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「ごめんね、手伝わせちゃって」
「いえっ。私、こういうの好きですからっ」
「そう?ありがとね。…ところで、なんか緊張してる?」
「い、いえっ、全然…」
秋華はブルブルと首を横に振るけど、顔は真っ赤だ。
…どうしたんだろうな。
「あ、あのっ」
「どうしたの?」
「わ、私も、髪の毛を伸ばした方が可愛いですか…?」
「ん?んー、そうだねぇ」
髪に触る。
すると、秋華はまた顔を真っ赤にしてるけど。
風華はニッコリと笑って。
「伸ばしても可愛いと思うよ。このままでも充分可愛いけどね」
「………」
ますます顔を赤くする。
もしかすると、風華か?
風華なのか?
「んー…」
「髪、伸ばしたい?」
「は、はい…。でも、武道をするには邪魔になってしまいますので…」
「でも、姉ちゃんだって、髪、長いじゃない」
「あっ、そうですね。師匠は長いですね」
「切ってないからな」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ」
「そうなんだよ。揃えもしてないのに綺麗な髪してるなんて、なんかズルいよね」
「すごいです。やっぱり師匠です」
「髪の師匠じゃないぞ、オレは」
「お手入れはなさってるんですか?」
「いや、別に」
「そうなんだよね~。何もお手入れしてないのに。櫛すら通さないんだよ」
「へぇ、そうなんですか。私は、出来るときは毎朝、起きたあとに櫛を通してるんですよ~」
「そうなのか。じゃあ、昨日はすまなかったな」
「えっ?あ、いえ。大丈夫ですよ。えへへ…。私自身、ときどき忘れるときもあるんです」
「でもさ、秋華も綺麗な髪だよね。ちょっと羨ましいかな」
「えっ。そ、そうですか?ふ、風華さんほどじゃないですよ…」
「私はまだまだだなぁ。長くなると、手入れも大変になるしね。姉ちゃんみたいにズボラしてても綺麗な髪っていうのが欲しいよ」
「そうなのですか。私も髪を伸ばしたら、そうやって悩めるのでしょうか」
「あはは、贅沢な悩みってやつかな。まあ、短くてもお手入れは大切だよ」
「はいっ。分かりましたっ」
「またあとで教えてあげるね」
「あっ、はいっ!よろしくお願いしますっ!」
秋華は元気に返事をして。
それから、また洗濯物をゴシゴシとし始める。
「あのっ。師匠っ」
「ん?なんだ」
「お、思い切ってききますが…。し、師匠の髪はいい匂いがしますが、あの、香油とかは使ってるのですかっ?」
「いや、全然」
「そ、そうなのですか?」
「そうなんだよね、ホントに。ズルいよね~」
「は、はいっ。いくら師匠でも、それはちょっと嫉妬ですっ」
「あはは、嫉妬か。そうだね、嫉妬だね。嫉妬嫉妬~」
「でも、ホントにいい匂いです。いつか、師匠に抱き締めてもらいながら、ウトウトお昼寝してみたいですっ!」
「だってさ、姉ちゃん」
「そうだな。またそのうちにな」
「はいっ!」
いいな、そういう昼寝も。
秋華も、葛葉やりるに負けないくらい抱き締め甲斐がありそうだ。
「あ、そういえばさ、千秋はどうしたの?お城に帰ってきたの?」
「いや、まだ帰ってないはずだが」
「はい。姉さまは、家の荷物を纏めたり、正光と話したりするので、ここに帰ってくるのはお昼過ぎになると言っていました」
「そっか。そうだよね。でも、また向こうに帰ったりもするんでしょ?」
「はい。師匠のお陰ですっ!」
「そうなんだ。姉ちゃんって、知らないところでいつも大活躍してるよね~」
「大活躍はしてないな」
「いえっ!大活躍ですっ!さすが師匠ですっ!私たちの家族を助けてくれましたっ!」
「お前が言うと、何か大袈裟に聞こえるな…」
「声が大きいからね」
「うっ…。す、すみません…」
「謝ることなんてないさ。声が大きいのはいいことだ。まあ、疎まれる場はあるがな。だけど、ここはそういう場じゃない」
「そうだね。もっと姉ちゃんの活躍を讃えてもいいんだよ」
「それはやめてくれ…」
「なんでよ。いいじゃん。姉ちゃんの大活躍なんだよ?」
「だから、大活躍じゃないって…」
大団円に向けて、少し後押しをしただけだ。
まあ、その結末はまだ先かもしれないけど。
「師匠のお陰で、姉さまはうちに帰ってくることが出来ました。やっぱり、師匠はすごい人ですよ。私の尊敬する師匠です」
「何?何の話?」
「あ、ナナヤさん。私の師匠の話ですよっ!」
「お姉ちゃんの?なんで?」
「姉ちゃんが、秋華の家を救ったってさ」
「ふぅん。そうなんだ」
「…あんまり驚かないんだね」
「噂に聞いてたしね。でも、お姉ちゃんなら、何やってても不思議じゃないし」
「うん、まあ」
「いつの間にか天下統一してたって言われても驚かないね」
「そうかも」
「それはさすがに驚けよ…」
「師匠、天下統一しましたかっ?」
「してないし…」
「いつするんですか?私もお供させてくださいっ!」
「…まあ、世の中が平和になるなら、それもいいけどな」
「おっ。天下統一宣言か?」
「またややこしいのが来たな…。ていうか、聞いてたなら助けてくれよ…」
そこにいたのは利家。
たくさんの洗濯物を入れた、大きな洗濯桶を抱えている。
「兄ちゃん、聞いてよ!姉ちゃんが、秋華の家族を救ったんだって!」
「知ってるよ」
「でも、姉ちゃんはあんまり嬉しくないみたい」
「間を飛ばすな、間を…」
「ははは。まあ、紅葉は喧伝されるのは嫌がるだろうな。どちらかと言うと、陰でコソコソすごいことをやってるかんじだな」
「聞こえが悪いぞ、それは…」
「悪くなるように言ってるんだよ」
「はぁ…」
「まあ、いいじゃないか。とにかく、四人もいるんだから、早く済ませろよ」
「あっ!いつの間にか、私たちが最後です!」
「そういうことだ」
それから、何かクツクツと笑いながら、利家は物干し場に行って。
…なんだよ、あいつ。
何しに来たんだよ。
かんじ悪いぞ。