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「なんか最近、よくこっちで食べるよね」
「悪いか?」
「悪かないけど。でも、紅葉ちゃんとこの調理班のみんなが嫉妬しないか心配だよ」
「ふん。そんな度量の狭いやつらじゃないよ」
「あはは、そうかもね。それでさ、今日はどこに行ってたの?」
「ん?無心一刀流の道場だけど」
「えっ、へぇ。紅葉ちゃんも、武道を習ったりするんだ」
「オレじゃないよ。秋華についていったんだ」
「あ、なるほど。そっちね」
「そっちだ」
「そういや、無心一刀流って言ってたなぁ。何?剣道?」
「いや、拳法だ」
「ケンポー?…あぁ、拳法?素手でやるやつ?」
「ああ」
「じゃあ、一刀流って何よ」
「師範の名前だ、一刀は」
「へぇ、そうなんだ。面白いね」
「そうか?」
「うん。それでさ、一刀さんってのと知り合いだったりするの?」
「まあな」
「やっぱりね~。紅葉ちゃん、意外なところに人脈持ってるから」
「意外は余計だ」
「あはは。ごめんごめん」
「…オレの母さんが衛士長をやってたときからの古参だ、一刀は。母さんが死んで、一刀も衛士を辞めたんだ。それから、道場を開いて」
「ふぅん。そうなんだ。でも、なんで?」
「さあな。オレのことが嫌いだったんじゃないか?」
「えぇ~。それは嘘だなぁ。紅葉ちゃんって人望厚いし」
「ふん。理由が知りたければ本人に聞けばいいだろ」
「はいはい。紅葉ちゃんお得意の、本人に聞けだね」
「別に得意でもなんでもないけど。本人に聞くのが一番確実じゃないか」
「そうだけどさぁ」
「分かってるなら、説明する手間を取らせないでくれ」
「意地悪だねぇ、紅葉ちゃんは」
「だから、逃げたのかもな」
「もう…」
なんで辞めたのかなんて聞くこともない。
去る者は追わず。
それが一番だ。
「それで?りるちゃんは?」
「りるはオレについてきたんだよ」
「あぁ、やっぱりそうなんだ」
「まあ、意外と楽しんでたみたいだから、通わせるかもしれないな」
「へぇ、そうなんだ。りるちゃんが拳法をねぇ」
「なんだよ」
「ん?いや、なんでもないけど。りるちゃんも、紅葉ちゃんや秋華ちゃんみたいな気の強い子になるのかなって思ってさ」
「ふん。気が強くて悪かったな」
「おかわり~」
「はいはい。しっかり食べて、しっかり練習に打ち込みなさいよ」
「うん!練習!」
「でも、いいねぇ、武道も。哲也にもやらせてみよっかな」
「哲也に聞いてみたらどうだ」
「そうだねぇ。でも、あの子、根性がないからさぁ」
「根性も鍛えてもらえばいいんじゃないか?」
「あはは、そうだね。それもいいね」
「まあ、この近くだから、一度行ってみるといい」
「分かった。それでさ、りるちゃんの実力のほどはどうなのよ」
「そうだな…。完全に我流になってしまっているが、師範の目から見ると筋がいいらしい」
「へぇ。やっぱり、紅葉ちゃんの娘なんだねぇ」
「関係ないと思うけど…」
「いやいや。関係あるんじゃないかなぁ」
「どんな関係だよ…」
「血の繋がりを超えた、神秘的な関係とか」
「オレは詩人じゃないからな」
「あはは。詩人はいいなぁ。それで、紅葉ちゃんはどう思うの?」
「ん?そうだな…。まあ、りるは天恵を得ているんじゃないか?」
「へぇ、そうなんだ。紅葉ちゃんが言うなら間違いないだろうね」
「どういう根拠だよ…」
「紅葉ちゃんって、すっごい強いし」
「全然だよ、オレなんて」
「昨日だってさ、そこで秋華ちゃんを倒してみせてくれたじゃない。かなり強いんでしょ、秋華ちゃんってさ。聞いたよ?」
「誰から聞くんだよ、そんなこと」
「噂好きの奥さま方から」
「まったく…。またそれか…」
「怒らない怒らない」
「怒ってない」
「まあ、強い秋華ちゃんを倒す紅葉ちゃんは、さらに強いってことでしょ?」
「ふん。それはどうだろうな」
「謙遜謙遜」
「はぁ…」
「あはは、ため息つかないの」
なんでいつもこうなるんだろうか。
謙遜なんてしてるつもりはないのに。
「やっぱさ、衛士長さんって強くないといけないの?」
「いや。別にそんな資格は要らないけど。ただ単に、衛士を纏める立場の者が、衛士長と呼ばれているだけだ」
「じゃあ、偉いんだ、紅葉ちゃんは」
「偉くもないさ。衛士長ってのも、もはや称号でしかないし。オレは見ての通りの暇人だ」
「暇人かぁ。いいねぇ」
「よくはないだろ…」
「ツカサも働き者だしさ、紅葉ちゃんのところはみんな優秀で羨ましいよ」
「そりゃどうも」
「ねぇ、本当に」
「お邪魔します」
「あ、いらっしゃい」
と、ちょうど食堂の暖簾をくぐってきたのは千秋だった。
ウォルクも一緒に来ている。
「ご注文は?」
「あ、はい。とりあえず、おまかせで」
「私は鮭定食にいたします」
「はいよ。おまかせに鮭定一丁!」
「はいよー」
「それで、千秋ちゃん?今日はどうしたの?」
「えっ?」
「紅葉ちゃんを探しに来たんじゃないの?」
「な、なんで…」
「だってねぇ?」
「オレに話があるのか?」
「う、うん…」
「千秋さま。まずは…」
「わ、分かってるよ…。紅葉、俺に話があるって?」
「ん?あぁ、そうだな。そういえば」
「お、俺の話はあとでいいからさ、紅葉の話から聞かせてくれよ」
「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて。どこから話そうかな」
逡巡していると、ウォルクとチラリと目が合った。
そして、ウォルクは小さくお辞儀をして。
…こいつもせっかちだな。
今日の夜にでもゆっくり話そうかとも思っていたんだけど。
まあ、りるはまだ食べているみたいだし、ちょうどいいかな。
千秋からの話というのも気になるけど。
千秋と家族の真実を、話してみようか。