33
一日分の洗濯物だけだ。
前と比べるとずっと短い時間で終わるはずなのに、実際は前と変わらない。
まあ、イタズラ好きのあいつらのせいなんだけど、咎めることはないだろう。
「楽しく遊んでるやつらを怒ることは出来ない」
「でも、桜たちも手伝ってくれたら、ずっと早く終わるはずだよ?」
「それはそうだけど」
「ユカラも協力して、ちゃんと終わってから遊んでよ。なんで途中から、桜と一緒に遊んでるのよ」
「ご、ごめんなさい…」
ユカラは別に悪いことをしたわけでもないのに、風華の剣幕に圧されて謝ってしまう。
「姉ちゃんから言ってよ。私の言うことなんて、全然聞かないんだから!」
「それは、オレの場合も同じだと思うけど」
「………。もう…何か良い方法はないのかな…」
と言って、薬棚を見渡す。
「従順になる薬なんてあるのかな…。大人しくなる薬とか…。鎮静剤はまた違うし…」
…薬でなんとかする気なんだろうか?
無理だと思うけど…。
「姉ちゃん」
「ん?」
「これ、どう?」
と、ユカラは長刀を構えてみせる。
「長すぎじゃないか?なんだ、ほら。この前の大剣なんかはどうだ?」
「これ?」
長刀を消して、空中から幅の広い大剣を取り出す。
…風華から、これは"術式"の一種だと聞かされても、不思議なものは不思議だ。
あらゆる武器を意のままに取り出す様子は、まさに武神といったかんじ。
「ねぇ、どうなの?」
「あ、あぁ。もう少し小振りの方が良いだろうな」
「うーん…」
「ユカラは、大きな武器が好きなの?」
何やら怪しげな、薬の材料と思われるものを抱えて、風華が質問する。
…確かに、さっきから取り出すのは幅広の大剣、長刀、青龍刀、槍と、やたら大きなものばかりだ。
「うん!好きだよ!だって、大きい武器って格好いいじゃない!」
「そ、そう…?」
「うん!」
「でもな、ユカラ。自分に合った武器でないと、力を充分に発揮出来ないぞ」
「むぅ…」
まあ、使ってみないと分からないけどな。
「ちょっと素振りしてみろ。良いかんじなら、それでいこう」
「えぇ!?ここではやめてよ!」
「あー、分かった分かった。じゃあ、外に行こうか」
「うん」
風華に追い出される形で、医療室を後にする。
「でも、なんで戦闘班に入ろうと思ったんだ?」
「姉ちゃん、戦闘班でしょ?だから、何かの役に立ちたいなって思って」
「そんな…どこに入っても役に立ってもらえるし、それに、無理してどこかに所属しようと思わなくてもいいんだぞ」
「無理なんかしてないよ。あたしはあたしのやりたいようにしてるだけ」
「…そうか」
前にも、似たようなことを風華から聞いたな。
役に立ちたいという気持ちは嬉しいけど、何か複雑なかんじ。
特に戦闘班なんかは、戦ともなれば最前線で戦うことになる。
厳しい訓練とたくさんの経験を積んでいるとはいえ、危険なのには変わらない。
そこに、こんなに小さな子を放り込む。
やっぱり、そんなこと…。
「この力を上手く使いたい。あたしは元より、戦うために生まれてきた。だから、戦闘班が一番の居場所なの」
私の考えを遮るように、でも、独り言のように呟く。
だからこそ、その裏側が見えた気がした。
「…それでいいのか?」
「うん」
「…本当に?」
「うん。あたしが、自分自身で決めたことだから」
「じゃあ、なんでそんなに哀しそうな顔をする?」
「え…?」
慌てて、大剣の光る刃に顔を映して確認する。
「ふ、普通じゃない!」
「そうか?オレには、哀しそうに見えるけど」
「哀しくなんて…ない」
「戦闘班じゃなくても…医務班でもいいんだぞ?」
「な、なんで医務班なんか…!」
「戦うために生まれてきた。そう言ったな?」
「う、うん…」
「じゃあ、ユカラ自身、戦いたいと思ってるのか?」
「あ、当たり前…じゃない…」
今朝のこともある。
それが本心ではないのは明らかだ。
「ユカラの人生だ。他人の私がどうこう言えるものではない。でも、ひとつだけ言わせてくれ。…自分に正直に生きなさい。そうしないと、あとで後悔することになるから。自分だけには、嘘をついちゃダメ」
「………」
「じゃあ、改めて聞く。…本当に、戦闘班でいいんだな?」
「うっ…うぅ…。嫌だよぉ…。もう…もう…傷付けたくない…。あたしは…あたしは…兵器なんかじゃない…!」
「ああ。お前はユカラ。泣き虫だけど、オレの可愛い妹だ」
「姉ちゃん…姉ちゃぁん…。うぅっ…うえぇ…」
大剣は跡形もなく消え、ユカラの温かい涙だけが残った。
再び医療室。
「あれ?早かったんだね」
「いや、そうじゃなくてな」
「風華。あたし、医務班に入りたい!」
「え?どういうこと?」
「あたし、自分に正直になるの!」
「……?」
「みんなを助けたいの!怪我をした人、病気の人…。あたしでも…兵器として生まれたあたしでも、救えるものがあるんだって!」
「…そう。それなら大丈夫ね。その心、忘れちゃダメだよ」
「うん!」
「じゃあ、まずは薬草薬石の暗記からだね」
そして、薬棚の端のものから順に名前を言っていく。
…私には無理だな。
でも、ユカラは本当に楽しそうで。
救えるもの、か。
私の場合は、守れるもの、だろうな。
この手で守れるものは、必ず守りきる。
そう、誓ったから。
ユカラは医務班に就きました。
さて、どんな働きを見せてくれるのでしょうか?