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「そういうわけだ」
「ふぅん。なるほどね。女の子のお婿さんか」
「ああ。実際の性別ではな。だけど、心はちゃんと男だ」
「うん。難しいからね、性同一性障害って。それで?結局、こっちに住むって?」
「ああ」
「所属は?」
「考え中だそうだ」
「部屋は…天守閣の屋根裏だったっけ?」
「ああ、そうだ」
「…本当に、ここのみんなって、自由なところに居を構えるよな。桜なんて地下の独房だし」
「どこに住み着こうがいいじゃないか」
「いいんだけどね…」
「不満があるなら言えばいい」
「いや、ないです…。すみません…」
「ふん。部下の尻に敷かれる国王か」
「部下でもあるけど、妻でもあるからな…」
「一家の大黒柱が、そんなナヨナヨでどうするんだよ」
「ナヨナヨでも、僕を支えてくれる柱があれば、しっかりと立つことが出来る。それとも、大黒柱は一人で立ってないといけないのか?」
「…そんなことはないけど」
「そうだろ?だから、僕は立っていられるんだ」
「…そうか」
利家は無邪気に笑ってみせる。
…勝てないな、本当に。
「うん。じゃあ、分かったよ」
「よろしく頼む」
「あ、それと」
「ん?」
「弟子を取ったって?」
「…誰に聞いたんだよ」
「さあ、誰だろうね」
「はぁ…。まったく…」
「いいじゃないか、別に。それで?何の弟子なんだ?」
「それは聞いてないのか?」
「聞いてたら聞かない」
「それはそうだけど…」
「で?」
「…街の方で無心一刀流がやってる北の拳法だ。一度手合わせをしてな」
「ふぅん。北の拳法ねぇ」
「知ってるか?」
「噂には聞いたことがあるよ。動物拳の一種で、最強の拳法だって。でも、知ってる人は意外に少ない。使える人は、さらに少ない」
「なんだ。よく知ってるんじゃないか」
「よくは知らないよ。あくまで噂だから。まあ、今、紅葉によって裏付けされたわけだけど」
「はぁ…。そうだな…」
「なんでため息なんだよ」
「なんとなく」
「えぇ…」
「ふん」
「…でもさ、紅葉って、なんかいろいろ知ってるよな。北の拳法もそうだし、他にも、なんでこんなこと知ってるんだってことでも知ってるし」
「悪かったな」
「悪くはないよ。ただ単純に、すごいなって思うだけで」
「………」
「あ、照れてんだ」
「照れてない」
「そうかな」
「照れてない!」
「あはは。やっぱり怒った」
「怒ってもない!」
だけど、利家は笑うことをやめないで。
まったく、何がそんなに面白いんだよ…。
「まあ、千秋の件は了解したよ。紅葉の弟子のことも分かった」
「…ああ」
「で、どうする?」
「何が」
「もう部屋に帰る?遅いし」
「他に選択肢があるのか?」
「んー。この部屋に泊まるとかさ」
「……!」
「あはは、冗談だよ。顔、一瞬で真っ赤になったぞ?」
「か、からかうな!」
「でもまあ、たとえば、久しぶりに夜の散歩に出るとかさ」
「お断りだ!」
「そう怒るなよ」
「怒ってない!」
「あぁ、待てって」
利家の部屋から出る。
なんだよ、からかったりなんかして。
オレがバカみたいじゃないか。
…いや、バカなのか。
あんな冗談を真に受けるようではな。
「待てって」
「………」
「あ、姉ちゃんと兄ちゃんだ。何してんの?」
「何もしてない。部屋に帰るぞ、風華」
「あ、兄ちゃん、姉ちゃんを怒らせたんだ」
「ははは…」
「じゃあ、しょうがないねー」
「あっ、風華も僕を見捨てるのか?」
「姉ちゃんが怒るってことは、兄ちゃんが全面的に悪いんだもん。それなら私は、姉ちゃんを全面的に応援するよ~」
「はぁ…。じゃあ、今日は諦めるか…」
「その方が懸命だね。姉ちゃんに喉笛を噛み千切られても嫌でしょ?」
「紅葉に最期を看取ってもらえるなら本望だ」
「喧嘩別れする気なの?」
「いや、そういうわけじゃないけど…」
「まあさ、反省するといいよ。しばらくの間」
「…そうします」
「じゃあ、ほら。帰った帰った」
「………」
風華に追い払われ、利家はすごすごと部屋に戻っていく。
…ふん、いい気味だな。
今日のところは。
「…それでさ、なんで怒ってるの?」
「なんでもない」
「どうせ、部屋に泊まっていくかとか聞かれたんでしょ。それで、照れちゃってさ。それをさらにからかわれたとか」
「…お前、見てたのか?」
「見てないよ。普段の様子から考えれば、だいたい分かるし」
「………」
「まあ、図星とは思わなかったけどね」
「…ふん」
「いいじゃん。無理矢理泊まってやればよかったんだよ。そしたら、兄ちゃん、かなり焦るだろうしさ。女の子を泊まりに誘うのがいかに大変なことか、教えてやればよかったんだよ」
「…そんな勇気はない」
「まあ、そうだろうね~。姉ちゃんってば、ウブなんだから」
「ふ、風華!」
「ほらぁ。そうやってすぐに照れちゃうから、兄ちゃんみたいなのに漬け込まれるんだよ」
「…言い返す言葉もないよ」
「あはは、そんな弱気なこと言わないの。もっと、いつもみたいに、強気の勝気でさ」
「………」
「ふふふ。でも、これじゃあ、天下の衛士長も形無しだね」
「はぁ…」
本当に、この兄妹ばっかりは…。
口では一生勝てない気がするな…。
はぁ…。