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「師匠!よろしくお願いしますっ!」
「ふぁ…。なんで私もなの…」
「いい機会じゃないか。ツカサはいないが、お互い切磋琢磨出来るいい仲間が出来たんだし」
「私は別に、切磋琢磨したくないなぁ…」
「えぇっ!や、やっぱり、オトシゴロノオンナノコというのは、汗臭くっちゃダメですよね…。ナナヤさんは、素敵な女性ですもんね…」
「うっ…。秋華ちゃん…。そんな目で見ないでよ…。そして、そこまで言ってないし…」
「どうするんだよ、ナナヤ」
「うぅ…。分かったよ…。やりゃいいんでしょ、やりゃ!」
「やけくそだな」
「やけくそだよ…」
「まあ、なんでもいい。今日はちゃんとした練習用の防具も用意したから」
「これ?」
「ああ」
「ふぅん…」
「秋華もつけるんだ」
「はい」
一番小さなものを秋華に渡して。
私とナナヤのは共通だけど…。
「んー…。胸がちょっときついかな…」
「それはオレのだ。お前のはこっち」
「あ、これ、男子用って書いてあるよ」
「いいから寄越せ」
「あはは。お姉ちゃんってばまな板だからね~」
「ふん。…お前も言えた義理じゃないだろ」
「そんなことないですよ?見てみる?」
「これが入るように矯正してやろう」
「横暴だ!」
「私のには、女児用と書いてあります」
「女児だからね…」
「むむっ。私はもう今年で十歳になったのですよっ」
「ふぅん。響たちと同じかぁ」
「響さん…ですか?」
「月経はもう始まってるの?」
「はぁ、何でしょうか、それは」
「じゃあ、まだまだ伸びるかな~」
「どうだろうな。遺伝的なものかもしれない」
「それなら仕方ないけどね」
「あ、あのっ。お二人で何を言っているのですか?」
「ん?あぁ。な、なんでもないよ~」
「なんで吃ったのですかっ!動揺の匂いがしますっ!」
「き、気のせいだよ~」
「また吃りましたっ!」
「はぁ…」
ナナヤは隠し事が苦手らしい。
まあ、秋華が傷付くだろう内容だから、黙っているのはナナヤの優しさかもしれないが…。
「気になります!教えてくださいっ!」
「う、うえぇ…。た、助けて、お姉ちゃん…」
「あっ!徒党を組むなんてズルいですよっ!」
「まったく…」
これでは、いつ練習を始められるか分からないな。
まあ、そろそろ助け船を出してやらんでもないが…面白いから、もうしばらく見てようか。
ナナヤは秋華の蹴りを受ける。
と、上手く平衡を保てなくなって、尻餅をつく。
「あっ。だ、大丈夫ですかっ?」
「うはは…。秋華ちゃんの蹴りはすごいねぇ」
「い、いえ…。それほどでは…」
「まあ、秋華の蹴りが強いのもそうだが、ナナヤの受け方にも問題はある」
「えぇ…。ちゃんと言われた通りにやってるよ…」
「蹴りが当たるまではな。蹴りが当たる直前、お前は引け腰になってるんだ。だから、衝撃を受けきれず、尻餅をつくことになる」
「引いてるつもりはないんだけどなぁ…」
「秋華に気圧されてか、蹴りを怖がってか、反射的にそうなってるんだ。防具もしっかりつけてるんだから、まずは、その引け腰を意識的に直すところからだな」
「無理無理」
「やる前から諦めるなよ」
「諦めたくなるよ…。秋華ちゃん、普通に怖いんだもん…」
「えぇっ…。わ、私、そんなに怖いですか…?」
「あぁ、間違えた…。秋華ちゃんじゃなくて、秋華ちゃんの蹴りがね…」
「うぅ…。すみません…」
「別に、謝ることじゃないと思うけどな…。それだけ、秋華ちゃんがいい蹴りを繰り出すってことだしさ…」
「私の蹴りは、いい蹴りでしょうか?」
「ああ。いい蹴りだとも。それは保証する」
「あ、ありがとうございますっ!」
勢いよくお辞儀をする秋華。
それを見て、ナナヤもニッコリと笑って。
「それでさ、秋華ちゃんの蹴りがいい蹴りなのが証明されたところで」
「練習相手は変えないからな。それとも、私の蹴りも受けられるようにするか?」
「ちょっとは手加減してよ…」
「す、すみませんっ!いつもの調子で蹴ってしまって…」
「いや、秋華はそれでいいんだよ。ナナヤが我儘を言い過ぎてるんだ」
「我儘じゃないもん。私、戦闘に関しては素人だもん」
「だけど、戦闘班在籍なんだろ?秋華みたいな小さな女の子の蹴りも受けられないで、どうやってガタイのいい男の一撃を受けられるんだ」
「じゃあ、私は受けない!ひたすら避けてみせるよ!」
「防御もしっかり出来ないやつは、回避も出来ない。両方とも、相手の攻撃を見切るところまでは同じだが、防御は攻撃を受け止めて相手の勢いを削ぎ、それから次の一手を考える。対して、回避は先に次の一手を考えてから動き出す。回避した次の攻撃に当たっていては、全く意味がないからな。連続で回避するにしても、反撃を繰り出すにしても、回避は常に相手の先を先を読んでいかないといけない。だから、まずは防御で一手一手考える練習をしてから、回避の練習をするんだ」
「うぅ…。小難しい説教をされてしまった…」
「口で言うと小難しく聞こえるだけで、実際やってみると簡単に出来ると思いますっ。ナナヤさんなら大丈夫ですよ!」
「う、うん…。力強い応援をありがとう…」
「じゃあ、まずは防御の練習からだ。秋華、ナナヤの相手をしてやってくれ」
「はいっ!よろしくお願いしますっ!」
「よ、よろしく…」
「大丈夫ですよ。しっかり防御すれば、何も痛くありませんから。今は防具もしてますし。尻餅をつく方が痛いですよ」
「ああ、そうだ。今度はしっかり腰を入れて、攻撃を受け止めてみろ」
「はいはい…。いちおうやってみます…」
ナナヤはもう若干疲れ気味のようだけど、構えはちゃんとして。
まあ、怖がらずにきちんと受け止めることさえ出来れば、まずは一段階昇格なんだけどな。
「うぅ…」
「目を瞑っちゃダメです!しっかりと、相手の攻撃を見てください!」
「で、出来ないよ…」
「出来ます!ナナヤさんなら出来ますよっ!」
…なんだかんだ言っても、いい関係かもしれない。
今は、秋華がナナヤの師匠みたいだけど。
でも、そのうちに、お互いがお互いを刺激し合う、いい仲間になると私は信じている。