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「やぁ!」
「筋がいいですね、りるちゃん。隊長、何か武道とかは教えてらっしゃるんですか?」
「いや、何も。今日が初めてだと思うが」
「へぇ、そうなんですか。秋華ちゃん並みですよ、飲み込みの速さは」
「そうか?」
「はい」
しかし、りるは自由奔放すぎるな。
いくら動物の動きを取り入れた拳法とはいえ、あれでは狼の一の段どころか、狼そのものだ。
「師匠!」
「ん?どうした、秋華」
「私、今、鷹の三の段を練習してるんですよ!見てくれていますか?」
「ああ、見てるよ。難しい型だから、しっかり練習するんだぞ」
「はいっ!」
「…そういえば、なんで秋華はまだ朱帯なんだ?強さで言えば、黒帯を取っててもおかしくないはずだけど」
「あぁ…。秋華ちゃん、自分にはまだ昇段する実力はないって言って、試験を受けるのを拒むんですよ。一度でいいから受けなさいとは言ってるんですが…」
「ふぅん」
「さっきの黒帯の生徒には、師範代も務めてもらっています。師範代や師範の私を倒す実力を持っているのに、勿体ない話です」
「まあ、どう考えるかは人それぞれだけどな。言ってしまえば、黒帯なんてのは自分の力量や技術を見せつける、ただの肩書きや名誉にすぎない。純粋に強さだけを求めるなら、昇段試験なんて受けなくても一向に構わない」
「そうなんですけどね」
「まあ、実力の指標にはなるし、勿体ないのはそうだな。実力は本物なのに」
「はい」
秋華が求める黒帯の強さっていうのはどれくらいなんだろうな。
師範や師範代に勝てる程度では足りないのか?
…足りないんだろうな、昇段試験を受けないということは。
「そういえば、あいつ、蹴りが得意だったな」
「はい。腕力のいる拳では、身体の小さな秋華ちゃんには不利かと思いまして」
「まあ、足は普段から鍛えられてる部分だからな」
「ええ。幾つか足の筋肉を鍛える訓練もさせていますが」
「本当に、いい蹴りを放つ」
「そうですね。あの子の才能もあるのでしょう」
「ああ」
「今は足技が中心の虎や狼を中心に教えていますが、秋華ちゃんもさっき言ってた通り、中間あたりの鷹や鷲も少しずつ教えていくつもりです。それに、見てもらったかと思いますが、投げ技にも才があるんです」
「そうだな。あの師範代は上手くかわしたが、投げられる寸前だった」
「ええ。あの子は、格闘技に関して天賦の才があると言っても過言ではないでしょう。まあ、隊長ほどではないですがね」
「ふん。オレなんてからっきしだよ」
「ご謙遜を」
「謙遜なんてしてないさ」
私とは違い、秋華は本当に練習にも真剣に打ち込んでいるし、まだまだ成長するだろう。
それこそ、私を打ち負かすくらいにもなるかもしれない。
今から楽しみだな。
「お母さん、お母さん!」
「何だ、りる。聞こえてるから大声を出すな」
「黒い帯!」
「…お前、どこから持ってきたんだ?」
「んー」
私の質問などお構い無しのりるは置いといて、周りを見回してみると、りるの相手をしていた例の師範代が、帯のなくなった道着を押さえてこちら側に歩いてきていた。
…なんで、師範代の帯を盗ってくるんだよ、りるは。
「すまないな」
「いえ…。私の鍛練が足りなかったせいですので…」
「ほら、りる。返すんだ」
「えぇ~…」
「えぇ~じゃないだろ。師範代も困ってるじゃないか」
「うぅ~…」
「唸ってもダメだ」
「やぁの!」
「騒いでもダメだ。いい加減にしないと怒るぞ」
「うぅ…」
しばらく逡巡してから、りるはやっと帯を手放して。
苦笑いの師範代に渡す。
「どうも。すみません」
「いや。こっちこそ悪かったな」
「いえいえ…」
「だけど、どういう経緯で帯なんか盗られることになったんだ?」
「組手をやっているときに帯を掴まれ、上手く外されてしまったようです…」
「そうか」
「お恥ずかしい限りです…」
「いや。盗ってしまって悪かったな」
「いえいえ…。じゃあ、りるちゃん、練習に戻ろうか」
「うん!」
「りる。もう悪さはするなよ」
「はぁい…」
りるは師範代と一緒に、すごすごと戻っていく。
あいつは遊びのつもりだろうが、師範代も相手をしてくれているんだし。
少しは真剣になってもらわないとな。
「ところで、りるちゃん、この道場に入門させる気はありませんか?」
「ん?そうだな…。入門させてやってもいいかもしれないな。あいつも、いつまでもオレにベッタリというわけにもいかないんだし」
「ベッタリなんですか?」
「ああ。今日だって、迎えにいったとき、どこに行ってたんだと怒られた」
「へぇ…。そうなんですか」
「ああ」
「でも、いいんじゃないですか?一番甘えたい時期でしょ?」
「まあな」
「りるちゃんも、だんだんと分かってきますよ。隊長のお子さんなんですし」
「オレの子供であることと、それの因果性が分からないんだが」
「ふふふ。いいじゃないですか。蛙の子は蛙。狼の子は狼です」
「ふん。意味が分からないな」
「いい娘さんになるでしょうね。私も、もう少し若かったら、成長したりるちゃんに結婚を申し込むことも出来たでしょうに」
「残念だったな」
「ええ。本当に」
一刀はクスクスと笑って。
まったく…。
相変わらず、冗談なのか冗談じゃないのか、よく分からないやつだ。
…まあ、りるをここに通わせるのは賛成だ。
またあとで、話してみようかな。