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「師匠!見ててくださいね!」
「ああ。分かってる」
「両者、見合って」
対戦相手は、この道場の中でも一番身体が大きい黒帯の男。
普通に考えれば、まだ朱帯で身体も相手の三分の一もないんじゃないかという秋華には、到底勝ち目はないんじゃないかと思われる。
「礼」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますっ!」
「両者、構え」
「………」
相手は守り優先の熊の三の段、秋華は狼の二の段。
構えの相性で見れば、相手が少し有利といったところ。
「始め!」
審判が合図して、一歩退がる。
次の瞬間には、秋華は相手に後ろ回し蹴りを加えていた。
相手はそれをガッチリと防御すると、牽制の正拳突きを放って。
「せやっ!」
それを横に避けると、秋華は伸びた相手の腕を引っ張って、胸ぐらに掴み掛かる。
相手は咄嗟に身体を引いたが、秋華はもう相手によじ登っていて。
相手の腰の模造刀を引き抜いて、首に当てた。
「勝負有り!勝者、秋華!」
「師匠!やりました!見てくれてましたか?」
「ああ。見てたよ」
「両者、見合って」
「………」
「礼!」
「ありがとうございました」
「ありがとうございましたっ!」
秋華は深くお辞儀をして、顔を上げるとすぐに私の方に駆け寄ってきて。
まだ興奮冷めやらぬという顔をしている。
「やりましたよ、師匠!」
「分かった分かった」
「見ていてくれましたか?」
「見てたよ、ずっと」
「ありがとうございますっ!どうでしたか?」
「ん?そうだな…。今は徒手空拳、武器は相手のものを奪うだけという制約があるからいいが、実戦ではそうもいかない。他流試合なんかをすると分かるんだけど、最初から武器を使ってくるところもある。そういった場合、いきなり相手に突っ込んでいくのは無謀というものだ。お前は攻めに急ぐ傾向があるから、それが心配だ」
「は、はい…。すみません…」
「次、大将戦を行います」
「師匠!大将戦ですよ!」
「そうだな」
「頑張ってくださいっ!」
「ああ。分かってる」
道着の帯をもう一度締めて、模造刀の位置を調整する。
それから、立ち上がって前へ出て。
相手は一刀。
油断は出来ない相手だ。
「両者、見合って」
「………」
「礼」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「両者、構え」
「………」
一刀は鷲の一の段。
攻め優先の構えではあるが、しっかり守りもこなすという、要するに万能の構え。
私は、さっきの秋華と同じ、狼の二の段。
…秋華は蹴りが得意だったな。
少し、見せておくか。
「始め!」
開始の合図と共に、一歩退がる。
それに気付いた一刀は、攻撃の手を引いて。
その隙を突いて、一気に前へ出て懐に入り込む。
一刀が牽制で放った下段の足払いを跳び越え、こちらも低くなった頭部へ左の蹴りを入れる。
一刀はさらに姿勢を低くして蹴りを透かせ、背中を向ける格好になった私の刀へ手を伸ばす。
私はその取ろうとした手を掴んで、腕の下をくぐって正面へ半回転する。
しかし、そう簡単に捻りあげられるわけもなく、一刀は正面に宙返りを打つ。
その空中にいる間の隙を突き、腕を引いて仰向けに地面に叩きつける。
そして、一刀の腰の刀を逆手に取って、首へ押し付ける。
「勝負有り!勝者、紅葉!」
「師匠、やりましたね!」
「ああ」
「両者、見合って」
「………」
「礼」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「大将戦の結果により、勝者は紅組!」
「やりましたぁ!」
審判から勝利を告げられると同時に、秋華が駆け寄ってきて。
そして、飛び上がって抱きついてきた。
「師匠、さすがです!師範より強いなんてっ!」
「相変わらず、腕は鈍っていないようですね、隊長」
「お前もな。むしろ、腕を上げたんじゃないか?」
「ははは。私なんてまだまだですよ」
「師匠!今度は、私と勝負しましょう!」
「ん?んー。そうだな…」
「秋華ちゃん。隊長…いえ、紅葉さんにもいろいろと用事があるんですよ。試合や稽古はまたの機会にしなさい」
「いや、オレは暇だけどな…」
「そうですか?しかし、申し訳ないです。試合までやっていただき…」
「お前の門下生の後学のためだろ?お安い御用だよ」
「は、はぁ…」
「それに、たまにこうやって身体を動かすのも悪くない」
「いえ、しかし…」
「まあ、師範がそう言うなら、オレは帰るしかないな」
「えっ!師匠!」
「仕方ないだろ。りるも心配してるだろうし」
「りるちゃんも連れてきてください!一緒に稽古しましょう!ね、師範!」
「えっ?う、うーん…」
「師範。俺からもお願いします」
「え?うーん…」
「今の試合を見て、師範より強い人の戦い方をもっと見てみたいと思ったんです。師範!今日一日だけでも、お願いします!」
「うーん…。そうだなぁ…」
一刀はこちらをちらりと見て。
…だから、オレはいいって言ってるだろ。
「隊長、お願い出来ますかね?」
「ああ。分かった」
「やった!師匠!」
「でも、ちょっと待ってくれ。りるを連れてくるから」
「はい。分かりました」
「師匠、早く帰ってきてくださいね!」
「分かってる」
とりあえず、りるを迎えに。
放っていったら、泣いてたって言ってたしな…。
まあ、あいつも武道に興味を持つかもしれないし。
それはそれでよさそうだ。