸命頑張ってるやつのために昼ごはんを持っていってやろうと思ったら、面白い話が聞こえてきただけだ。盗み聞きをしようと思ってしてたわけじゃない」
「うぅ…。私、恥ずかしい人じゃん!ただの恥ずかしい人じゃん!」
「恥ずかしがることはないだろ。たとえ紅葉の受け売りだったとしても、お前がそれを正しいと思って言うのであれば、それは立派な、灯自身の意見になり得る」
「そ、そうかな…」
「ああ。…それで?いくら白ご飯に添える一品だと言っても、本当にただの肉じゃがでは、たぶん勝ち上がることなんて出来ないぞ?」
「その辺も、ちゃんと考えてあるに決まってんじゃない」
そう言って、後ろからもう一枚、別の紙を出す。
それを、みんなで覗き見て。
…いつの間にか、周りには子供たちが集まっていて、何か大発表会のようになっていた。
「なんて書いてあるのー?」
「の、し」
「のしって何?」
「料理の熨斗って何だよ…。平仮名だけを読むんじゃない。これは、こっちから、秘伝の隠し味と書いてあるんだ」
「ひでんー?」
「秘伝の隠し味って何だよ」
「それを言っちゃ、秘伝にも隠し味にもならないでしょ」
「まあ、そうだろうが、それを言ってしまえば、わざわざそんなものを紙に書くこともないじゃないかという結論に至る」
「うっさいなぁ。いいじゃん。こうやって発表するために書いたんだよ」
「勿体ぶりなんだな、灯は」
「ああ。昔からそうだ」
「何よ。その、私が勿体ぶりみたいな言い方は!」
「いや…。そう言ったつもりなんだけど…。灯は天然なのか?」
「ああ。昔からそうだ」
「お母さん譲りだよ!」
「勿体ぶりか?天然か?」
「両方!」
「いや、母さんは天然ではあったが、勿体ぶりではなかったな」
「う、うっさい!」
まるで子供だな。
そして、実際の子供たちはというと、灯の書いた秘伝の隠し味の紙を、なぜかみんなで一所懸命回し読みしていた。
…まあ、これで灯の寝不足も解消されるといいんだけどな。
とりあえず、よかった。